第11話 絶対告白ではないんだろうな


 右にイケメン。

 左に美少女。

 そして中央に芋。

 結局、世にも不思議な取り合わせで部活見学することになった。

「灰瀬くんはクラスの友達と回らなくていいの?」

「いい。あいつら文化系の部活に興味ないって言ってたし」

「そっか……」

 灰瀬くんは素っ気なく答えると、ふいと顔を背けた。

 こういう感じで、文芸部の部室を出たときからあまり機嫌がよろしくない。

「小春ちゃん、どこか見たいところある?」

「えっと、リツの好きなところでいいよぉ……」

「分かった……」

 さっきの文芸部の先輩達と同じ顔色をした小春ちゃんは、灰瀬くんとは反対の方向に顔を背けた。

 なんて気まずい空気なんだ。

 息がし辛い、ここだけ酸素が薄い気がする。山頂か?

「は、灰瀬くんはどこか見たいところあるかな」

「オカルト部」

「この学校にある部活を言ってくれ」

 オカルト部なんてラノベにしかないだろ。

「とりあえず、ここから一番近い化学部でも見学しようか。それでもいい?」

「いいけど」

「うん……」

 左側にいる小春ちゃんの顔を覗き込む。相変わらず顔色が悪い。

 灰瀬くんのストーカーじみた言動は、思ったより彼女に大きな爪痕を残したようだ。

「小春ちゃん、大丈夫? ちょっと休もうか。それとも今日はもう帰る? 見学期間は一週間あるし」

「え、えっと……」

 焦る小春ちゃんとは対照的に、灰瀬くんはにっこり笑って「じゃあ大鳥さんはオレと一緒に回ろうか」と言った。

「いや、小春ちゃんも帰るなら私も帰るよ」

「は? なんで」

「なんでもなにも、小春ちゃんが帰った後に私と灰瀬くんだけで見学回ったら人の心がなさ過ぎるからだよ」

 そう言うと、灰瀬くんはムッとした顔をした。なんでだよ。

「駄目っ!!」

「うわびっくりした」

 突然小春ちゃんが叫んだ。

 真っ白だった頬は、いつの間にか赤くなっている。

 小春ちゃんは胸の前で両手をグーにして、キッとこっちを見た。美少女に睨まれるのも悪くないわね。

「帰らない! 私も一緒に回るから」

「そ、そっか。元気になったようで何より……」

「だって、リツをこのストーカーと二人きりにしたらすごく危ないもの」

 小春ちゃんはグイッと顔を寄せると、灰瀬くんには聞こえない大きさの声でそう言った。

「リツ、安心してね。私が絶対守ってあげるから」

「ひゃい」

 ときめきすぎて変な返事をしてしまった。

 超絶可愛い上に格好良いなんて欲張りすぎだろ。

 こっちにも何かしら属性寄越せ。

「まだ私帰らないから一緒に回ろうねぇ、灰瀬くん」

「奥入瀬さんだっけ。うん、よろしくね」

 にこやかに笑い合うイケメンと美少女。

 ここだけ切り取れば素敵なサムシングが始まりそうなんだけどな。

 かたや彼氏持ち、かたやストーカー(暫定)だもんな。

 なんにも始まらないな、これは。


***

 

「一日で回りきれるもんだね」

「でも、じっくりは見られなかったねぇ」

「文化部だけでもこんなにあるんだな、この学校」

 疲労の滲んだ顔でそう言った灰瀬くんに、小春ちゃんは「うんうん」と相槌を打った。

 窓の外を見ると、すっかり空は赤く染まっていた。そこまで遅くない時間帯だけど、春先だから日が落ちるのはまだちょっと早めだ。

 私達3人は、3時間程かけて30以上もある文化部全て(文芸部以外)を見学した。思ったより部活数が多すぎて、終盤は何部を見学したかもあやふやだけど。

「灰瀬くんは何の部活が良かったなって思った?」

「軽音かな。奥入瀬さんは?」

「私は茶道部と華道部が良かったかなぁ」

「どっちも和じゃん」

「えへへ、確かにそうだね」

 最初は仲があまりよろしくなかった小春ちゃんと灰瀬くんは、部活見学を通じて少し仲良くなった。

 まあ仲良くなるのは必然だろう。

 基本的に2人とも人気者のコミュ強(コミュニケーション能力強者)なので。最初の灰瀬くんの狂人ムーブがなければもっと早く仲良くなっていただろうが。

 部活見学をしている際、奇異の目で見られることが多かった。

 そりゃそうだ、こんな美少女とイケメンが並んで歩いてたら大抵の人はビビる。どの部活の先輩方も、あたふたした様子でこの2人をもてなしていた。

 ちなみにその2人の横にいる私がたまに声を発すると、どの部活の先輩方も「えっもう1人いた!?」という顔をした。幻の6人目になるにはあと3人足りない。

「リツはどの部活に入りたいって思った?」

 キラキラした目を小春ちゃんに向けられる。

「うーん、悩んじゃうな。いっぱいあって」

「そうだよねぇ」

 頷く小春ちゃんの隣で内心焦る。

 どうしよう、こんなに見学したのに一個もピンと来る部活がなかった。

 日本酒同好会とか宅飲み研究会とかあれば絶対入るんだけどな。そんな終わってる大学のサークルみたいな部活あるわけないか。

「今日はもう帰ろうか」

「そうだな」

 昇降口に向かう小春ちゃんと灰瀬くんの後ろを歩きながら、スマホを教室に置いてきたことに気付く。すごい、数時間もスマホの存在を忘れていたなんて久し振りだ。

「ごめん、2人とも先に帰ってて。忘れ物しちゃった」

「そんな、待ってるよぉ」

 小春ちゃんがそう言った瞬間、軽快な音楽が流れた。どうやら小春ちゃんのスマホが鳴ったらしい。

「きゃっ! 忘れてた」

 スマホを開いた小春ちゃんが可愛い悲鳴を上げる。「きゃっ」って、本当に人体から出る音なんだ。

「今日家の近くのスーパーが17時45分から激安売りするんだったぁ。スマホの30分前タイマーで思い出したよ」

「ちゃんとタイマーかけてるの偉いね」

 というか、小春ちゃんがスーパーのタイムセールを気にする姿が意外だ。

「もしかしてお家の料理、小春ちゃんが作ってるの?」

「夕飯だけだよ。私のお家共働きだから」

「偉すぎる……」

 マジで偉い。学業だけでなく家事も頑張っているとは。

 学生の鏡、いや縮めて学生の神だ。

 拍手しながら偉業を称えると、小春ちゃんははにかむように笑った。かわいっ。

「リツ、ごめん。先に帰っちゃうね。ばいばい、また明日ね」

 小春ちゃんは右手を振りながらそう言った。左手は灰瀬くんの手首を掴んでいる。

「何でオレ連行されてるの」

「灰瀬くんは私と一緒に帰ろうねぇ」

 まさか小春ちゃん、約束通り私をストーカー(暫定)から守ってくれているのか? 

 なんて律儀なんだ。

 まあこうしてみると、普通にお似合いのカップルにしか見えないけど。

 小春ちゃんとドナドナされていく灰瀬くんが見えなくなるまで手を振ってから、ゆっくりと歩いて教室に向かう。

 柔らかな朱色の光に照らされた廊下を歩きながら、まだグラウンドで活動している陸上部を窓から見る。

 自分が本当に高校生だった時は、この光景を見てもこんなにノスタルジックな気持ちにならなかった。

「明日のマラソンやだな」とか「もっと渡会くんと話せたらな」とか、そういうことで頭がいっぱいだった。

 今、もう一度高校生活をやり直してはいるけれど「あの高校時代」に戻れることはないんだろう。

 机の中に置き忘れていたスマホを無事回収し、昇降口に向かう。

「スマホあった?」

「……うん、あったよ」

 日が落ち始めてきて薄ぼんやり暗くなった昇降口で、息を切らして立っている灰瀬くんにもう何の驚きも湧かなかった。

「一応聞くけど、小春ちゃんは?」

「自転車登校って言ったらあっさり手離してくれた」

「離してくれた」じゃないだろ。

 美少女との手繋ぎイベント不意にするなんて、勿体ないことするなコイツ。

 ローファーを履いて、灰瀬くんに歩み寄る。何故か灰瀬くんは、文芸部の部室を出たときと同じような不機嫌な顔をしていた。

 さっきから一体何が不満なんだろう。

 まあ無闇に触れるのは止そう、触らぬイケメンに祟りなしだ。

 そう考えていたのに、灰瀬くんから「あのさ」と切り出された。

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