第6話 もう少し悲しみに浸らせて
奥入瀬さんがあんなに恋バナ好きだとは思わなかった。
あの後「好きな人教えてよ攻撃(上目遣い+裾掴み)」をなんとか耐えきり、振り切る様にして教室を出てきた。やや攻撃を避けきれず、◯INEの連絡先は交換してしまったけれど。
早速◯INEに「明日また恋バナしようね♡」とメッセージが入った。やめてくれ、成人済女性に恋バナを求めるのは。
……うん、まあ、いるけどね。
好きな人は。
「いるけどさ……」
羞恥のあまり、近くの壁に顔面を押しつける。
「やっぱり格好良かったな、
思わず出てしまった本音で勝手に瀕死になり、呻きながらゴンゴンと額を壁に打ち付ける。
高校時代が一番充実していた理由の一つ、というかほとんどの理由が、もう本当にのたうち回るくらい恥ずかしいのだけれど、ある男子生徒に恋をしていたからだった。
1年生から3年生までずっと同じクラスだった
顔が特段格好いいわけでも、成績がずば抜けて良い訳でもなかったけれど(まあ最下位の私よりかは全然頭が良かったが)、明るい性格とふとした気遣いが素敵な人だった。
気になり始めたきっかけは、私が数学の授業で当てられて答えに詰まっていた時に、隣にいた渡会くんが小声で答えを教えてくれたという些細なものだった。その時の彼の優しい笑顔が胸に残り……。
恐ろしいことに、成人しきった今でも残り続けているのである。
いや無理。駄目だ。本当に恥ずかしい。
ニレイちゃんに「恋人をつくれば生き返らせるよ」って言われたときに「ふーん? 気が乗らないけどやります、か」みたいなスカした態度取っちゃったくせにさ!!
内心はやる気満々でしたなんて、本当に恥ずかしいったらありゃしない。
もういっそ、思い切り馬鹿にされたり気持ち悪がられたりしたほうが楽だ。
まさかアラサー間近の女が、未だに高校時代のクラスメイトに恋をしているなんて、なんてジャンルのホラーなんだ。
花束どころか呪物みたいな恋だろ。
「いやでも、これはチャンスだ……」
私の知る限り、渡会くんには3年間恋人がいなかった。
いつも周りの友達から「お前マジでモテねえなー」と言われていて、その度に否定せず「うるせーよ!」と苦笑いで言い返していたから。
前の高校生活ではろくにアプローチもしなかったので、付き合うどころか友達にすらなれなかった。
しかし、今はプラス8年分の人生経験がある(高校3年間を引けば5年)!
まあ大した人生経験を積んできた訳ではないけど(夜更かししても眠くならない方法、上司にミスを報告する際に許されやすい謝罪の仕方等)、ないよりあるほうがマシだろう。
恥ずかしいのは今更だ。
こうなったら、8年越しの片思いに決着つけてやらあよ!
……8年って……。
「小学校6年間より長い……」
うん、もうそれについて突き詰めるのは止そう。本当に恥ずかしさで死んでしまう。
とりあえず早く家に帰って、どうすれば渡会くんと付き合うことが出来るのかを考えよう。
まあ、恋愛経験が皆無の自分が考えたところで、大した答えが出るかは分からないけれど……。
「いや、手はある!」
手に持ったスマホを見る。
「おいらせ こはる」と表示された◯INEのトーク画面。
恋バナが好きで、天使のように可愛くて優しい奥入瀬さん。
彼女なら相談に乗ってくれるはずだ。というか滅茶苦茶食いついてくるだろう。
ふと「今日初めて出会った人間にいきなり恋愛相談するってどうなの?」と思った。
「まあ人命かかってるし」
これはマジ。
付き合えなかったら文字通り死ぬんだから、なりふり構っていられないってことで。
少し考え、奥入瀬さんに『今日はボールペン貸してくれてありがとう。これからよろしくね。突然だけど、ちょっと相談に乗ってもらっても良い?』とメッセージを送った。
すると1分もしないうちにすぐに既読がつく。
『こちらこそよろしくね~! 相談? もしかして好きな人のこと教えてくれるの!?』
『食いつきが早いね』
『食いつくよ~! ぱくぱくしちゃうよ』
「可愛い……」
なんだ、ぱくぱくしちゃうって。ぱくぱくしてくれ。
文字だけでもしっかり可愛い奥入瀬さんに染み入りながら、相談内容を考える。
さて、どう相談したものか。
メッセージ上のやり取りだと文字として記録に残るから、個人名とかは出したくない……。
「キャー! 好きな人って一体誰なんだろう。気になるな~」
背後から鈴の音のように可憐な声が聞こえた。幻聴かと思う前に、反射的に物陰に身を隠す。
なんでここに奥入瀬さんが!?
いや、私より教室出るの遅かったんだから当然か?
もし今見つかったら、直接聞き出されることになる。それは恥ずかしすぎるので、もうしばらくここに隠れて……。
「え?」
人生で一番間抜けな声が出た。
「小春、もう友達出来たの?」
「ふふん、まあねぇ。すごく面白い子なの。ハルくんもきっと仲良くなれると思うよ」
「そうなんだ。でも、小春もすごく面白いよ」
「えへ、ありがと」
学校一の天使と私が恋していた人が、手を繋いで私の側を通り去ったその時、私を形作っていたものの一つが、ポロッと落ちて粉々に砕け散った気がした。
「……そっか」
驚嘆・悲嘆よりも、納得が多分に含まれた独り言が零れ出る。
だってあまりにもお似合いだ。
変なぎこちなさがない、すっかり完成された関係に見える。私どころか、誰の入る隙も無い。
あれは結婚までいってもおかしくないな、うん。
「ふ、へへ」
並んだ二人の遠ざかる背中を見て、笑いがこみ上げてきた。
なんだこれ、面白すぎる。
私の高校3年間は、どうやら喜劇だったらしい。題目は馬鹿な道化師の独り相撲ってところかな。
「すごいなぁ、2人とも」
だって、前は全然気付かなかった。
2人とも自分達の関係を徹底的に隠したんだ。
渡会くんはともかく、奥入瀬さんは他校の男子からも告白されるくらい人気者だ。
そんな奥入瀬さんが渡会くんと付き合っているという事実が広まったら、渡会くんにどんなやっかみがくるか分からない。
まだ開いていた奥入瀬さんの◯INEに、追加のメッセージを打ち込む。
『相談というのはね』
すぐに『相談というのは??』と返信が来る。あまりの速さに思わず口が緩む。
『部活動何入ろうかなと思って』
「なにそれーっ!」
遠くから奥入瀬さんの叫ぶ声が聞こえてきて、ついに声を上げて笑った。
***
『高校3年間で恋人をつくること。そうすれば、あなたのことを生き返らせてあげます』
「まさか初日で無理ゲーとなるとは」
人生とはままならんものだなあ。
「よっこいしょ」と言って立ち上がり、長時間しゃがんでいたせいでバキバキになった腰や腿を伸ばす。すごい、伸ばせば痛みがほぼ消える。若い身体最高。
頭の中にいる冷静な自分が「他に好きな人つくればいいじゃん」と言う。
「でもなぁ」
高校を卒業して、大学に入って卒業して、社会人になった今でも好きだった。
大学も勤務先も違うのに、卒業してから5年間一度も会っていないのに。
なんというか、恥の上塗りで恥ずかしいけれど、彼はそれぐらいの存在だったのだ。
とてもじゃないけど、新しく好きな人を探すなんて気持ちにはなかなか切り替えられない。
……いや、そもそも。
「その必要ってある?」
そう呟いた瞬間、頭の中の霧がサーッと晴れた気がした。
高校3年間で恋人がつくれなかったら、私は死ぬことになる。
でもそれだけだ。
別に「家族を殺す」とか、地獄に落として罰を受け続けてもらうとか、そういうペナルティはない。
ニレイちゃんがタイムスリップさせてくれなかったら、順当に私は急アルで死ぬことになっていた。
寧ろ私が死ぬのは至極当然のことなのだ。
どうしてだか自分でもよく分からないけれど、ニレイちゃんからあと3年で死ぬ可能性があるって言われても、そんなに怖くなかった。いやちょっとは「嫌だな~」とは思ったけど。
「それよりもあのクソ病院で、定年まで延々と働くほうがキツいわ」
まあそういうことだ。
怖くないのは、死ぬよりも嫌だなと思うことがあるからかもしれない。
……よし、それなら決まった。
「もう一度高校生活楽しむぞ!」
階段の踊り場で一人、拳を突き上げて高々と宣言する。
1回目の高校生活もすごく楽しかった。
けど、それは恋ありきの楽しさだった。
恋に一辺倒だったので、他の楽しさを知らないまま終わってしまった。
せっかく神様の粋な計らいで、もう一度高校生活をやり直せることになったんだ。
前の高校生活では出来なかった楽しいこと、色々やってやろう!
なんだかテンションが上がってきたな。
人気がないのも相まって、歌いたい欲が出てきた。夜勤明けにヒトカラ行くぐらいにはカラオケ好きだからね、私は。
「ふふふふんふんふんふふんふんふーん」
流石に歌うのはどうかと思ったので、鼻歌で我慢する。やっぱりラッドの歌は良い。
ああ、でもこれ恋の曲だった。
私の場合未来から恋人になりにきて、勝手に失恋してるからな。
……こうやって言葉にすると本当に痛いな……。
「別の歌にするかな……」
「ご機嫌じゃん」
「うっわ」
耳に吐息がかかるくらいの至近距離で声をかけられる。
飛び退きながら振り返ると、灰瀬くんがニコニコ笑って立っていた。
おい、この近さイケメンじゃなきゃ許されねえぞ!
イケメンだから許す!
「まだ帰ってなかったんだ」
「オレの台詞でもあるよ、それ」
スマホを見る。「14:49」と画面に出た。
教室を出たのは12時前。手を繋いだ奥入瀬さんと渡会くんを見たのはその5分後くらい。ということは……。
「3時間近く黄昏れてたってこと……?」
こわっ、自分が怖い!
ショック受けすぎだろ!
3時間も時間経った感覚なかったわ。
まあ黄昏れていた私はおいといて、灰瀬くんは何故まだ校内に残っているんだろう。尚更疑問だ。
「学校探検でもしてたの?」
「学校探検なんて言葉小1以来に聞いたな。違うよ」
灰瀬くんは首を横に振ると、振っていた首を傾げ、覗き込む様にして見つめてきた。
「大鳥さんと話したくて残ってた」
嘘、告白されちゃった……っ!?
なんてな。
「今日ずっと私に話しかけてきたのは、私に何か言いたいことがあったからだよね」
「バレた?」
灰瀬くんは、いたずらっ子の様に舌を出した。
流石に分かるさ。
奥入瀬さんのような美少女にならともかく、私のような冴えない奴に灰瀬くんのようなイケメンが付きまとうのには、それなりの理由があると相場は決まっている。
全く身に覚えはないけれど、きっと恨みを買ってしまったんだろう。
やっぱりあれかな、合格発表の時に変な絡み方したのが気に障ってるんだろうな……。
「言いたいこと言って良いよ。存分に受け止めるから」
「それなら言うけど、大鳥さんって未来予知能力持ってるでしょ。もしくはテレパシー能力とか」
「え、そっち?」
バシッと手で口を塞ぐ。
馬鹿!
その相槌だと否定じゃなくて肯定になるだろうが!!
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