第10話 君そんな人だったっけ
「おーよろしく!」
「よろしくねー! 大鳥さん」
「よ、よろしく……」
キラキラ達は一応笑顔で挨拶してくれた。
自分で言うのもアレだけど、進学校に入るような子達なので、基本的に人間が出来ている子が多い。
前の高校生活でも、私のような「どうでもいい奴」をあからさまに蔑ろにするような態度を取る人はほとんどいなかった。
まあでも腹の中では「場違いな根暗野郎」くらい思われているかもしれないけどね。それか何も思われていないか。
「で、そっちの子は? 大鳥さんと同じE組?」
一瞬向けられた視線は、再び小春ちゃんにザッと移る。
「奥入瀬です。私もリツ……大鳥さんと一緒のE組だよ」
小春ちゃんは向けられた視線を物ともせず、ニッコリと笑ってハキハキそう言った。
「うわ、声も可愛いじゃん! 下の名前は?」
「どこの中学出身?」
「ええと」
一斉に話しかけられて、小春ちゃんは流石にワタワタしていた。その様子を見て、男子のほうのキラキラはデレデレと目元を緩ませている。女子のほうのキラキラ達の顔は怖くて見られない。
うーん、なんか収集が着かなくなってきたな。
周りの「うるせえなコイツら」みたいな顔も地味に心に来る。
前の壁に掛かっている時計を見る。
13時25分。あと5分で部活動紹介が始まる。
「灰瀬くん達皆一緒に座れなさそうだし、別の場所に移ろうかな」
そう言って椅子から立ち上がり、小春ちゃんのほうを見る。
小春ちゃんはパチパチと瞬きをすると「そうだねぇ」と言って、私と同じように立ち上がった。
「えっ! 気ぃ使わなくていいのに!! なんなら俺らと一緒に見ようよ」
小春ちゃんを引き留めようと焦るキラキラ(男子)。
そのキラキラ達を上回る輝きをはなつ小春ちゃんが、まばゆいばかりの笑顔をキラキラ達に向ける。
「またね! 皆、これから3年間よろしくね」
颯爽とその場を去る小春ちゃんと私の背後で、床に膝をつくようなゴンという音が聞こえた。
奥入瀬小春の必殺技「キラースマイル」、決まったようだな。
振り向くと、椅子に座った灰瀬くんとバチッと目が合う。
灰瀬くんは、表情の読めない真顔でじっとこちらを見ていた。その顔が少し怖くて、私はすぐに目を背けた。
「……まだ前のほうの席空いてて良かった。ごめんね、小春ちゃん。急に席移ろうなんて言っちゃって」
座りながらそう言うと、小春ちゃんは「ううん、大丈夫」と笑顔で首を振った。
あら、でもちょっとスマイルの輝きが鈍いわね。
「えっと、リツ。その」
「どうしたの?」
「こっちこそ、席移るようなことになっちゃって……」
そう言うと、小春ちゃんはうつむいて黙ってしまった。
なんてこった。この美少女、明らかに落ち込んでいる。
どうして落ち込んでいるんだ!?
とにかく、あと数分で部活動紹介が始まる。
その前にこのカワイ子ちゃんを何とかして元気づけなければならない。
「……ど、」
「ん?」
「どうちたんでちゅか。もしかして、まんまアムアムしておねむになっちゃいまちたか~……」
「えっなにそれ」
「ごめん、忘れてください」
案の定しっかり滑った。
むしろ自分はどうしてこれで元気になると思ったんだろうか。
小春ちゃんは目を丸くすると、プッと吹き出した。
「ふふ、リツって本当に面白いねぇ」
「え、成功した?」
「何がよ」
クスクスと笑う小春ちゃんの頬に赤みが戻ってきた。ちょっと元気になったみたいだ。
良かった良かった、大滑りした甲斐があったってもんだ。
「楽しみだねぇ、部活動紹介」
「そうでちゅね」
「その口調やだ」
そうでちゅか。
***
「面白かったねぇ、部活動紹介! 私いっぱい笑っちゃった」
ピカピカの笑顔で歩く小春ちゃんの隣で、私は「そうだね……」というつまらない相槌しか打てなかった。
部活動紹介を見て改めて思った。
高校生、青すぎる。
新入生が知らない内輪の教師ネタ、今年流行っている一発ギャグのアレンジ、社会で発信したら即叩かれそうなエグい下ネタ……。
壇上で飛び交うそれらを見ていて、もう本当にむず痒かった。
若い。若すぎる。
今なら苦い顔をしていた先生達の心境が、手に取るように分かる。
駄目だ。
身体が若返っても心が老いているから、高校生になりきれないかもしれない。
「リツ、大丈夫? もしかして具合悪い?」
小春ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
いけない、心を静めよう。
「大丈夫だよ。折角だし、このまま部活見学もしようか」
「うん!」
笑顔に戻った小春ちゃんは、先程体育館でもらった「部活動案内のしおり」を広げた。
「とりあえず、今日は文化系の部活を回ってみない?」
「良いけど、小春ちゃんは弓道部見に行かなくて良いの?」
「それは絶対入るから、正直見に行かなくてもいいんだよねぇ。それに兼部するなら文化部が良いなって思ってるし」
小春ちゃんは、しおりから顔を上げてパッと笑った。
「リツが文化部に入るっていうし」
可愛すぎる。急アルで死んで良かった。
文化部は、科学室や家庭科室などの特別教室が集まった第二棟で活動しているところが多い。とりあえず小春ちゃんと一緒に第二棟に向かう。
「そういえばあの灰瀬くんって男の子、リツに一緒に部活見学しようって言ってたね」
「ああ、そういえば……」
ゴタゴタがあったせいで、すっかり忘れてしまっていた。
灰瀬くんと一緒に回るってことは、あのキラキラ達とも行動を共にする可能性が高い。そうなるとゆっくり部活見学という訳にもいかなくなる。
まあ、また今度の機会にってことで。灰瀬くんに会ったら謝ろう。
「……リツ、本当に彼とはなんでもないの?」
出たッ!
奥入瀬小春の得意技「奥入瀬ポーズ(別名:ぶりっこポーズ)」。
小春ちゃんの期待するような視線を避けるように、横に首を傾ける。
「ないよ、残念ながら。薄い関係だって言ったじゃん」
「それにしては親しげだったけど……」
「誰に対してもフレンドリーなんだよ」
「でもでも、リツを見る目がきらきら〜ってしてた気がする! 興味無い人に向ける目じゃなかったよぉ」
そりゃ興味は持たれてるだろう。
ただし女としてじゃなく、タイムスリッパーとしてな!
「あ、文芸部だって。見学してみようよ」
「露骨に話逸らす~」
ぷくっと可愛く膨らんでいる頬に、人差し指を伸ばす。
「ふふ、くすぐったい」
「良かった、はたき落とされなかった……」
満足するまで小春ちゃんのほっぺをつつく。昨日ニレイちゃんには拒まれたから、今日は思う存分堪能させてもらうぜ。
「そういえば、文芸部って部活動紹介出てたっけ」
小春ちゃんは、つつかれた側の頬を摩りながらそう聞いてきた。
「出てたよ。一瞬だったけどね」
そう答えて、マーカーで「文芸部」と乱雑に書かれているA4の紙が貼られた引き戸を開ける。
「大鳥さん、さっきぶり」
部屋の真ん中には、にっこりと笑って手を振っている灰瀬くんがいた。
「……うん、そうだね」
驚きすぎて、アホみたいに手を振り返すことしか出来なかった。
小春ちゃんに服の裾をグイグイと引っ張られた。顔を見なくても興奮していることが分かる。
「リツ、これは運命だよ!」
「はたしてそうかな……」
だとしたらかなり強引な運命だぜ。
灰瀬くんは、笑顔のままこちらに近づいてきた。
「体育館での話を聞く限り、大鳥さんは『入るなら文化系の部活』と言ってただけで、入る部活は特に決めていなかった。となると大鳥さん達は特定の部活のみ見学するんじゃなくて、満遍なく見学する可能性が高い。2人とも体育館を出た後東口玄関から第二棟に入っただろ。東口玄関から入って一番早く辿り着く部室は、第二棟二階にあるここ、文芸部部室」
一歩分の距離を開けて、灰瀬くんは歩みを止める。
顔を上げると、口角は上がっているけれど目は笑っていない灰瀬くんと目が合った。
「オレの読み通りだったな。西口から走ってきて良かった」
「普通に怖いんだよな……」
「リツ、ごめん。運命じゃなくてただのストーカーだったね」
震えた声でそう言った小春ちゃんは、ぎゅっと二の腕を掴んできた。手も震えている。怯えている美少女も乙なもんだな。
まあ、これで小春ちゃんの頭の中で描かれていた私と灰瀬くんの恋物語は打ち切りになっただろう。
代わりに猟奇サスペンスストーリーが新たに連載されているかもしれないけれど。
「西口からここまで走ってきたんだね。なんか薄ら汗かいてるなとは思ったけど」
「すれ違って会えなかったら嫌だから」
「何が君をそこまでさせるんだ」
というか何故わざわざ反対の西口から入ったんだ。
あと廊下を走るな。
灰瀬くんから目を離し、文芸部の部室を見渡す。
部員とおぼしき先輩方は皆一様に青い顔で、私達……というより灰瀬くんを遠巻きに眺めていた。長身のイケメンがただことじゃない様子で部室に駆け込んできたら、そりゃその顔色にもなる。
眼鏡をかけたセミロングの先輩と目が合う。
その先輩はカチンと顔を強ばらせ、すっと視線を外した。
これは、とても見学出来る空気ではなさそうだ。
「あの、お騒がせして申し訳ありませんでした。また後ほどお伺いさせて下さい」
灰瀬くんの手首を掴み、小春ちゃんの肩を抱いて部室を出た。
無念。
興味あったんだけどな、文芸部……。
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