第6話 アリーシャ街道を行く
アルカディア王国には王都アーヴェルを中心に東西南北に街道が整備されている。これをアルカディア十字街道と呼ぶ。
王都アーヴェルを出立した私たちはまずは農業都市エルデンローザを目指す。
農業都市エルデンローザは王都アーヴェルの東に位置し、その旅程は騎馬で十日ほどだ。馬に不慣れなカールがいるため、もう少し時間がかるかも知れない。
アルカディア十字街道沿いには所々に宿場町があり、旅は快適とは言わないまでもそれほど不自由ではない。さらに街道沿いには広葉樹が植えられていて、その木陰で休むことができる。
私たちが農業都市エルデンローザを目指して馬を走らせること三日が過ぎたころである。
旅はいまのところ順調ともいえた。
アルカディア王国の街道が整備されていることの賜物ともいえる。とはいえ、旅には危険がつきものだ。
私は街道から北に外れた場所から剣戟と罵声と悲鳴と怒声が入り交じる音を聴覚に察知した。
私は必死にアルタイルを操るカールの横顔を見る。私の視線に何事かと思ったのだろうカールが疑問の目を向ける。
「何かあったのですか?」
もう敬語なんて使わなくていいのだが、カールはまだ慣れないようだ。
昨日なんか宿屋の部屋が一室しか空いてなくて、一緒のベッドに寝ましょうかと誘ったのにカールは床で寝てしまった。
カールの律儀さに感心はしたけど、私ってそんなに魅了がないのかしらと不安にもなる。シオン王子にもふられて、カールにもふられたらお先真っ暗だわ。
おっとそんなことは一度棚上げして、今は不穏な空気をカールに注げないといけないわ。
「カール、ここから北に少し行ったところで戦闘が行われているわ」
私は東を指差す。
まだ視界にはその戦闘を捉えることはできない。カールにいたってはその音すら感じられていないようだ。耳を澄ましているようだが、聞き取れないようだ。どうやら私の聴覚が良すぎるのかも知れない。
「どうしますカール?」
私はカールに尋ねる。
これから先々のことは相談して決めようと出立前にカールと決めてある。
「もし誰かが野盗や盗賊に襲われていてはいけない。様子を見に行こう」
カールはアルタイルの手綱を握りしめる。
それでこそ私のカールだ。見て見ぬふり、いや、聞いて聞かないふりはできないわね。
私たちは街道から外れて草原を北に疾駆する。
ほどなくして剣戟の音が激しさをます。
視界にも戦闘を捉えることができた。
一台の二頭引きの馬車が数人のあからさまに人相の悪い男たちに囲まれている。
あの男たちが盗賊であろうと思われる。ざっと十人といったところか。長剣、槍、弓、斧とそれぞれ武装している。
対する馬車を守るのは二名だ。
褐色の肌をした女剣士が奮戦している。もう一人もその女剣士と同じ褐色の肌をしていて、鞭を振り回して盗賊たちを牽制している。
彼女らは奮戦しているものの、防御に回らざるおえない状態で戦況は明らかに不利だ。
このまま放っておけば二名の女戦士たちは盗賊に敗れるのは火を見るより明らかだ。
「どっちを助ける?」
私はベガの腹部を軽く蹴る。
カールにそうきいたが、もちろん答えは決まっている。
「襲われている方だ」
カールはそう答える。
それでこそ私のカールだ。
私たちは馬を走らせる。
当然、馬術が得意な私が先頭となる。
ベガはいななき、盗賊の集団に割って入る。
「加勢する」
私は革鎧を着た女剣士に声をかける。
「助かる!!」
その女剣士は襲いくる戦斧を長剣で弾き返す。ガツンという鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。
「危ないアナベル!!」
鞭を持つ女戦士がそれを振るい、飛来する矢を撃ち落とす。
「すまないアルメンドラ」
アナベルと呼ばれた女剣士は長剣を巧みに操り、盗賊の攻撃を防ぐ。
アナベルの腕はなかなかのものだ。それでも多勢に無勢は否めない。防戦に回らざるおえない。
よし、戦況を打破しよう。
私はアロンダイトを抜刀する。その漆黒の刀身が陽の光を浴びて鈍く光る。
「なんだてめえは」
怒声混じりに襲いかかる盗賊の攻撃は私にはスローモーションに見える。
遅い、遅すぎますわ。
私は馬上からアロンダイトを振り下ろす。
私はそれほど力をこめたつもりはないのだけど、盗賊の頭は熟れたメロンが割れるようにかちわれた。
あらあら、弱すぎますわ。
私はベガの馬首をひるがえし、次の敵を探す。
一番近くにいた弓を持つ男に狙いを定める。
ベガで突撃する。
盗賊の男は弓を抱え、横っ飛びに避けようとする。
こいつも遅いわ。
私はその盗賊の男の首に狙いをさだめ、刺突を放つ。アロンダイトの切っ先は容易に盗賊の男の首を分断し、その頭はごろごろと草原に転がる。
カールが到着する頃には盗賊の半数をアロンダイトの錆に変えた。まあこれは言葉のあやでアロンダイトは決して錆びず、刃こぼれもしないのだけどね。
ひゅっとアロンダイトを振るとその刀身についた血だけが地面に落ちる。アロンダイトには水の加護が付け加えられているため、血脂をおとすことも簡単だ。
戦力を半減された盗賊団は散り散りになり、逃げていく。
「どうする、殲滅する?」
私はようやく戦場にたどり着いたカールにそう尋ねる。
「いや、これ以上は虐殺になるよ」
カールは首を左右にふる。
まあカールがそう言うなら、そうしようかしら。私としては準備運動にすらならないのだけどね。
もっと骨のある戦士と戦いたいわ。
いつか剣聖瑞白や英雄クリュゲスと剣を交えたいわ。
「ありがとう、命拾いしたわ。私は冒険者のアルメンドラというの。こっちの髪が短いのが妹のアナベルよ」
鞭を小脇に抱え、アルメンドラは私に駆け寄る。
私はベガから降り、アルメンドラの差し出す右手を握り返す。
「あんた無茶苦茶強いね。本当に助かったわ」
もう一人の女剣士アナベルが私に頭を下げる。
「私はアリーシャ・レイラ・ハウゼンベルグよ。以後よろしくね」
私は彼女らに名乗りを上げた。
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