第11話 アリーシャは未来を相談される

 レストランで食事を終えた私たちは宿屋に行き、それぞれの部屋に入る。

 お風呂に入ったので、今日は気持ち良く休めそうだ。

 私は荷物を置き、夜着に着替える。

 アルメンドラに教えてもらった方法で髪を結い上げる。私の長い赤髪を棒一つで止める。

 うん、うまくできたわ。

 あら、カールが真面目な顔で私を見ているわ。

 もしかすると今晩は何かあるかもしれませんわ。

 この私が心臓をどきどきとさせるなんて。


 私はベッドに腰掛ける。

 ベッドは二つあるけど一つで済むかもしれませんわね。


「アリーシャ、聞いてほしいことがあるんだけど……」

 カールは私の瞳を見ている。

 私もカールの茶色の瞳を見つめ返す。

 ついにこのときが来ましたわ。

 カールは私を黙って見ている。

 私は瞼を閉じて、カールを待つ。

 きっと私はカールから愛の告白を受けるのですわ。ようやく既成事実を作れるのですわね。

 あらあら、私としたことが体を熱くしていますわ。


「アリーシャ、もしかすると一年後にこの国は内乱の末、南と北から攻め込まれるかもしれないんだ……」

 私は瞼を開けて、カールを見る。

 カールは部屋に備えつけられている椅子に座っている。


 えーっ私、勘違いで早とちりしたのかしら。

 うーん、残念過ぎますわ。

 それにしてもカールの口から政治的な発言があるとは思ってもいなかったわね。

 さて、その情報源はどなたかしら。

 カールが一人でそこまで考えたなら、素晴らしいと思いますわ。でも私のカールは今までそういうことは話したことがないのよね。

 カールは誠実で真面目で思いやりがある良い男なんだけど、世の情勢については残念ながら疎いところがあるのよね。

 まあ、それは仕方がないわよね。

 それはアルカディア王国のどの臣民も同じようなものでしょうからね。

 政治は王族貴族、官僚が行うもので民衆はただそれに従うだけ。

 それが良き臣民とされているのよね。


「誰が言っていたのかしら」

 私はため息を吐き、カールに尋ねる。

 それにしてもどきどきして損しましたわ。


「アリスから聞いたんだ」

 カールは正直に言う。

 まあアリスも貴族のはしぐれだから、それぐらいのことは考えてもおかしくないわね。

 でも一年って明確に期限を区切るなんて、その根拠は何かしら。

 もしかして未来予知の魔術でも持っているのかしら。

 昔、昔は人間も魔法を使えたらしいけど国家というものができはじめたとき、それらはなくなったと歴史の授業で習ったわ。

 今の時代にもほんのわずかな魔法使いの生き残りがいるとも歴史学の教授は言っていたわね。

 まあアリスが魔女かもしれないというのはこの際、横に置いときましょう。


「内乱ねえ……。シオン王子とシリウス王子との力関係次第ではありえるわね」

 私はベッドサイドに置かれたコップに水を入れ、一息に飲む。

 シオン王子が婚約破棄なんてしなければ、そんな可能性はなかっただろう。シオン王子は近く立太子されるはずだったからだ。

 それが無期延期となればシリウス王子にも王太子になる可能性が出てきたというわけだ。

 鳴りを潜めていたシリウス王子派が息を吹き返すには十分ですわね。

 その権力闘争が激化し、内乱にまで発達する。

 その隙を近隣諸国が見逃すとは限らない。

 いや、むしろ積極的に動くのは明確だわ。


「その内乱で俺達が死ぬかもしれないんだ」

 あらあら、カールったら何を吹き込まれたのかしら。私がいる限り、カールを死なせることなんてありえませんわ。


「それなら私とこのまま外国に亡命しましょうか」

 私はカールに提案する。

 それも一つの手段だわ。

 私、この国にそれほど未練はありませんのよ。

 カールと一緒に外国で暮らすのも悪くないですわね。


「うーん、でもそれは……」

 カールは腕を組み、考え込んでしまう。

「でもそれじゃあ、俺たちが旅に出た意味が……」

 カールは言った。


 そうね、そうですわね。

 旅の目的はカールをハウゼンベルグ家の一人娘の私と結婚するに足りる人間にすることだったわね。

 まあ、そうならなくとも別にかまわないと言えばかまわないのだけどね。

「わかったわ。頭の片隅には入れておくわ」

 今すぐに答えを出すのは難しい。

 答えを導きだす情報が少なすぎる。

 仮定に仮定を積み重ねて、推測するのはいけない。それはただの恐怖による妄想に過ぎない。

  それにしてもカールったら全然私に手を出してくれませんわね。だんだん心配になってきましたわ。

 私、女としての魅力に欠けるのかしら。

 今度、アルメンドラに相談しましょうかしら。

 いろいろと考えたら眠く成りましたわね。


「はーあっ、私、眠くなりましたわ。おやすみなさいカール」

 私はカールにそう言い、ベッドにもぐり込む。

 すぐに睡魔に襲われる。

 眠る直前にカールが私の髪を撫でてくれたので、ほんの少しだけ機嫌が良くなりましたわ。


 翌日、私たちはエルデンローザで旅の用意を整え、この都市を出た。

 次の目的地は国境近くにある要塞都市ヴェルムンドだ。ガーラク男爵領はその要塞都市ヴェルムンドの南方にある。

 私たちはエルデンローザを出て、馬を東に走らせた。

 

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