第9話 やっぱパリピって怖いわ
入学2日目。
学校案内の後にあった新クラスでの自己紹介もつつがなく終わった。
自己紹介タイムでは「懐かしすぎる。お前も、お前も、そこのお前も!!」というように、心の中で延々と一人同窓会を開いている感じだった。皆本当に初々しいぜ。
私は、絶対に弟のカケルの様にスベりたくなかったので「趣味は読書です」で無難に締めた。
でもそのせいで全くとっかかりのない人になってしまった感は否めない。
もう少し突飛さを出すべきだっただろうか。
いやこれでいいんだ、これで。
お母さんのつくってくれたお弁当を机に出しながら、黒板に書かれた午後の予定を見る。
体育館でやる自由参加の部活動紹介、行くか行かざるべきか。
確か以前は、部活動紹介に一緒に見に行く様な友達がいなかったので行かずに即帰宅した。陰キャ極まりない。
しかし今の私は社会人メンタルを有している。
一人カラオケ・一人居酒屋・一人温泉旅行、あらゆる「お一人様」を経験してきたのだ。
今更一人部活動紹介見学にビビる様な雑魚ではない。
結局昨日は疲れすぎて、これからの高校生活の過ごし方を考える余裕もなく寝てしまった。
なので「楽しい高校生活」のイメージは未だゼロ。
「楽しい高校生活」のイメージが沸きそうだし、行ってみてもいいかもしれないな、部活動紹介。
そんなことを考えつつお弁当箱を開けた。
わ~可愛い~うさちゃんのおにぎりが入ってる~。
「いやキャラ弁って」
「ええっ大鳥さんのお弁当可愛いねぇ!」
いや、あなたの可愛さには負けます。
思わずそう返しそうになるのを堪え、目を丸くして私の母渾身のキャラ弁を見つめている奥入瀬さんに「お恥ずかしい」と言った。
「すっごい可愛いね。大鳥さんが作ったの?」
「ううん、お母さんだよ。私はこんなに器用なこと出来ない」
そう、私は看護師にあるまじき不器用さだった。包帯とかも全然上手く巻けなくてしょっちゅう先輩にキレられていたし。
「なんか朝やけにニコニコしてお弁当渡してきたなとは思ったけれど。一体いつ起きて作ったのやら」
「いいね。こんなに可愛いお弁当作ってくれるなんて、素敵なお母さんだね」
そう言ってニッコリ笑う奥入瀬さんを見て、やっぱりこの女の子のことは嫌いになれないなと思った。たとえ私の好きな人と付き合っていたとしてもね。
というか奥入瀬さんが可愛すぎて、一丁前に嫉妬するほうが恥ずかしい。こんな一億年に一人の美少女に勝てる訳がない。
「ありがとう。確かに良い母ではあるよ。自分で言うのもなんなんだけどさ」
折角作ってくれたし、写真撮っとこうかな。
お弁当箱にスマホのカメラを向け、一枚写真を撮る。なんか変な陰影が付いてしまった。まあブレてないしいいか。
「大鳥さんって……」
「ん、何?」
スマホから顔を上げると、綺麗なヘーゼル色の瞳と目が合った。
というかマジで可愛すぎる。
なんだその顔の小ささ!
私のお茶碗くらいの大きさじゃないか。
あまりにもじぃっと見つめられるので、なんだか居たたまれなくなってきた。
「な、なにかな」
「……ううん、ごめん。なんでもない。お昼一緒に食べようよ!」
「えっマジで!?」
「なんでそんなに驚くの」
奥入瀬さんは眉を下げてころころと笑った。
入学早々こんなに可愛い子とサシでご飯が食べられるなんて、幸先いいわね。
うさちゃんのおにぎりはもったいないので最後に食べようと思い、プチトマトに箸を伸ばす。
「『大鳥さん』って長いから、リツって呼んでもいい?」
コントロールが狂い、うさちゃんの目に箸が突き刺さった。
「うさぎさんが! ごめん、私変なタイミングで話しかけちゃったね」
「い、いや。ちょっと驚いちゃって」
うさちゃんの目から箸を引き抜きながら、やっとの思いでそう言う。
びっくりした、久し振りに家族以外に名前で呼ばれたな。中学の友達からは名字呼び捨てで呼ばれてたし。
奥入瀬さんは口をムニムニと動かすと、少し顔をうつむけた。
そして一億年に一人の美少女は、桃色に色づいた頬を両手で押さえ、上目遣いでこちらを見つめる。
「ごめんね。私、もっと仲良くなりたくって。ダメ……?」
少しもダメじゃないよ、小春……。
***
「リツはこの後の部活動紹介行くの?」
「行くつもりだよ。小春ちゃんは?」
「私も! 折角だし、一緒に見ようよ」
そう言うと奥入瀬さん、もとい小春ちゃんは、白くて細い指で私の袖をキュッと掴んだ。
親方! 隣に美少女が!!
「ああ、見よう、一緒に」
「どうして片言?」
部活動紹介が行われる体育館へ行く道すがら、ほとんどの人から視線を向けられた。
当然だ。
だって隣にこんなに可愛いお人形さんが並んでいるから。
お昼ご飯を共にしたことで、光栄にも小春ちゃんと仲良くなることが出来た。前の高校生活ではありえなかったことだ。
やっぱりあれかな、内から滲み出る大人フェロモンってやつで魅了してしまったかな。
体育館にはパイプ椅子が沢山並べられていた。早めに来たつもりだったけど、既に何人かポツポツと座っている。席は好きなところに座ってよさそうだ。
「小春ちゃん、どこらへんに座りたいとかある?」
「リツが良ければ前のほうに座りたいかも。私、実は目があんまり良くなくって」
「それなら前に行こうか。私は度の強いコンタクト入れてるから、どこでも見られるよ」
「コンタクト入れてるの? 大人だね」
小春ちゃんはそう言うと、おでこがくっつきそうな程近くまで顔を寄せてきた。
「……うふ、ホントだ。コンタクト入れてるねぇ」
親方!
「あ、あそこ! あそこ丁度空いてるよ」
「そしたら、あの席で見よっか」
慌てて小春ちゃんから顔を離して空いている席を指さす。小春ちゃんは素直に頷いて、席に向かって歩いて行った。
さっきから彼女の行動一つ一つに翻弄されている気がする。
昨日小春ちゃんと渡会くんが手を繋いでいたのは幻覚だったのだろうか。
小春、もしかして本当は、俺のことが好きなんじゃないのか……?
席に座ると「リツは入りたい部活とかあるの?」と小春ちゃんから尋ねられた。
「前は部活に入らなかったんだよね。今回はどうしようかな」
「前? 中学ってこと?」
「え? あー、そうそう」
またうっかりしてしまった。何とか誤魔化せたけど。
前の高校生活ではどの部活にも入部しなかった。高校入試でドベだったので、部活なんか入っている暇なんてないと思っていたから。
あれ?
こうして振り返って見ると、以前の私の高校生活って結構悲惨だったか?
「小春ちゃんは何の部活にしようかもう決めてる?」
「弓道部には絶対入りたいんだ! 中学でもやってたんだけど、すごく楽しかったの。下手っぴだったけどね」
「おお、いいね」
本当にいい。
入部した暁には、是非袴姿を写真に収めさせていただきたい。
「この学校って兼部も出来るでしょ。部活動紹介で気になる部活があったら、見学してみたいなぁって」
「兼部か、すごいね。そもそも私は入るか入らないかで悩んでるからな」
「そうなの? そしたら一緒に弓道部入ろうよぉ」
「入ろうかな」
美少女の命令は絶対!!
まあでも、弓道部はちょっとな。
なにせ私、音痴なんて言葉じゃ収まりきらない程の酷い運動神経の持ち主なので。
「……やっぱり、入るにしても文化系の部活かな。根性無いからさ、私」
「文化系ね。それなら、部活動紹介が終わったら一緒に文化系の部活見学しようか」
「もちろん……」
右横に座っている小春ちゃんは、困惑した顔で私を、というより私の頭上を見ている。
小春ちゃんの見ている方向に私も顔を向けた。
「ここ、座ってもいい?」
うんともすんとも言う前に、私の左隣に灰瀬くんは腰を下ろした。
なんてこったい。
美少女とイケメンに挟まれてしまった。
これがオセロなら私もビューティフルヒューマンになれたんだけどな。
「リツ、この人って昨日一緒に写真撮った人でしょっ?」
前門の美少女が、可愛い唇を耳元に寄せてコソコソと尋ねてくる。
「大鳥さん、もう友達出来たんだ。ねぇ、『あのこと』って、その子にも言ったの」
後門のイケメンに、掠れ気味の低い声で囁かれる。
なんだこれ。
私は特殊な乙女ゲームでもやらされてるのか?
「灰瀬ぇ、こんな最前列じゃなくて後ろのほうでノンビリ見ようぜー」
「灰瀬くん、アタシらも一緒に座っていーい?」
何人もの生徒がワラワラと灰瀬くんのもとに集まってきた。男子女子入り交じっている。
やたらめったら敏感な中学生では見られない、思春期が落ち着いてきた高校生ならではの光景だ。
というか灰瀬くん人気者になるの早すぎるだろ。
灰瀬くんの元に集まってきた生徒は、皆自信たっぷりそうな表情をしていてキラキラしている。まさにカーストトップ。
中身がアラサーの私にその輝きは目に染みるぜ。
「ていうか超可愛い子いんじゃん! 灰瀬、お前入学してもうナンパかよ」
「ウソ、ホントだ! かわいー」
小春ちゃんのことが目に入ったキラキラ達の反応は、男子と女子で分かれた。
男子は明らかにテンションが上がり、女子はテンションが上がっているように見せかけて、笑っていない目で密かに小春ちゃんを品定めする。
怖い。怖すぎる。
あとこのキラキラ達私には目もくれねえな。
「ナンパじゃねえって。昨日仲良くなったんだ、E組の大鳥さん」
灰瀬くん、酷いタイミングで他己紹介してくれたわね。
一斉にキラキラ達の視線が私に集まった。
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