婚約破棄された公爵令嬢は戦場を無双する
白鷺雨月
第1話 アリーシャ公爵令嬢は婚約破棄される
「アリーシャ・レイラ・ハウゼンベルグ!!君との婚約は今宵この時をもって破棄する!!」
声高らかにシオン王子は宣言する。
シオン王子の聴き心地の良い声が王城の広間にひびきわたる。
もう、そんな大きな声で言わなくても聞こえてますわよ。
この場にいた王族、貴族、文官武官たちが一斉に王子を見る。皆突然のことに驚愕を隠せないでいる。かくいう私もさすがにこれには驚いた。
いつも冷静で温厚なシオン王子がこんな暴挙に出るとは思わなかったわ。
場所はお城の舞踏会が開かれている大広間である。
ここにいる皆が私の顔を見ている。居並ぶ者たちはわかりやすいほどにおろおろしている。
あら、そこにいらっしゃるのはお父様かしら。
私はわかりやすいほど狼狽している父親のヨーゼフの顔を見る。人がいいのだけが取り柄のお父様の顔は汗でびっしょりだ。
それにしてもシオン王子ったらこんな場所で婚約破棄だなんて、何考えてるのかしら。
このアルカディア王国でも屈指の名門であるハウゼンベルグ公爵家との婚姻関係を破棄すればどうなるか。シオン王子も馬鹿じゃないんだから、それぐらい簡単に想像できそうなものなのに。
私はスカートの両端をつかみ、シオン王子の元に歩み寄る。
シオン王子はじっと私を見つめている。いや、睨んでいると言っても過言ではないだろう。
あら私そんなに彼に恨まれることをしたかしら。皆目見当がつきませんわ。
私はシオン王子の端正な顔を見る。
金色の艶のある髪に青い瞳、背が高く、その物腰は柔らかい。ほとんどの女性は彼に憧れ以上の感情を持つだろう。
まあ、私は持たなかったけどね。
だって私のほうが背が高いのですから。
今着ているドレスを作るときに採寸したのだけど、私身長が百九十二センチもありましたの。
シオン王子は平均的な男性よりも背が高い。でも私のほうが頭一つ分彼よりも背が高いのだ。だからいつもシオン王子を見下す形になる。王子を見下すのは忍びないので、私はいつも椅子に座るように心がけていたんだけどね。
婚約破棄されたんだから、そんな気遣いは無駄になってしまったわ。
こう見えて王立ギルフォード学園ではできるだけおしとやかにしていたのですけどね。
剣術大会で優勝した時は戦女神モルヴァの申し子なんて言われたことがありましたわね。たぶん私の髪がモルヴァと同じ赤髪だったからだと思うのだけどね。剣術や馬術の授業以外はおしとやかにしていたのでですよ。
私は背筋を伸ばし、シオン王子を見下す。
若干だけどシオン王子がたじろいだように見える。
もうシオン王子は臆病なんだから。
それでも両手の拳を握り、後ずさるのを堪えているのはさすがは一国の王子といえるわね。
それなのにこんなところで婚約破棄を言い出すなんて。もしかして錯乱でもしたのかしら。
その疑念を頭の片隅におき、私は王子の女性のように優しげな顔を見る。
あらあら、私に見られて青ざめているじゃないの。
あれ、王子の後ろにひかえるのはカーラグ男爵の一人娘アリスじゃないの。
黒髪でほっそりとして、小柄な彼女は王子の背後に隠れるように立っている。
大きな瞳を潤ませながら、シオン王子を上目遣いで見ている。
そういえば私はシオン王子を上目遣いで見たことがなかったわね。
「本当にそれでよろしいのですか」
つとめて冷静に私はシオン王子に告げる。
「そうだこれは決定事項だ。アリーシャ、君とは結婚できない」
シオン王子はきっぱりと告げる。
別にシオン王子のことは好きじゃなかったけど、こうもはっきりと言われるとさすがにショックを受けるわね。
「それはどうしてかしら」
私はにこやかにシオン王子に語りかける。
さすがの私もその婚約破棄の理由は知りたい。
「アリーシャ、君は優秀で有能だ。美しく、聡明で弱いものに優しい。勇気があり、決断力もあり、そして誰よりも強い……」
そこでシオン王子は言葉を一度区切る。
ぐっと歯を食いしばり、シオン王子は私の瞳を見つめる。
私は正面からその視線を受け止める。
このシオン王子の思いから目をそらしてはいけないと考えた。
「理由はそれだ……」
シオン王子は振り絞るようにその言葉を吐きだす。
そうね、そうでしたわね。
学園での成績は常に私のほうが上でしたわね。
ちなみに私より上のものはいなかったですのよ。
学問も兵学も剣術、弓術、馬術すべてにおいて私の成績のほうが上でしたわね。
きっとシオン王子はそれがいやだったのね。
私と結婚すれば一生その感情がつきまとう。
シオン王子は後のことが考えられなくなるほどそのことに悩んでいたのですね。
そしてシオン王子の十八歳の誕生日であるこの日にそれを言い出したのね。
私もここまでシオン王子がコンプレックスに思っているとは思わなかったわ。
それは私の誤算であり、過ちですね。
私は大きく右手を振りかぶり、そしてシオン王子の頰めがけて振り下ろした。
ばちんという私の平手打ちの音が舞踏会場に響き渡る。
「これでシオン殿下は私のことをいっさい気にしなくて良いのですのよ」
にこりと私はシオン王子に笑みむける。
その後、駆けるようにして私は王城をあとにした。
私を追うものは誰一人いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます