第7話「面白い女」状態になっていると言えなくもない
灰瀬くんは一瞬目を見張ると、ゆっくりと口角を上げる嫌な笑い方をした。
「へぇ、本当なんだ」
「いや、いやいやいや。何とんでもないこと言ってるのさ。流石にそんなファンタジーな言葉は受け止めきれないって」
「今の相槌から察するに、大鳥さんはオレが『未来予知じゃない何か別のこと』に関して物申したいんじゃないかって思ってただろ。つまり『未来予知』という選択肢も大鳥さんの頭の中にあった」
「そ、それは私の言葉選びが間違っただけで……。でも信じられないかもしれないけど、一応国語が得意科目」
「クラス発表後に廊下で話しただろ。あの時名乗ってないのにオレの名字を当てたり、オレとクラスが違うことを知ってたり、色々不自然な点が多かった。それに入学したてなのに、自分の教室までの近道を知っていたりさ」
「ええと、その、名前を知ってたのはさ、ちょっとキモいかもしれないけど、合格発表の時に君が付けていた名札を見て覚えたからだよ。その教室近道云々は……」
「オレあの時防犯上の理由で名札付けてなかったけど。校外だったし」
墓穴!!
非常にまずい。
今のところ灰瀬くんは、未来予知とかテレパシーとか全然的外れなことを言っている。
しかし異常に勘が良くて目ざとい。
うっかり私がつくった粗を悉く見つけている。
こんなに勘が良ければ、正解の「タイムスリップ」に辿り着く可能性は非常に高い!
「今大鳥さんが歌ってた鼻歌、聞いたことないんだよね。自慢じゃないけど音楽は結構詳しいんだ。その歌『これから』流行る歌だったりするんじゃない?」
「さ、さっきのやつは即興でつくった歌で」
「へー大鳥さんって自作の歌あんなノリノリで歌うんだ」
その誤解も良くない!!
え、前前◯世ってこの時まだリリースされてなかったっけ!?
覚えてねえよ8年前のことなんか!!
「なあ、もう観念しなよ。『変態ストーカー』とか『自作曲熱唱女』って呼ばれたくないだろ」
「変態の要素はどこから出てきたんだ!」
吠える様にそう叫んだ。
追い詰める様に、灰瀬くんはジリジリとこちらに近づいてくる。
やばい。
どうしよう。
このままじゃタイムスリップしてることがバレる!!
「た……」
「た?」
「助けてエーリーン!!!」
「えっ古」
灰瀬くんこのネタ知ってるんだ。
刹那、シンと辺りが静かになった。
さっきまで怒濤の勢いで喋っていた灰瀬くんは、口を開けたままピタリと動きを止めている。
「普通に名前呼んでくれて良いって言いましたけど」
「うおおおおニレイちゃん!!」
「鬱陶しい!」
空中にポンと現われたニレイちゃんの足に齧り付くと、軽く蹴飛ばされた。
全然痛くない。なんて思いやりのつまった足蹴だ。
「全く、まさか半日も経たずに呼び出されるとは思いませんでしたよ。どうしたんです?」
「聞いてよ! 入学早々タイムスリップしていることがバレそうなんだよ」
怪訝な表情で固まっている灰瀬くんを両手で指し示す。
ニレイちゃんは指し示された灰瀬くんを見ると、ぱちくりと目を瞬かせて「はあ」と一言言った。
「そうですか」
「いや興味なさすぎでしょ」
「実際ありませんし」
「『ありませんし』って、一大事じゃ」
ふとあることに気付いた。
タイムスリップを題材にした作品では、タイムスリップしていることが周囲にバレてしまうのは御法度とされていることが多い。
その理由としては、タイムスリップがバレることで未来が大きく歪んでしまうからとか色々あるけれど。
だから、無意識のうちに「タイムスリップしていることがバレたらまずい」と思っていた。
でも……。
「『バレるな』なんて言われてない……?」
「言ってないですよ。だからなんで焦ってるのかなと思ってました」
「だったら『バレても大丈夫』って言ってくれや!」
思わず声を荒げた。
さっきの私の焦りはなんだったんだ!
ニレイちゃんは、そんな私を見て口角を上げる。
「焦っている人間を見るのは心の健康に良いですね。もう少し泳がせておけば良かった」
「やだ、この子歪んでるわ」
大きめの矯正器具が必要ね……。
ニレイちゃんはふわふわと空を漂いながら「別にタイムスリップしていることが周囲にバレても問題無いですよ~」とのんびり言った。
「あなたごときのタイムスリップがバレたところで、世界が大幅に変革してしまう危険性はありませんし」
「言い方にやや棘があるね」
「棘どころか包丁のつもりでしたけど。まあいいです、これでお悩みは解決しましたか?」
「まあ、ね……」
したけどさ。
どうしようかな、これ。
未だ目の前で固まっている灰瀬くんを眺める。
「タイムスリップしていることをイケメンくんに告白するかしないかの選択は、あなたに委ねますよ。これはあなたのもう一度の人生なので、お好きな様に」
それだけ言うと、ニレイちゃんはフッと煙の様に消えた。
さっきはホログラムみたいな消え方だったのに。退場の仕方がバラエティに富んでるな。
「なんで今そのネタ?」
「うわ急に喋った」
ニレイちゃんが消えたことで止まっていた時間が進み、一時停止されていた灰瀬くんも再生される。
そのことに地味にびっくりすると、灰瀬くんは眉根の皺を更に深めた。
「急にって何、さっきからずっと喋ってるけど」
「ああ、うん。ごめん……」
「いちいち怪しいんだよな、挙動が」
口元に手を当てて考え込むポーズをする灰瀬くんを前に、自分も棒立ちで考える。
どうしよう、正直に言うか?
このままはぐらかし続けるのはキツい。
せっかく楽しい高校生活を送ろうと思っているのに、こんなふうにしつこく付きまとわれ続けたらたまったものじゃない。
でも正直に言って「タイムスリップ? 電波……」とか思われるのも嫌だな~。
いや、でもそもそも灰瀬くんは私のことを超能力者かなんかだと思ってるし。電波なのは寧ろ灰瀬くんかもしれない。
というか超能力者だと思っていた相手が、ただの8年後からタイムスリップしてきたおばさんだったら結構がっかりものでは?
なんか面倒臭くなってきた。
どうして失恋直後にこんなかったるいこと考えなきゃいけないんだ。
「分かった、説明する」
灰瀬くんがパッと顔を上げてこちらを見る。その反応の早さに笑いそうになるのを堪えた。
「残念ながら私に不思議な力は無いよ。未来予知も出来ないし、テレパシー能力も別に無い。申し訳ないけど本当に普通の人」
不満そうな顔で口を開く灰瀬くんを片手で制す。
「不思議なのは境遇だけ。タイムスリップしてるの、8年後から」
……待って。我ながら格好良すぎる、今の台詞。
うひょー!
まさか自分の人生で、キメ顔で「タイムスリップ」を口にする機会があるとは!!
まあ、自分ではいくら「格好良い台詞だな~」としみじみしてても、相手がそう思っているとは限らないけど。
灰瀬くんの反応が怖くて瞑った目が開けられない。
さあどっちだ。
「電波乙」か「つまんな……」か。
「……ほんと?」
僅かに聞こえた声に目を開ける。
その瞬間、光を閉じ込めたような瞳と目が合った。
「本当なの、タイムスリップって」
「あ、ああ、うん」
「す」
灰瀬くんはぎゅっと目を瞑った。
「す?」
「すごすぎる、信じられない……」
形の良い目を見開いた灰瀬くんは、頬を上気させて囁く様にそう言った。
こ、この反応は。
「信じられた上に喜ばれている……?」
まさか第三の選択肢があったとは。
すっかり興奮した様子の灰瀬くんは、ズイッと顔を寄せてくる。
「タイムスリップって身体ごと? それとも精神だけ?」
「せ、精神だけだね。過去の自分の身体に入ってる感じなのかな、多分」
「過去の自分? ということは実年齢はオレより上?」
「ああはい、そういうことになりますね」
「どうしてタイムスリップしてるの? 8年後って、タイムスリップが出来る様になるくらい発展してる?」
「ええとね」
わしゃアキネイターか。
さっきとは別の意味で勢いがすごい。
しかし、イケメンからこんなにキラキラした眼を向けられるのは悪くないぜ。
「タイムスリップは未来の技術じゃなくて、神様を名乗る子供が……」
「あれ、ごめん。何か急に聞こえ辛くなって。もう一回いい?」
灰瀬くんは怪訝そうな顔になって、更に顔を近づけてきた。
おいおい、これは流石に近すぎる。
もしかして、キス、してもいいのか……?
「良からぬことを考えている顔ですね。通報しときましょうか」
「ちょ、ノックしてよ!」
「ドアねえよ」
急に目の前にポンとニレイちゃんが現われた。
当然灰瀬くんは彫刻のように固まっている。
「ごめん、私無意識に呼んじゃってたかな」
「いえ、伝え忘れていたことがあったので急遽来ました」
「んもう運営しっかりしてよ~」
「喧しいですね」
ニレイちゃんはフワフワ浮かびながら、小さい人差し指で灰瀬くんの頬をプニッとつついた。
「先程お伝えしたとおり、タイムスリップのことは周囲に知られても大丈夫です。ですが『8年後の未来であなたが死んでいること』『やり直しの高校3年間で恋人がつくれなかったら、あなたは8年後の死体に精神が戻されて本当に死んでしまうこと』『タイムスリップは
「ちょっと、結構大事なことじゃん」
「ええ。だから渋々来ました」
感触にハマったのか、ニレイちゃんは灰瀬くんの頬をツンツンしながら話し続ける。
「あなた今、このイケメンくんに『タイムスリップは僕が行った』って話しましたね。あなたのその言葉は、イケメンくんにはノイズがかかったように聞こえたはずです。口頭じゃなくても、紙に書いて伝えようとすれば書いた途端に紙は燃え、メールで伝えようとすれば文面は文字化けします」
「紙で書いた場合だけ対処が荒すぎるだろ」
「思いつかなかったので。筆談するときは内容にお気を付け下さい」
「別の対処方法考えてね。マジで!」
ニレイちゃんはそれには返事せず「では、伝えることは伝えましたので」と言って、シュワシュワと水泡のように消えた。
今回の消え方はお洒落だ。
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