天罰

報復

信様に救い出された私に、もう一つの目的を教えてくれた。

それは、蛇神様の恨みが込められた結晶を解き放ち、蛇神様から大事なモノを全て奪い尽くした一族に呪いをかけることだった。信様の腕と顔に出ていた鱗もそれが一因だという。

蛇神様は大切な家族や仲間を失った。

あの村の伝説の大蛇は彼のことで、村を襲ったのは元凶となった女に復讐を果たすためだった。

けれど、信様のお父様と龍神の巫女にやって復讐は阻止され退治された。

全てが終わった後に蛇神様から真実を知った信様のお父様は彼と約束を交わしたのが全ての始まりだったと教えてくれた。

それ以外のこともいろいろ教えてくれた。

お継母様と不倫をしたお父様には当然宮司でいる資格はない。けれど、村の皆が母を失った幼いの私を哀れみ彼等を追放はしなかった。

代わりに、宮司の権利を和正の父親に譲り、将来龍神の巫女になるであろう幼い私を守ることを課せられた。

でも、結局その約束は放棄して玲奈達に混じって私を虐げていった。

血の繋がった私よりも、彼は血の繋がらない玲奈を選んだ。

私はもう彼を父親だと思っていない。


「あの女共、俺の陽子を傷付けて穢そうとした。絶対に許さん」


私を想い、玲奈達に怒りを向ける。私をここまで想ってくれているだけで十分伝わる。


「陽子。俺の屋敷に住む妖達は君を家族だと心の底から思ってる。勿論、俺もだし、つららと紅葉も同じだ。この屋敷の家族は陽子を大事にしなかった。そんな嫌な思い出を消し去るぐらい幸せにする」

「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで本当に嬉しい」

「あんな妹共のことなんか早く片付けて、早く陽子と婚姻の儀を挙げたい。あの満開の桜の木の下でな」

「私も同じ気持ちです。後、全てが終わったらお出かけの続きがしたいです。まだ一つ行ってない場所があるでしょ?」


私はそっと握り締めていた硝子の桜を見せる。


「海にはまだ行けてなかったな。とても素晴らしい場所だ。あの桜の木々と同じぐらい素敵な所。早く陽子に見せてやりたい」

「すごく楽しみです。信様となら何処へでも行きたい」

(陽子…)


信様はとても嬉しそうな顔で私を見つめながら私の手を握った。私も彼の手を握り返す。

もう一度彼に会えて良かった。あの地獄に連れ戻された時は二度と会えないと思った。

あの白鷺の時の様にまた私を助けに来てくれた。

今度は私が助けてあげる番。ほんの少しだけでもいい彼の力になりたいそう願った。


「龍神様ぁ!!!!」


背後から聞こえてきた玲奈の怒号に私と信様は振り向く。

そこには、玲奈とお継母様とお父様、そして、ひばりさん親子と数人に使用人がいた。

不安になる私の手を強く握り"大丈夫。俺が守る"と微笑んでくれた。私は彼の笑顔を見て微笑み返した。


「なんでお姉様と一緒にいるのよ!!!龍神様ぁ!!貴方の花嫁は私ですよね?!!」


玲奈は髪を振り乱しながら信様に問い詰める。信様は鬱陶しそうな顔で玲奈を睨みつけるだけだ。

私は玲奈の怒りに圧倒され言葉が出なかった。


「くどい。俺の花嫁はここにいる陽子だ。人を騙し陥れる様な女を俺の妻に迎え入れるわけがないだろう」

「で、でも、でも、コイツは、この女はなんの力もない無能なんですよ?!絶対に龍神様の足を引っ張るに決まってる!!だから…!!」

「しつこいぞ。これ以上俺の妻を侮辱するなら容赦はしない。あの男のように生ぬるくない。徹底的にやる」

「和正に…何かしたの…?」

「自分の目で確かめるがいい」

「へ…?」


すると、使用人の一人が慌てた様子で玲奈に駆け寄ってきた。その腕には白い布に包まれた何を抱えられている。私はそれが何なのかすぐに分かってしまった。


「玲奈様…!!牢が壊されていてその中に赤子が…!!」

「赤ちゃん…?!待ってどういうこと?!!」

「それはお前らが言う和正だった者だ。命を助けてはやった。だが、この男の存在と記憶は決してやった。俺の陽子を傷付けようと穢そうとした罰としてな」


和正は赤ちゃんに変えられてしまった。しかも、和正だった頃の記憶がない真っ新の状態で彼は生きながらえた。

まだ彼のことが好きだったらきっと絶望していただろう。けれど今は何も感じない。

彼が神様なのだと改めて思い知らされた玲奈は呆然としていたがすぐに持ち直した。


「うふ…うふふ…良かったじゃない、和正。死なずに済んだじゃないの。赤ちゃんになっちゃったけどね。でも、私には関係ない。私は何も悪くないもの…」

「全部貴様と貴様の母親のせいだ。陽子の父を誘惑し、陽子の母を毒で殺し妻の座についた。その娘は陽子から全てを奪い虐げた。違うか?」

「違いますわ!!私はただお姉様から奪い返しただけです!!」

「玲奈は悪くありません!!悪いのは異能と巫女の名を玲奈に継がせなかった先代の巫女ですわ!!」


あまりにも必死言い訳をする二人に私は見ていられず俯く。

信様は私の様子を察して私を守る様に抱き寄せた。

ひばりさんも玲奈達に加担してきた。


「いい加減にしてください!玲奈様を何故選ばないのですか!!こんな死に損ないをたまに選ぶなんてどうかしてます!!」

「どうかしてるのは貴様だ。もう貴様らの戯言を聞くのは沢山。いい加減貴様らが黙れ」

「神様だからってこんなの…!!」


ひばりさんの怒りの声はあのお仕置きをされていた時間を思い出し怖くなってしまう。でも、今は信様が隣にいるから少し安心できた。

けれど、背後から聞こえてきた幼い声と共に私の方に石が投げ付けられてきた。


「玲奈様の邪魔する悪者め!!」

「きゃ!!」

「陽子!」


石が当たりそうになった私を信様が盾になり塞いでくれた。私は慌てて彼の無事を確認する。彼が私のせいで傷付いてしまったと絶望する。


「陽子?無事か?」

「私は大丈夫です。でも…信様が…!!また私のせいで…!!」

「陽子を守れるなら怪我ぐらいどうってことない。だから泣かないでくれ」


涙ぐむ私の頰を信様は優しく撫でる。私は彼の想いに沿う様に彼の手に触れた。

信様は石が投げられた方に身体を向け犯人の姿を見る。

私に向かって石を投げたのは、ひばりさんの娘のろかちゃんだった。

彼女は少し怯えている様子を見せたが、構わずもう一度私に向かって石を投げようとしていた。


「ろか!!ダメ!!逃げなさい!!!!」


嫌な予感がしたのかひばりさんは慌ててろかちゃんに逃げるように呼びかけた。だが、その声が届く前に信様は光の速さでろかちゃんに近づき阻止した。


「ひっ…」

「貴様だな?私の大事な陽子の髪を切ったのは」

「そう…だよ…。だって玲奈様を虐めるから…」

「ほう。貴様はずっと母親のそばで陽子を見ていたのにお前にはそう見えていたのか。どう見てもあの女の虚言なのにお前はそれを疑うこともなく信じ切った」


さっきまで信様に強く抗ったひばりさんは悲鳴にも似た声で"やめなさい。早く逃げなさい"と叫ぶ。

けれど、神様は許してくれない。和正を見ていた時の冷たい目でろかちゃんを見ていた。


「ご、ごめんなさい…ごめんなさい…だって…」

「もう善悪の区別もつく年頃なのに貴様はそれができなかった。しかも心のこもってない自分勝手の謝罪。尚且つ、俺の妻に石を投げつけ傷つけようとした。もう救いようがない」

「ちゃんと心底から謝ってますからぁ。お願いだから許してくださいぃ…」

「ダメだ。貴様には人間である価値はない」


ろかちゃんに手を翳し素早く払った途端、ろかちゃんの身体だけ消えて着ていた着物だけが落ちる。和正の時と一緒だった。


「い、いや、いやぁああああ!!!ろかぁーー!!!」

「え、何が起きたの…?!」


ひばりさんは悲鳴を上げながらろかちゃんが着ていた着物を拾い上げる。玲奈達はその様子を唖然とした様子で見ているしかなかった。

すると、泣き叫ぶひばりさんが手に持つろかちゃんの着物の裾からそっと小さな何かが飛び出た。それは小さな蛾だった。


「信様。まさか…」

「和正の時の様に甘くない。よく見ていろ。君を虐げてきた者の末路の一つだ」


小さな蛾の正体はろかちゃんだと信様は教えてくれた。和正と違うのはしっかりと意志が残っていることだった。

蛾の姿に変えられてしまったろかちゃんは二度と人間には戻れない。このまま蛾としての一生を過ごすことになる。

その時、ドタドタと二人の足音が聞こえてきた。私と信様はそちらの方に顔を向けるとそこに現れたのは、すこし汚れてしまった様子のつららちゃんと紅葉くんだった。いつもの姿ではなく人の姿だった。

つららちゃんが私達に無事を言おうとしたけれど紅葉くんに止められてしまった。

紅葉くんは蛾の姿になったろかちゃんを見て察し、手に炎を出した。


"お母さん。あたしはココだよ!見て!体が軽くてお空をとんでるよ!!"


蛾は明るい所に集まる習性がある。紅葉くんが出した炎を見てそのことを思い出す。明るい所ならどんな場所でも集まる。

それが例え命の危険が晒される場所でも。

蛾の正体がろかちゃんだと気付いたひばりさんは必死に蛾を捕まえようとするもうまく捕えられない。

そうこうしているうちに、蛾は炎の灯りに気がつきそちらの方に飛んでゆく。


"すごく綺麗。暖かい…"


ひばりさんは涙と鼻水を流しながらそっちはダメだと叫ぶ。

その願いも虚しく、蛾は炎に近付き飛び回る。

火の粉が散る炎の周りを飛ぶ柔らかい身体の蛾。当然、炎は容赦なく自らの威力をぶつけた。

美しい橙色の火の粉は小さな蛾の羽に飛びついた。みるみるうちに炎は蛾の羽を侵食してゆく。


"いやぁ!!!熱い熱い熱い熱いぃーーー!!!助けて助けてぇ!!!熱い!!熱いよぉ!!!助けてお母さぁーん!!!"


小さな蛾に移った炎はあっという間にその身体を燃やし尽くした。水を用意したってこの勢いじゃ間に合わない。炭化してゆく蛾は床に落ち苦しみながら最期を迎える。


"おかあさ…まだしにたくな…"


黒く焼けこげた蛾はもう原型を留めていなかった。慌てて水の中に浸けても焦げた残骸が浮かぶだけ。

蛾になったろかちゃんの命は炎に塗れて苦しみながら終えた。

母親のひばりさんは助けられることもできず、ただ苦しみながら死にゆく娘の姿を見守るしかなく、もうなす術がないと絶望して絶叫した。あの太々しい態度の女中長への罰はあまりにも壮絶だった。

手から炎を消した紅葉くんに「よくも娘を!!」と掴みかかろうとするも、つららちゃんが出した氷の術によってひばりさんは氷漬けにされてしまった。


「陽子様をいじめ続けた罰よ。べーっだ!!!」

「ご主人様。邪魔者は全部片付けました」

「ありがとう。助かった」

「紅葉くん!つららちゃん!!」

「わーん!!陽子様ー!!やっと会えたぁー!!」

「陽子様。ご無事で良かった…!」


紅葉くんとつららちゃんと再会を喜び合う。とても嬉しかった。またこの子達に会えた。早く屋敷に戻って妖の子達に会いたい。

ひばりさん親子の末路を見ていた玲奈達は信様に恐れ慄いていた。


「いや、嘘、ひばり…」

「りゅ、龍神様…」

「こんなはずでは…!!」


恐怖に苛まれる三人に神様である信様は容赦はしない。

遂に持っていた蛇神様の漆黒の結晶を取り出す。結界は全部にひびが入っている。いつ解き放たれてもおかしくなかった。

お継母さまが結晶を見て悲鳴を上げた。


「ま、まさかそれは…!!」

「貴様らが探していた物だろ?残念だったな。貴様らは呪いから逃れられない」

「そんな嘘よ…」

「瑪瑙は最期に"目の前で愛する幼い我が子を殺した奴らに苦しみを永遠に味合わせて欲しい"と彼を看取ったあれの親父に約束させたそうだ。でも、その約束が今夜ようやく果たされる」


信様の手の中にある黒い結晶が禍々しい光と黒い稲妻が走る。早く目の前の仇に呪いをかけさせろと叫んでいるように見える。

彼にでも異変が起き始めていた。


「信様!!その腕…!!」


結晶を持つ手が人間の手ではなく、龍の手に変わってゆく。銀色の鱗で三本の指と鋭い爪。顔にも銀の鱗が現れ始めていた。

この結晶の恨みの強さを抑えるのに信様も必死なのだ。まだ力を取り戻していない私は無力なのは分かっている。

けれど、何もせず見ているのは嫌だった。危険と分かっていても私は龍の腕となった彼にそっと寄り添い、鱗に覆われた肌に触れた。


「陽子っ」

「何も言わないで。お願いです。私にも手伝わせてください。確かに私には何も残っていないけど…貴方の助けになりたい…」

「ありがとう」


鋭い鱗が手に突き刺さる。確かに痛いけれど、信様の苦しみに比べれば何ともない。

その様子を見ていた玲奈は怒りで顔を歪めて私に迫ってきた。


「気安く龍神様に触るんじゃないわよ!!私こそ龍神の妻に相応しいのよ!!呪われるのはアンタよ!!私じゃない!!!」

「玲奈…!!」


すると、玲奈の身体から大きな白い光の魂のようなモノが出てゆく。癒しの異能だ。白い光はすごい速さで私の身体へと戻ってゆく。


「い、いやぁ!!ダメ!だめぇ!!この異能ちからは私のモノなのよぉ?!!」


異能には意思があるとお母様は言っていたのを思い出す。まるで異能が私に"ただいま"と囁いている気がする。

身体に力が満ちてゆく。元に戻ってゆくと言った方が正しいのかしら。

黒い結晶にも異変が起こった。白い稲妻も混じり今にも信様の手元から離れてしまいそうだった。


「返して!!私が龍神の巫女なのに!!私は何も悪くないのにぃぃ!!!」


悲痛な面持ちで叫ぶ玲奈に黒い結晶に込められていた蛇神様の怨念の声が容赦なく叫んだ。



《我の愛しい倅を殺した者の末裔よ!!!今度は貴様が失う番だ!!!!》



黒い結晶は蛇の姿へと変わり、一筋の閃光を放ちながら玲奈の顔に噛み付いた。蛇の体そのまま玲奈の顔に潜り込んでゆく。蛇神様の悲願である復讐が果たされた瞬間だった。


「ひぃ!!そんな!!いやぁーーー!!!私の顔が!身体が!!やめてぇ!!」


身体中が黒い蛇の鱗に似た痣に蝕まれてゆく。玲奈に痛みと幻聴が襲う。

お父様達は怯えて動けずにその様子を見ているしかなかった。


「その呪いを解けるのは龍神の巫女だけだ。どうする?陽子?」


まさか、信様にこんな意地悪な質問をされるなんて。でも、もう私の答えは決まっている。


「陽子!!可愛い妹の為だ!早く呪いを解いてあげてくれ!!」

「早く可愛い私の玲奈を助けてぇ!!!」

「お姉様!!早くこの呪いを解いて!!!解いてよぉ!!」


私は哀れな家族だった人達の身勝手な言葉を聞きながら一呼吸置いて答えた。


「お断りします。私は貴方達のことを許すつもりはありません」


きっぱりと断った私に信様は「流石、僕の強くて可愛い花嫁だ」と嬉しそうに呟いた。

目の前にいる悲鳴を上げて項垂れる人達なんか忘れて私は隣にいる神様と幸せになる。

騒然とした会場で強い絆で結ばれたのは私と信様だけ。

私達は罰せられ絶望に暮れる三人を置いてその場を去った。

信様に抱き抱えられた私は彼の胸に身を委ねる。

月のない夜空を駆け巡りながら私は思う。

この人に選ばれて、この人に愛されて、とても幸せだって。


「信様。ありがとう」

「こちらこそ。こんな俺を愛してくれてありがとう」


私達はこの出会いを喜び合いながら私達の帰りを待つ屋敷はと向かうのであった。

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