常闇

あの黒い紙の蝶に襲われてから少し経った。

実家に連れ戻されてから私は再び地獄を味わう様になった。

ひばりさん達からの暴行は日に日に激しくなっている。まるで鬱憤を私にぶつけているようだった。

信様からもらった髪飾りや着物は全て奪われてしまった。

玲奈とお継母様、そして、お父様からの叱責も酷くなってゆく。

理由は私が信様との婚姻を取り消すのを拒み続けているからだ。


「なんでアンタが選ばれたの!!龍神様の花嫁になるのは玲奈なのに!!」

「その頑固さお前の母親そっくりだな。気持ちが悪い」

「全部お姉様のせいよ。ねぇ?お姉様?早く龍神様のこと諦めてくれない?私が彼のお嫁さんになるのよ?お姉様はただの身代わり。お姉様は私の下僕でいるのがお似合いなのよ」


私は玲奈の要求に首を振る。玲奈は怒りに顔を歪ませ、私の頰に強い張り手をかます。


「っ…」


痛がる私の髪を玲奈は乱暴に鷲掴んで引っ張った。


「あの時死んでおけばよかったのに。アンタが殺されてれば龍神様は迷うことなく私のところに来たのに…」

「っ…で、でも…玲奈、貴女には和正がいるじゃない…!!彼はどうするの?」

「はぁ?あんな奴消すに決まってるでしょ?最近、少しずつ毒を持ってやってるから弱りきってるし。あーあ、こんな事ならお姉様からあんな男奪わなきゃよかった」


まるで玩具に飽きた子供のような妹に私は戦慄を覚えた。

私から和正と異能、そして巫女の名を奪った彼女は更に欲をかく。

玲奈は悪びれることなく真実を告げてきた。


「あ、そうそう。アンタから和正を奪った時にできた赤ちゃんの事だけど。アレ、全部嘘だから」

「え…」

「だーかーらー、和正の子供なんて孕んでなんていなかったの。確かに関係は持ったけどお腹には宿してはいなかったわ。あの時の絶望しきったお姉様の顔!思い出すだけで笑えてきちゃう♪」

「全部…嘘だったの…?私を陥れる為に…」

「当たり前でしょ。私の欲しい物を全部持ってるアンタから奪ってやりたかった。村のみんなから愛されてるアンタから全部!!巫女の名も癒しの異能も全部!!」


妊娠も全部嘘だった。薄々分かってはいたが、いざ事実を突き付けられると言葉を失う。お腹を摩り生まれてくる子を待つあの姿も、毒を盛られたことで子を失った親としての顔も全部演技だったのだと。

私は彼女の我儘のせいで全てを失ったのだと悔しくて涙が溢れた。


「……でも、龍神様は全てを見透かしてたのよね。なんでかしら。まぁ、いいわ。結婚してからじっくり聞けばいいことですもの。アンタはそこで私と龍神様が結ばれる姿を見てなさい。龍神様は目を覚まして私を選んでくれる姿をね」

「玲奈。もうこんな女の相手なんかしてないで着物を探しに行きましょ?貴女にとても似合う最高なモノ選ばなきゃ!」

「はぁい♪お母様♪それじゃあ、ひばり。お仕置きの続きよろしくね。頑張ってね。お姉様♪」


再びひばりさん達から暴行を受ける私を見て玲奈は楽しそうに高笑いした。


「ああ。お姉様。一つ面白い事教えてあげる」

「え…?」


玲奈は私の耳元に顔を近づけそっと囁いてきた。


「アンタの母親の先代の巫女のことだけど、アレ、病で死んだ訳じゃないわ」

「なにを…言って…」


玲奈また楽しそうに微笑んだ。私の背中に嫌な汗が流れる。聞きたくない。今すぐにでも逃げてしまいたい。だが、縛られた手の痛みがそれを許さなかった。


「アンタのお母様は殺されたのよ。私のお母様とお父様と共謀してね。毒を盛ってやったの。毒に侵されて苦しそうな母親に死なないでって縋るアンタの姿、本当可笑しかったわ!!」


囁かれた真実は私の目の前は真っ暗になる。絶望が支配してゆく。

お母様はこの人達に殺された。きっと自分達の欲の為に殺されたのだ。幼い私は何もできなかった。

もう涙も出ないほど苦しくて悔しかった。


「どうせアンタは私と龍神様が結ばれたら真面目に死ぬ運命だから教えなきゃって思って。優しいでしょ?キャハハ♪」


絶望する私を見て満足した玲奈はお継母様と共に部屋を後にする。

玲奈の髪に刺さっているお母様の形見の簪が照明の火の光が反射してとても赤く美しく輝いて見えた。信様が必ず取り戻すと約束してくれた簪が目の前にある。

こんなに近くにあるのに手足を縛られた私は何もできない。

ただただ、ひばりさん達からのお仕置きという名の拷問に耐えることしかできない。

拷問が終わった後は、暗い部屋でようやく自由になった手の痛みを感じつつ懐に隠し持っていた信様が私にくれた硝子の桜を見つめ彼を想う。

明日の夜、月のない晩に信様がここにやって来る。私を使って彼をここに誘き寄せるつもりだろう。

玲奈は、信様の事を諦めていない。寧ろ、私を排除してまで彼の花嫁になろうと必死になっている。

今までの私なら今度こそ玲奈に奪われてしまうのではと怖がっていた。けれど、この硝子の桜のお陰で怖くない。


(信様…)


きっと私もお母様の様に殺される。

この硝子の桜だけは奪われるわけにはいかない。どんなに殴られようと、どんなに髪を切られようと、火傷を負わされてもこれだけは死守したい。


(信様とあの満開の桜の中で婚姻の儀をやりたかったな…)


初めて私を抱きしめて愛を説いてくれた事、つららちゃんと紅葉くんと屋敷の妖の子達ととても楽しく幸せに過ごした事、私が作った卵焼きを美味しいと言ってくれた事、そして、信様が玲奈に会うのを怖がる私を必ず帰ってくると約束し口付けをしてくれた夜、ここに連れ戻される前に信様に連れて行ってもらった空と美しい桜並木の光景。幸せだった時間達が頭を過ぎる。せめて、この素敵な思い出だけを残して消えたい。

でも、できることなら死ぬ前に私の目で彼の笑顔が見たい。それだけで十分だから。

だから、お願いです。最期にもう一度だけ彼に会わせてください。


「信…様…!!」


でも、その願いが叶う前に命が潰えてしまうだろう。

せめて、願うだけでも許して欲しい。

私はそう願いながら全身の激しい痛みと共にゆっくりと瞼を閉じた。

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