第8話 アリーシャと旅の仲間
馬車を出て、私はアリスたちと同行することをカールに告げた。
「わかったよ、アリーシャがそう判断したのならね」
カールは再びアルタイルにまたがる。おっかなびっくりの様子でカールは馬を操る。アルタイルが賢くて優しい馬でよかったわ。私のベガなら振り落としていたかもね。
私たちは街道に戻り、一路東に向けて馬を走らせる。
最初の目的地てまあるエルデンローザにはまだまだの旅程だ。
夕刻前に宿場町にたどり着いた。どうやら野宿せずに済みそうだ。
私たちは小さな宿場町に入る。
宿屋と民家が数軒あるだけの小さな集落だ。
唯一の宿屋に行き、部屋が空いているか確認する。ベガとアルタイルは馬小屋に預けた。愛馬たちがていねいに扱われるように宿屋の娘には多めに宿泊料金を支払う。
これらの交渉事はカールに一任している。私、これでも世間知らずのお嬢様ですから。
初日に法外な値段を要求してきた宿屋の亭主を殴り倒してしまってから、カールが交渉事をするようになったのよ。
ちょうど二部屋空いていたので私とカールで一部屋、アリスらで一部屋という振り分けにする。
一階が酒場になっているというのでそこで食事をとる。シチューが名物というのでそれを五人分とパンとワイン、エール酒を注文する。
ワインはちょっと酸っぱかったけどなかなかよかったわ。名物のシチューはシチューというより肉と野菜のごった煮といったところかしら。
私がばくばくと食べているとアリスが野菜を小さくフォークで刻み、口に運んでいる。
ここの料理が口にあわないのかしら。これはこれでけっこう美味しいんだけどね。
「シオン王子はこれからどうなるのでしょうか……」
うつむき、アリスはジャガ芋をかじる。
ジャガ芋は数十年前にこの地にもたらされた作物である。ジャガルーダという冒険家がはるか南方から持ち帰った作物だ。このジャガ芋のおかげで大陸の食料事情はかなり改善され、何度かの飢饉を乗り越えることができた。
シオン王子の未来は正直私の知ったことではない。だって共に未来を歩むのをことわったのは、あちらのほうなんですから。
アリスの問いに護衛の二人は答えない。アナベルは沈黙し、アルメンドラはワインを飲むだけだ。
「アリーシャと結婚できるのにそれを断るなんて、俺にはわからないですね」
顔を赤くしたカールが言う。
ちょっと酔っているのかしら。
それにうれしいこと言ってくれるじゃないの。
「そうね、私にもわからないわ」
アリスの不安たっぷりそうな瞳を見る。
考えられるのはシオン王子の弟であるシリウス王子が勢力を取り戻すことだ。私と結婚し、シオン王子は王太子となる予定だった。
だがシオン王子の身勝手な婚約破棄により、それは延期となる。ということはシリウス王子にも王太子となる芽が出てきたわけだ。
かつてのシリウス派が力を取り戻す日も近いだろう。
宮廷の権力争いなんか嫌よね。こそこそと動いて、誰も信用できなくなる。そういうのから離すためにヨーゼフお父様は私を国外に行かせることを賛成してくれたのかもしれないわ。
「アリス、今は自分自身のことを考えたらどうかしら」
私はアリスにそう提案する。
アリスは小さくうなづいた。
このあと、酔っ払ったアルメンドラが薄い布を一枚体に巻き付けた姿で踊り出した。
あらあら私ほどじゃないけど豊かな胸がこぼれ落ちそうだわ。
アナベルが言うにはアルメンドラは元踊り子だということだ。
辛気臭い会話がアルメンドラのおかげで陽気なものにかわったのはよかったわ。
私もアルメンドラの真似をして一緒に踊りをしたの。カールがじっと見つめるのでとても楽しかったわ。
夕食を食べたあと、私たちは割当てられた部屋に入る。
カールが桶にお湯をもらってきてくれた。私は下着姿になり、ベッドに腰掛ける。
カールはタオルを硬く絞り、私の腕や脇、太ももに脛、足の裏と拭いていく。
ふー生き返る気分だわ。今日は戦闘でけっこう汗をかいたからね。
それから私はうつ伏せになる。
カールは私の背中にまたがり、肩や腕の筋肉をもみほぐしてくれる。
このまま襲ってくれても良いんだけど律儀なカールはそんなことをしない。まあお楽しみはあとにとっておくことにするわ。それにしてもカールは我慢強いわね。
カールのマッサージが気持ち良くってそのまま寝てしまったわ。浅い眠りのなかカールが私の髪や頰を撫でてくれる。それがとても落ち着く。
アリスにとってのシオン王子はこのように安心を与えてくれるのだろうか。
疑問が浮かぶが、睡魔に襲われ、私は眠りについた。
農業都市エルデンローザまでの旅は順調に終わりを告げた。あれ以来アリスを襲うものはあらわれなかった。あの盗賊団はただの盗賊団だったのだろうか。もしかしてシリウス王子の手のものなのか。シオン王子が関わっているということも考えておいたほうがいいだろう。
情報が少なすぎて答えはでないけどね。
「あれがエルデンローザの城門ね。誰も襲撃してこなかったわ。私もっと剣の実力を試したかったですわ」
私はアロンダイトの柄を撫でる。
「そりゃあそんな馬鹿でかい馬にまたがる身長二メートル近い剣士が守る馬車は誰も襲わないよ」
カールが笑いながら言うので、私は彼の頰を思いっきりつねって差し上げた。
それじゃあ私が
「ほら、あんたらいちゃついてないでエルデンローザに入るよ」
御者をつとめるアナベルがそう言った。
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