第5話 アリーシャ旅立つ
リーゼロッテお母様のすすめで、この日は休むことにした。本当は今すぐにでもカールと共に旅立ちたいのだけどね。
この日は興奮して寝れないだろうと思ったけど、夜着に着替えてベッドにはいるとすぐに睡魔におそわれ、私は眠りについた。
翌日の早朝、私はセバスチャンに起こされた。
「アリーシャお嬢様、ヨーゼフ様がお戻りです」
まだ外は薄暗いのにセバスチャンは燕尾服を隙なく着こなしている。いったいこの人はいつ寝ているのだろうか。
「わかったわ」
私は着替えて、お父様を出迎えるべく大広間に出向く。
そこには愛用の羽団扇をもつリーゼロッテお母様が優雅にソファーに腰掛けていた。
ほどなくしてカールもセバスチャンに連れられて、やってくる。カールはまだ眠そうな顔をしている。その顔はけっこうかわいい。
そのすぐ後、お父様が大広間にやって来た。
ヨーゼフお父様は誰がとう見ても憔悴しきっていた。一晩で十歳は老けたのではないかしら。
セバスチャンから冷たいお水を受け取るとお父様はそれを一気に飲み干す。倒れるようにソファーに倒れ込む。
いつの間にかそばにいたリーゼロッテお母様が羽団扇でお父様を優しく仰ぐ。耳元でごにょごにょと囁く。おそらくは私がカールと共に国を出たいということだろう。
ヨーゼフお父様は深すぎるため息をつく。セバスチャンがいれた白湯を一口飲む。
「そうか、それもあるいはひとつの手かも知れない」
ぼそりとお父様は口を開く。
その後、ヨーゼフお父様は事のてんまつを告げる。
要約すると私は無期限の登城禁止だという。まあ、もうあのお城には行く気はないのでノーダメージなんだけどね。
王族に手を挙げた罪にしては軽すぎるような気がするけど、シオン王子にも非はあると認めたということかしら。
そのシオン王子は出太子を延期されるとのことだ。年内には王太子になる予定だったのだけどね。
これってシオン王子のほうがダメージ大きくないかしら。
「それが今の公爵家と王家の力関係なのよ」
ぱたぱたとお父様をあおぎながら、リーゼロッテお母様はそう言った。
なるほどね、そういうことなのね。王家の財政を支えているのは我がハウゼンベルグ家ですからね。
しかしそうまでしてシオン王子は私と婚約破棄したかったのだと思うとなんだかやりきれないわ。
私、そんなに嫌われていたのかしら。
王妃になるために勉学も武術も励んだのは何だったのかしら。なんだかやりきれないわね。
「カール、お前はアリーシャのそばにいたいか」
珍しく真面目な顔でヨーゼフお父様はカールにそう訊く。
「はいっ、僕はお嬢様と一緒にいたいです」
わかりやすいほど緊張した声音でカールは答える。若干、手が震えている。
「そうか、お前は昔からよくアリーシャの面倒を見ていてくれたからな。だがな、ならばこそこのときからアリーシャをお嬢様と呼ぶな」
はっきりとお父様はそう断言した。普段は凡庸だけどこういう時のお父様はかっこいい。
「わかりました。アリーシャと共に旅にでます」
よく通る声でカールは言う。
あら、また呼び捨てにされたわ。なのにけっこううれしい。
「そうか、カール。アリーシャをよろしく頼む」
そう言ったあと、ヨーゼフお父様はよほど疲れ体たのだろう。そのまま眠りについた。
すかさずセバスチャンがお父様に毛布をかける。
リーゼロッテお母様は私に一通の手紙を渡した。
それはリーゼロッテお母様の弟であるクラウスにあてたものである。
「アリーシャ、まずはクラウスのところに行きなさい。そこで世界を見てくるのよ」
リーゼロッテお母様はお得意のオーホッホッと高笑いする。こんなに大きな声で高笑いしているのに、ヨーゼフお父様はすやすやとねている。よほどの心労なのだろう。
セバスチャンの手を借り、私は旅支度を整える。
セバスチャンはカールのために一頭の馬を用意してくれた。
この馬はアルタイルと言う名の馬で、艶のある茶色のたてがみが印象的だ。額のところの毛が星型に白い。別名は銀星号という。
我がハウゼンベルグ家の馬の中でも屈指の名馬だ。賢く、大人しい性格で乗馬に慣れないカールでも乗ることは容易だろう。
私たちは旅装に身を包み、馬の背に荷物を乗せる。
まだ朝だというのに屋敷の使用人たちが見送りに来てくれた。
私はベガにまたがる。
カールもどうにかしてアルタイルにまだかる。
私たちは彼らに手をふり、ハウゼンベルグ邸をあとにした。
目指すは東のヴァルカナ自由都市連邦である。
クラウス叔父様はそこでクラウン商会を営んでいる。
目的は私の想い人であるカールをハウゼンベルグ家の当主に足りる人物にするため。
さて、これからどうなるのか。楽しみで仕方がない。
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