第2話 アリーシャ王城を出る
王城をさるまえに私はとあるところに立ち寄った。
王城をさることにはためらいはなかったが、彼にだけは最後のあいさつをしておきたいと思ったからだ。
場所はこの王城の厩舎である。
そこに馬番のマリカがいた。
「こんばんはマリカ」
馬の世話をしているマリカに私は声をかける。
マリカは六十代後半の男性でもとは近衛騎士であった。馬好きの彼は近衛騎士を引退したのち、ここで馬の世話をしている。
私の姿を見たマリカは馬の毛をブラシでとく手をとめる。帽子をとり、彼は会釈する。
私もスカートの両端をつかみ、彼に礼をとる。
彼はわかりやくいほど驚いていた。
今宵はシオン王子の誕生日で舞踏会がひらかれている。当然私もそこに参加しているものだと彼は思っていたのだろう。
ついさっき婚約破棄されたので、私は舞踏会から出てきたのよ。
私は簡単にマリカに事情を説明した。
マリカはわかりやすく表情をかえる。驚き、そして落胆する。
「そうですか。アリーシャ様が王妃になられる姿を見たかったです」
マリカは薄くなった髪をなでつける。
「ご期待に添えなくてもうしわけないわ」
私はマリカに謝罪する。
私はマリカの期待に応えられないことに、素直に申し訳ない気分になる。
「まあ仕方ありません。人生なんてそんなものでさ」
しわのふかい顔にマリカは笑みを浮かべる。
そしてマリカは厩舎の奥に消える。
しばらくしてマリカは一匹の黒馬を連れてきた。
その黒馬は一般的な馬よりもはるかに大きい体軀であった。一回り、いや二回りは大きいだろう。
この巨馬の名はベガという。
私は彼女の漆黒の瞳を見て、軽く会釈する。
私の礼にベガはぶるるっといななき答える。
「こいつを連れて行ってください。こいつはいたくアリーシャ様のことを気に入ってるのです。きっとこれからのお嬢様を助けてくれるでしょう」
マリカはそう言うと手際よくベガに鞍を乗せる。
「あらっよろしいの。ベガは王家のものですよ」
私の言葉にマリカは小さく首をふる。
「こいつはアリーシャ様にしか気を許しません。他の誰も乗せません。なのでこのままここにいても仕方がないのですよ。むしろアリーシャ様とともにいくことがこいつの幸せなのです」
マリカの言葉に私は笑顔でこたえる。
なら私がベガをいただいてもいいでしょう。
私は鐙に足をかけ、ベガにまたがる。
「それではアリーシャお嬢様お達者で」
私はマリカに別れを告げ、ベガとともに王城をあとにした。
ベガにのり、私はハウゼンベルグ邸を目指す。
春風が頬に心地良い。
シオン王子を平手うちした私は不敬罪にとわれるかしら。
あれは私なりのシオン王子への免罪符なんだけどね。
私が暴力をふるうことによって、王子の婚約破棄は正当性をえるだろう。
あんな女は婚約はきされて当然だと。
それでいい。
シオン王子が自分の望む行動をとるならば、私も同じようにするだけだ。
シオン王子の最後に見せた行動力は嫌いじゃないわ。
そうこうしていると私は自分の屋敷に到着した。
あわてふためく馬番にベガを一時預け、私は使用人たちが暮らす離れにむかう。
「カール、カール出てきなさい」
私は庭師のカールの名を呼ぶ。
すぐにころがるようにして庭師のカールが部屋から出てきた。
庭師のカールは私と同い年の十八歳だ。茶色の巻き毛が特徴的だ。背は私よりも頭半分ほど低い。私よりも背の高い殿方はほとんどいないからあまり気にはならないのだけどね。シオン王子はそれが気に入らなかったようだけど。
「カール、カール覚えていますか」
私は年よりも幼く見えるカールの顔を見る。
私にみられてすぐにカールは頬を赤く染める。
それが好きで私は時々カールをからかっていた。
「な、何をでしょうか……」
カールは目をきょろきょろと泳がせている。
「あなたは昔、私をお嫁さんにしてくれると言いましたわね。その約束をを守ってもらいますわよ」
カールは文字通り飛んで驚いた。
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