第3話 アリーシャは庭師と共に行く
カールは目を見開いて、私の顔を見ている。
震える右手を左手で押さえている。
私が突拍子もない事を言うといつもカールはこうして驚く。
でも私の誘いを断ったことは一度もない。
「た、たしかにそのことは覚えています、お嬢様……」
カールは言葉を選んでいるように思える。
私とカールは同い年だ。私が六月生まれでカールが八月生まれなので、私のほうが少しだけお姉さんだ。ちなみにシオン王子は四月生まれで全員が同い年とは神様の気まぐれか、たまたまたか。
私はあのことを鮮明に覚えている。
それは子供の戯言といえばそれまでのことだけどね。
私が庭で一人で遊んでいると見知らぬ少年がやって来た。それがカールだった。
彼は元孤児でその時の庭師のところに引き取られた。そして庭師の見習いで働いていた。
時々だけど私はカールと時間を見つけては遊ぶようになった。
懐かしい思い出だ。
元孤児のカールと一緒にいることを許してくれたのだから、お父様とお母様は寛容だったと言っていいだろう。
そして私が六歳の誕生日のときにカールはお嫁さんにしてくれると約束した。
本来なら身分が違いすきるし、あり得ない発言だったけど私はその時からカールのことを異性として認識するようになったのは確かだった。
そしてその四年後、私が十歳のときにシオン王子との婚約が決定した。今夜破局しちゃったけどね。
「そう、私も覚えているわ。とても嬉しかったのよ」
それは私の本心だ。
あのときのカールは私を公爵令嬢ではなく、一人の女の子として見てくれた。
たったそれだけだけれど、私にはとてもうれしいことだった。
「お嬢様、お許し下さい。あれは世間知らずのみなしごの世迷言です」
カールは頰に流れる汗を手の甲でぬぐう。その頰は赤いままだ。
「私、シオン王子に振られたのよ。だからカールにもらってもらおうと思ったのよ」
私は簡潔ではあるが、カールに舞踏会のことを説明した。
「それで王子殿下の頰を引っ叩いて、帰ってこられたのですか。まったくまた無茶をされる……」
カールは少し呆れたような顔で私の瞳をみる。
「そうよ、私、王子殿下の頰に平手打ちしたの。最悪国外追放なんてのもあり得るわ。その時はカール、私についてき下さるかしら」
私はドレスのスカートの両端をつまみ、頭を下げる。
「そんなお嬢様、頭を上げて下さい」
カールは恐縮した様子で手を左右にふる。
「わかりました。お嬢様がついてこいというなら、どこまでもついて行きましょう」
カールはごくりとと生唾を飲み込む。
やはり私の好きなカールはこういう男なのだ。いつも私の無茶振りに、どうにかして応えてくれる。
「あらあら、こんなところで駆け落ちの相談かしら。アリーシャ予定より早く帰ってきたと思えばまさかシオン王子に婚約破棄されるなんて」
その後、おーほっほっほっと高笑いが聞こえる。
こんな笑い方をするのは私の母親であるリーゼロッテだけだ。
振り向くと鷲の羽で作られた団扇で顔の下半分を隠した母親が立っていた。薄い夜着だけをその豊満な身体にまとい、娘からみても妖艶な振る舞いで私たちを眺めている。
母親と私はよく似ていると言われる。
私、こんな高笑いで登場なんかしないんだけど。
まあ確かに炎みたいに赤い毛は母親のリーゼロッテ譲りだけどね。私はお母様より背が高く、胸はだいたい同じぐらい。だいたい熟れたメロンぐらいの大きさなのよ。
並んでいると姉妹に間違えられることもたまにだけどある。
なぜだか、私のほうが姉だといわれる。
納得がいかないわ。
「お、奥様……」
カールは二歩下がり、頭を深くさげる。
彼は頭を下げたまま、ずっと床を見ている。
庭師と公爵夫人だから、こうなるのは当たり前だけどね。私がたぶんいろいろと変わっているのだ。
「アリーシャ、だいたい事情は掴めました。ここではなんですからわたくしの部屋に来なさい。これからのことを話し合いましょう」
ほほほっと高い声で笑いながらあるき出す。
この人は言い出したら聞かないので、聞くしかないのである。
私はリーゼロッテお母様のあとを歩く。
「カール、何をしているのかしら。あなたも来なさい」
すぐに前をむき、歩きだす。
カールは慌てて、私のあとに続き、歩き出した。
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