第8話 本当にもうお酒なんて飲まない

「……それで、どうやってタイムスリップしたの?」

「ウワッ」

「何でびっくりしてるの」

 急に再生された灰瀬くんに驚くと、首を傾げられた。

 駄目だ。毎度毎度ビビっちゃうな、これ。

「ごめん。タイムスリップの方法は言えないことになってるんだ。それとどうして私がタイムスリップしてきたかも答えられない」

 超近距離にある灰瀬くんの整った顔を堪能しながら正直に答える。

 まあニレイちゃんに駄目って言われてなくても、未来の自分は急アルで死んでるなんて恥ずかしくて言いたくない。

 結果オーライだな。

「……そっか。分かった」

 もう少し食い下がるかと思ったけれど、灰瀬くんは近づけていた顔をスイと逸らした。

 残念、イケメン鑑賞会終了。

 灰瀬くんは顔を逸らしたまま、流し目で私のことを見る。

「言えない理由って、もし言ったら今後の未来に影響しそうだからとか?」

「そんなところかな、多分」

「なんか所々解答がフワフワしてるな。そもそもタイムスリップしてることはオレにバレて大丈夫なの?」

 それを君が言うのか。

 あんなに追攻撃されたら、バレちゃ駄目だとしても折れて白状していたと思う。

 もし私がスパイだったら、拷問前に情報とオシッコを漏らすタイプだ。

「それは大丈夫。私ごときのタイムスリップがバレても未来にはなんら影響ないらしいから」

「そうなんだ。なんか切ないな」

 灰瀬くんはグンと身体を反らして、大きく伸びをした。

 挙動一つ一つが絵になるな。

「まさか入学してからいきなりタイムスリッパーと出会えるなんて。幸先良いよ」

「そう思ってくれるなら何より。それじゃ、私はそろそろ帰るね」

 片手を上げて灰瀬くんに背を向ける。

 ちゃんと説明したし、これで灰瀬くんに追いかけられることはないだろう。

 私がタイムスリップしていることを灰瀬くんが周囲に暴露する恐れがあるのが唯一の懸念点だ。

 でも大抵の人はそんな突飛な話信じないだろうし、寧ろ私より灰瀬くんのほうが浮く可能性が高い。

 彼はイケメンなので、浮きこそすれ嫌われたりはしないだろうけど。

 全く、来世はイケメンに生まれ変わりたいもんだな。

「オレも帰る。折角だし、最寄りまで一緒に帰らない?」

「い……」

「いいよ」と「嫌だ」の気持ち、両方ある~。

 こんなイケメンと帰宅しているところを学校の生徒に見られてみろ、どんなやっかみが来るか分からない。

 そうなったら楽しい高校生活を送るどころじゃなくなる。

 申し訳ないけれど、ここは丁重にお断りさせていただこう。

 振り返り、灰瀬くんと向き合う。

「まだちゃんと自己紹介してなかったよな。オレは灰瀬結希です。これから3年間よろしく」

「……大鳥リツです。よろしくね、灰瀬くん」

 差し出された右手を握ると、灰瀬くんは目を細めた。

 さようなら、平穏で楽しい高校生活よ。

 願わくは今は誰も外を出歩くな。

 元小児科勤務希望者の意地にかけて、子供の笑顔を曇らせる様なことなんて出来なかったよ……。


***


「ただいま~っと」

 制服のままソファにドサッと座る。

 普段だったらお母さんに「着替えてから座る!」とプリプリ怒られていただろうけど、今はいない。

 多分夕飯の買い出しをしてくれているのだろう。いない間にしばらくノンビリさせてもらうぜ。

 それにしても、今日は色々あって疲れた。

 まさかここが夢の中じゃなくて過去だったとは。

 初めてニレイちゃんと出会ったときに壁に打ち付けた右手を見る。

 打ったところは、既に薄らと青あざになっていた。もう何日かしたら黄色く変色して目立たなくなるだろう。

 それに、入学早々失恋するとは思わなかった。失恋RTAチャンピオンになれそうだ。

 いや寧ろ最下位か? 

 だって8年経ってようやくトドメ刺されたんだし。

「あー……」

 ズルズルとソファに沈み込む。

 灰瀬くんの一件があってちょっと気を反らせていたけど、思い出すと駄目だ。

 というか灰瀬くんのこともどうしよう。

 まさか彼がタイムスリップを信じる様な電波青年だとは。前の高校生活では全然そんな感じなかったけど。

「そもそもそんなに話したことなかったか……」

 教室の端にいた自分には、カーストトップの人気者との接点なんてほぼほぼ無かったしね。

 まあ、今日がイレギュラーだっただけだろう。

タイムスリップしているという点を除けば、私は心底一般的だ。灰瀬くんの私への興味は早々に尽きるはず。

 というか既にもう尽きてるかもしれない。

 なんか悲しくなってきたな。

「あー、やめよう」

 入学早々悪いことばっか考えすぎだ。

 そんなことより、どうやったら人生最期の3年間楽しく過ごせるか考えよう。そっちのほうが建設的だ。

 喉が渇いたので、よっこいせと立ち上がり冷蔵庫まで歩いて行く。

 冷蔵庫を開けて適当に飲み物を取り、カシュッとプルタブを開けて立ち飲みする。

 ちなみに立ち飲みもお母さんのプリプリポイントの一つだ。

「……ただいま」

「あ、おかえり」

 リビングのドアが開くと共に、弟のカケルがムスッとした顔で部屋に入ってきた。

 私とカケルは3つ違いなので、この時代のカケルはリアル中学一年生ってことになる。

 カケルは昨日が中学校の入学式だった。新しい制服はまだぶかぶかだ。

 夢だと思ってたから何にも思わなかったけど、こうしてみると弟でも可愛いな。

「学校どうだった?」

「始まったばっかだからどうとかないし」

 そういえばこのぐらいの時期から、何故か私に対してだけ少し反抗的だった。高校に上がってからは全方位反抗少年だったけど。

 でも、言葉はちょっと刺々しいけど、挨拶もするし返事もしてくれるからあんまりイラッと来なかったんだよな。可愛い可愛い。

「お、おい。何してんだよ」

「え? 何って何が」

 何故かカケルは限界まで目を見開き、震える指で私を指していた。

「指差し良くないよ」

「リツのほうがよっぼど良くないことしてるし! 何飲んでんの!!」

 カケルにそう言われ、手に持った缶を見る。

「何って、ただの」

 視界に缶チューハイと自分の服装が目に入った瞬間、飲みかけのチューハイを叩きつける様にゴミ箱に捨てた。

「ただのジュースだけど? でも味が気に入らないから捨てちゃった」

「ジュースじゃないじゃん、お酒じゃん!! なんでお酒なんか飲んでるの!」 

「ジュースだと思って……」

 嘘です。

 完全に無意識でした。

 8年後では水より飲んでたので。

「それに燃えるゴミのところに缶捨てないで! 中身もちゃんと流しに捨てて!」

「そこ?」

「大事なことだろ!!」

「すみません」

 取りあえずゴミ箱に手を突っ込んで缶を取り出す。

 やばい、ゴミ箱の中ちょっと酒臭い。後で拭かなきゃお母さんにバレる。

「このことお母さんに言うから」

「待って待ってカケちゃん、頼むから言わないで」

「気持ち悪い呼び方すんな!!」

「すみません」

 やばいぞ、どうしよう。

 流石にこれがお母さんにバレたら、怒り方はプリプリじゃすまない。

 普段はポワポワしているうちのお母さんのマジギレは本当に怖い。怖すぎて一度だけ漏らしたことがある。

 烈火のごとくキレているカケルに「あ、あのさ」と呼びかける。

「実は私、未来からタイムスリップしてるの。だから中身は成人済みなんだ」

 焦ってあっさりタイムスリップのことを暴露してしまった。

 でももうこれしかねえ! 

 頼む、どうにかなってくれ!

「いや、何言ってんの。意味分かんない誤魔化し方すんなよ」

 案の定カケルは呆れた顔をした。

 まあ普通そうだよな。灰瀬くんが特殊なだけだ。

「……分かった。今からタイムスリップが嘘じゃないことを証明する」

 缶を流しに置き、ビシッとカケルを指さした。

「指差し止めろよ」

「黙らっしゃい! ……カケル、今日クラスでの自己紹介でやらかしたでしょ」

 そう言うと、カケルはビクッと身体を震わせた。見るからに動揺している。

「はぁ!? し、してないし」

「自己紹介でちょっと目立とうと思って、三点倒立失敗してちょっと大事になったでしょ。知ってるよ」

「なんで知ってんだよ!」

 カケルはしまったという顔をして、バッと両手で口を塞いだ。ビンゴ!

 この「学生時代失敗エピソード」は、大学生になってちょっと丸くなったカケルとお酒を飲んだときに教えてもらったものだ。

 あの時は酒の席で出た冗談だと思ってたけど、本当の話だったんだ。我が弟ながら面白すぎる。

「でも大丈夫。今日はクラスの皆に避けられただろうけど、カケルには中学で友達が沢山出来るよ」

 根暗な姉とは違い、カケルには旅行に行くぐらい仲の良い友達がいっぱいいた。

 その友達の中には、中学から続いている子もいたはずだ。

 私の言葉を聞いたカケルは、少し瞳を揺らして「本当?」と小さい声で言った。

「嘘だったら怒るけど」

「本当だよ。カケル、中学ではバスケ部に入るでしょ。そこで、そこで確か……ウエダくん? って子と仲良くなってた気がする……ウシロダくんだっけ」

「なんでバスケ部に入ろうって思ってること知ってるの」

 カケルは怯えた顔で私を見た。

 やべ、あんまり言い過ぎると怖がらせちゃうか。こんなところで十分だろう。

「……知ってるのは当然。だって未来を見てきたからね」

 決まったな。

 ニヒルに笑い、格好付けたように食器棚にもたれかかる。もたれかかった瞬間、棚の中でガシャンと皿が揺れる音がしたので慌てて棚から離れた。

 カケルはパチパチパチッと幾度も瞬きをしている。

 さて、どう出るか。

「……い」

「ん?」

「すごい、お姉ちゃんすごいよ!! お姉ちゃんって超能力者だったんだ!」

 はい「すごい」頂きました。

 中学生一人誑かすなんざ朝飯前だね。

 呼び方も小4まで呼んでいた「お姉ちゃん」に戻っている。こりゃ大分親密度アップしたな。

 元々勝算はあった。

 なんせカケルは、高校に上がるまでサンタの存在を信じていたぐらい騙されやすい、もとい純粋な奴なので。

「まあね。超能力者ではないけど」

「空中浮遊やってみてよ!」

「出来ません」

 すっかり興奮しきっているカケルに、恐る恐るチューハイ缶を見せる。

「そういうことで、これを間違って飲んじゃったことはお母さんには言わないでね。これからも飲まないように気をつけるから」

「分かった!」

 よっしゃ! 

 なんとか解決したぜ。

 カケルに見えない位置でガッツポーズする。

「でも未来ではお姉ちゃんお酒飲んでるんだ。なんか意外だなぁ。あのさ、お酒って美味しいの?」

 純粋な質問とキラキラ輝いた視線に耐えきれず、目をそらして「まあね。飲み過ぎは良くないけど」と答えた。

 マジで飲み過ぎには気をつけて欲しい。

 君の姉は酒の飲み過ぎで、本当の意味で身を滅ぼしているから……。

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