龍神の花嫁

憤怒

陽子が村を追放された夜から玲奈は悪夢に魘される様になった。

悪夢に必ず出てくる蛇。しかもその辺にいるような蛇ではなく、村の伝説に出てきた黒い鱗の大蛇。

その大蛇に追いかけられ必死に逃げるが最後は捕まり、締め付けられ殺される悪夢を見るようになってしまったのだ。

大蛇はいつも玲奈を恨めしそうな目で睨みつけ呪詛を呟く。


「私から全てを奪った女の末裔よ。もうすぐ裁きの刻がくる。それまで愚かに笑って生きるがいい!!」


全身を締め付けられ激しい痛みが走り骨も粉々に砕けてゆく。玲奈は「やめて!!誰か助けて!!」と叫ぶが助けは誰も来ない。


「お前は先祖が犯した罪と哀れな巫女を陥れた罪を一生をかけて償うのだ!!」


玲奈は大蛇の呪詛と身体が弾ける痛みで飛び起き、息を切らしながら周りを見た。


「またあの夢…なんなの…?!なんなのよ…もう…!!!」


まるで陽子に濡れ衣を着せ、村から追放したことを攻めているような夢ばかり見るようになってしまったことに玲奈は苛立った。

しかも、いつも大蛇に締め付けられ最後は殺されるという内容に突然目覚めが悪い。

機嫌が悪い玲奈には手をつけられないことを知っている女中達はいつもビクビクしながら彼女に接している。彼女たちの生傷が癒えないのもそのせいだ。

悪魔が連日見るようになってからはさらに酷くなっている。玲奈の母親も手がつけられないぐらいだ。

当然、龍神の巫女としての務めにも影響してくる。

苛立ちが冷静さを欠かさせ、癒しの異能を上手く使いこなせていなかった。

陽子が施していた時よりも何倍も劣り、少し力を使っただけでもすぐに疲れて動けなくなる程だった。

まるで、異能自体が玲奈に力を使わせることを拒んでいる様にも見えた。


(どうして上手くいかないの…!!!何もかも手に入れたのになんで…!!!)


すると襖の方から侍女の声が聞こえてきた。玲奈は我に返り声がした方に顔を向ける。


「玲奈様。刺客共が帰ってきました」

「……そう。今から支度するから少し待ってもらって頂戴」

「わかりました」


きっと姉の陽子の首を持って帰ってきたのだろうと玲奈は思った。苛立ちが少し和らぎ笑みが溢れる。


「まったく随分遅いじゃない。まぁいいわ。これでやっと死んでくれたのね。お姉様♪私の勝ち。私だけが幸せになるべきなのよ」


身勝手で歪な欲に塗れた玲奈の笑顔は龍神の巫女と呼ばれるには相応しくないものだった。愛する母親と父親、そして夫になった和正には絶対に見せることのない歪んだ笑顔。

龍神の巫女の血を引く陽子を陥れ、彼女の幸せを奪った愚か者に相応しい表情を浮かべながら玲奈は身支度を始めた。



だが、そんな玲奈に突きつけられた現実は彼女が望んでいたものではなく、苛立ちを再び呼び起こし爆発させるものに過ぎなかった。


「どうして持ってこなかったのよ?!これじゃちゃんと死んだかどうか分からないじゃない!!!」


玲奈は自室で金切り声を上げながら怒り狂っていた。理由は送った刺客達が姉である陽子の首を持ってこなかったからだ。

死んだ証として持ってこいと命令したものの、追いかけていた時に影から落としてしまった事、その先にある増水で流れが早くなった川に落ち死体を回収することができなかった。

首の代わりに差し出されたのは陽子の血が付いた短刀だけ。

川に落ちだはずの陽子の死体が何処を探しても見つけることができなかった。

当然、玲奈が納得できる筈がない。


「ふざけないで!!!こんな血がついた短刀だけで死んだかどうか分かるわけないでしょ?!!!ちゃんと隅々まで探したの?!!」

「探しました!ですが…」

(あの女がまだ生きてるかもしれないってことよね?ふざけんな!ふざけんな!!!くそくそくそくそ!!!)

「れ…玲奈様…」

「もういい!!下がってちょうだい!!!アンタ達の顔なんかもう見たくもないわ!!!」


すごすごと部屋を後にした刺客達を尻目に、玲奈は怒りを爆発させた。

部屋にある物を全てをぐしゃぐしゃにしてしまう程、金切り声を上げながら大暴れした。


(くそ!!あの女!!!)


後妻の子である陽子を最初から好かなかった。

お淑やかで美しく、村中の誰からも愛され、龍神の巫女であり、癒しの異能を持っていた陽子が羨ましかった。

玲奈が欲しいモノを全てを持っている血の繋がらない姉が許せなかったのだ。


(やっぱり私の手で殺した方がよかった?それともあのまま処刑にすればよかったのかしら?アイツの首を晒してやりたかったのに!!!)


清楚な自分を演じる為に陽子を処刑という形では殺さなかった。少しでも愛する姉を憐れむ自分を村中に見せる為にやったことが仇になってしまった。

苛立ちが頂点に達し、近くにあった花瓶を壁に叩きつけて粉々に壊した。

暴れるだけ暴れて激しく息を切らしていると襖の方から声がした。


「あの…玲奈大丈夫か?すごい音だったけど…」


声の主は夫になった和正だった。彼の声を聞いた玲奈はようやく我に返り和正の元へ急ぐ。


「和正さん!!!」

「玲奈!よかった…ずっと部屋にこもっているって聞いたから心配だったんだ」


胸に飛び込んできた玲奈を抱きしめ優しく声をかけるものの、彼女の部屋の惨状を見て思わず言葉を失ってしまった。

玲奈の怒りと悲しみが相当のものだと和正は思い知らされた。

だが、現実は違う。彼女が暴れた理由と本性を知れば和正はきっとこの女から離れてゆくだろう。

玲奈は真実を隠しながら我が子を失った若き母親を演じる。


「和正さん?どうしたの?」

「あ、いや…玲奈が無事ならそれでいい…」

「ごめんなさい…お腹の子供のことを思ったら悔しくて…!!!お姉様のせいで私と和正さんの子供が…!!」

「玲奈…っ!!ごめん、全部僕のせいだ。僕のせいで玲奈達を危険に晒してしまったんだ。だからもう自分を責めないでくれ。玲奈は何も悪くない」

「和正さん…(危ない危ない。本性がバレるところだったわ)」


愛する和正に抱きしめられた玲奈は満足感を得る。

暴れたことで本性がバレてしまったのではないかと心配していたがうまく隠すことができた。すべてあの事件のおかげだと玲奈は微笑む。

陽子を陥れた事件が起きてからの両親と和正の溺愛は増してゆく一方。玲奈は優越感に浸り幸せを噛み締めていた。

だが、本性を見られてしまったら全てが終わり。和正からも見放されてしまうだろう。


(もしまだ生きているのなら早く死んでちょうだい。お姉様)


玲奈は早く惨めに死んでいった姉の姿を見たかった。罪人となった彼女の首を見た時こそ、幼い頃に姉から感じた劣等感から解放されるのだと信じている。


(全部私のモノ。アンタの大事なものは全部私のモノなのよお姉様)


和正に裏切られた時の絶望した陽子の姿を思い出し玲奈は笑う。

刺客が告げた結果は自分が納得いくものではなかったが、取り乱した自分を大事に慰めてくれる和正達に満足していた。

玲奈の髪に飾られた紅珊瑚の簪が追放された陽子無事を願う様に悲しげに輝いていた。






「こんなのが陽子の妹で龍神の巫女だと?ハ!!笑わせるな」


巫女としてあるまじき姿を見せる玲奈を白鷺に化けていた龍神は見逃さなかった。けれど、まだ動くことはない。今はその時ではないのだと龍神は思い留める。


「瑪瑙がお前を狙っている。楽しみに待っているがいい」


鉄槌と真実を告げるのは大切な人を癒し守り抜いてからだと決意し、龍神は愛する人の元へ飛び立ってゆくのだった。



(陽子。待っててくれ。すぐに戻るから)

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