式神

(何て数の式神だ…!!早く陽子を…!!)


信は完全に黒い蝶の大群に埋もれてしまった陽子に必死に呼びかけ手を伸ばす。少しだけ見えた陽子の腕をようやく掴むことができたが、夥しい数の蝶の激しい体当たりに目を開けていられない程だ。また彼女の腕を離してしまってもおかなしくない。

信は陽子の腕を離さまいと強く握るもすぐに違和感に変わる。

漸く、紙の蝶の攻撃が止んだと思い目を開けると、そこに陽子の姿はなかった。あるのは黒い紙の残骸だけ。

しかも、掴んだ筈の彼女の腕ではなく、握り締めていたのはシワだらけになった黒い蝶の紙の残骸だった。


「そんな…!!嘘だ…!!」


悔しさのあまり、ぐっと握りつぶそうとしたが、紙の裏に何か書かれていることに気付いた。信は慌てて黒い蝶だったモノを広がる。

そこに書いてあったのはあまりにも身勝手な内容だった。


《愛する龍神様


身勝手な行動を起こして本当に申し訳ございません。

ですが、全ては貴方の為にした事。貴方の花嫁はやはり龍神の巫女である私がなるべきだと思うのです。

どうか目をお覚ましください。本当の貴方の花嫁は真の龍神の巫女である私である事という事実をしっかりと受け止めください。

私は、神々の代わりに貴方を騙し、卑しく擦り寄った偽の花嫁に罰を与えるつもりです。

新月の晩、私の屋敷で貴方の返事を待ちます。その時に最後に偽の花嫁に会わせてあげましょう。

賢明なご決断を。


貴方の妻 玲奈》


悪しき者によって消えてしまった愛しの花嫁。あまりにも身勝手な女の欲望。信を怒らせるのには十分だった。

手紙が書かれていた黒い蝶の残骸は青い炎によって燃やし尽くされた。

怒りのあまり、いつも鎮っている龍族の血を呼び覚まし鱗が身体に現れ始めていた。


「そんなに俺が欲しいか龍神の巫女よ。俺から全てを奪ってまで」


玲奈達は虐げ殺したはずの陽子が龍神の花嫁と知ったらただでは済まされないだろう。きっと、今まで以上に酷いことをされるだろうと容易に想像できてしまう。

伸びた爪が握っていた手のひらに食い込み赤い鮮血を流させる。

玲奈の手紙に書かれていた新月の晩に待つという言葉。信はその言葉に笑みを浮かべた。


(親父、蛇神・瑪瑙様。遂にアンタらの悲願が叶うぞ。俺と陽子の手によって果たされる時が…!!!)


決意を固めた信は白鷺はと姿を変えある場所へと向かう。

父と蛇神との約束を果たす為の道具を手に入れる為に。


(陽子。待っててくれ。すぐに助けに行くからな)


桜の木々の間を飛び立った白鷺は愛する陽子を身を案じながら目的地に向かってゆくのだった。











「この死に損ないが!!!」


突然、冷たい液体をかけられた私は驚いて目を覚ました。さっきまで信様と見ていた美しい桜の光景ではない、とても見慣れた屋敷の中だった。

目の前には怒りに満ちた表情のお継母様とひばりさん、そして、玲奈がいる。

つまりこの薄暗い部屋は私の実家。思わぬ形で村に帰ってきた、否、連れ戻されてしまったのだ。

確か、黒い紙の蝶に襲われて気付いたら…。

すると、ひばりさんが私の髪をぐいって強く鷲掴んだ。


「うぅ…やめ…っ!!」

「アンタが玲奈様から龍神様を奪った女だったとはね!!!殺されておけばよかったのに!!このグズが!!!」


ひばりさんは激しく私の頰を叩く。叩かれた頰はじんじんと痛んだ。髪を引っ張ったりと怒りをぶつけるように暴行は続く。

逃げようと思っても手と足に鎖が縛られていて動けない。

私はまた地獄に連れ戻されてしまった。


「よくも私の可愛い玲奈を泣かせてくれたわね。しかも、こんなに良い着物なんか頂いていたなんて」

「酷いわ!!お姉様!!!その着物も全部私が頂く筈だったのに!!私が龍神様の花嫁になる筈だったのにお姉様が龍神様を誘惑するからぁ!!!」


あの黒い紙の蝶を放ったのは彼女らだと思い知らされる。全てこの人達が仕組んだことなのだと。

夢であって欲しい。だが、口の中に広がる血の味がこれは夢ではないのだと自覚させた。

他の女中達も私に暴言や暴力を加える。少しでも何か言おうとするとすぐに手が出てくる。あの時と同じだった。


「まぁ、いいわ。新月の晩、やっと私を迎えに来てくれるから」

(迎え…?まさか、信様がってことなの…?)

「きっと、あの手紙を見て私が本当の花嫁だと分かってくれるはず。ごめんなさいねぇ、お姉様。でも、龍神様を誘惑したお姉様が悪いんだからね。あはは♪」

「ひばり。この罪人へのお仕置き、お願いね」

「分かりました。奥様。玲奈様」


玲奈は張り切った様子で部屋を出る。信様が迎えにきて絡ってくれるのだろうと信じているのだろう。

でも、私は信じている。信様が彼女を選ばないことも、必ず助けに来てくれることも。

だから私はどんなに殴られようと耐えてゆける。

私は信様を信じ、これから行われるお仕置きという拷問の時間を迎えるのであった。

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