第22話 未練がましくて最悪
「暇だし席替えでもするか」
担任の野嶋先生は、教卓に頬杖をついてそう言った。
今は一応古典の授業中だ。
でも昨日の授業でテスト範囲をやり終えてしまったので、今日はほぼ自習の時間と化していた。
「え、やった。やろやろ!」
「先生いい案出すじゃん」
教室はにわかに沸き立つ。
野嶋先生は「そうだろー」と言って、人差し指と中指が折れ曲がっているフニャフニャのピースサインをした。
「ほら、ちゃんとクジも作ったんだぞ」
「さっきからチマチマ紙切ってるなとは思ってました」
クラスメイトの男子の合いの手に対し、どっと笑いが起こった。
確かに、教卓の上に爪くらいの大きさの紙片が沢山ある。
野嶋先生はそれをグシャグシャとかき混ぜると「廊下側からクジ引きにこい」とのんびり言った。廊下側に座っている子達はガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる。
「リツと離れちゃうの嫌だな……」
さっきまで黙々と古典のテキストを解いていた小春ちゃんは、クルッと振り返ってしょんぼりそう言った。眉毛もちょっと垂れている。
美少女に惜しまれるなんて、私も捨てたもんじゃないわね。
「大丈夫。『ここ』はいつでも一緒」
出来る限りのキメ顔をして、親指で心臓の辺りをトントンと指しながらそう言うと、小春ちゃんはクスクス笑った。
「席離れてもお弁当一緒に食べようねぇ」
「それはもちろん」
順番が回ってきたので、小春ちゃんと一緒にクジを引きに行く。
それにしても席替えなんて久し振りだ。ちょっとワクワクしちゃうな。
「リツ、何番だった?」
「31番。割と前のほうの席になっちゃったよ」
「え、私7番……一番後ろ……」
「休憩時間に遊びに行くよ」
「なんだかんだそこまで離れないと思ったのに……」
「こればっかりは運だからね」
ショボショボになった小春ちゃんの背中をポンポン叩きながら席に戻る。
「皆クジ引き終わったな。そしたら荷物まとめて新しい席に移動しろー」
机の中に詰め込んである教科書類を引っ張り出し、リュックの中に突っ込む。
「じゃあねリツ。向こうでもちゃんと勉強するんだよ……」
「お母さん?」
哀愁漂う小春ちゃんの背中を見送ってから、自分の新しい席に移動する。
うーん、前から3番目の席か。黒板が近くなった以外のメリットがないな。
そういえば隣の席は誰なんだろう。
リュックの中に仕舞った教科書類を取り出して机の中に突っ込んでいると、隣の席の椅子がガタガタと鳴ったのでそっちを見る。
……ああ。
そうか、この時だったのか。
私の視線に気付いた彼は、ニコッと笑う。
「えっと……大鳥さんだよね。これからよろしく」
「うん、よろしくね。渡会くん」
そして、私は8年間好きだった初恋の人から目を逸らした。
***
「あのさ、わ、渡会くん」
「ん?」
帰り支度をしている渡会くんに、思い切って声をかける。
渡会くんは手を止め、不思議そうな顔をしてこちらを見た。
うわ、やばい。本当に渡会くんだ。
成就はとっくに諦めているとは言え、まだ全然好きだから普通に滅茶苦茶緊張する。
息を整えてから「勉強会興味ない?」と渡会くんに尋ねる。
前から渡会くんのことは勉強会に誘いたいと思っていた。
だって勉強会には小春ちゃんがいるからね。
渡会くんの彼女である小春ちゃんを、私がずっと独占するのは申し訳ない。
それに、校内でも有数のイケメンである灰瀬くんや吉祥くんも勉強会に参加している。
もちろん灰瀬くんや吉祥くんは節度を持った良い人達だ。勉強会では基本勉強しかしていない(お菓子タイムもあるけど)。
だとしても、見えないところで彼女が他の男子と過ごしているっていうのは、彼氏にとって結構嫌なことなんじゃないかな。
「勉強会って言っても、そこまで大層なものではないんだけどね。その、ご存じかもしれないけど、私って本当に勉強が出来なくてさ。それを見かねた小春ちゃん……奥入瀬さんと、あとA組の灰瀬くんが時々放課後に勉強を教えてくれてるんだ。もうすぐ定期考査も始まるし、良かったら渡会くんも一緒に勉強するのどうかなって……。あは、ごめん、なんか怪しい宗教の勧誘みたいな誘い方しちゃったけど全然宗教とかじゃなくって本当にただの勉強会なんだけどね」
もういい、止まってくれ私の口。
緊張のあまり、かなりイタい誘い方をしてしまった。最悪だ。
渡会くんは柔らかな茶色の瞳を瞬かせると、クスッと笑った。その笑顔に思わず心臓が跳ねる。
「宗教って。全然思ってなかったのに、言われてみると結構怪しい誘い方だったかも」
「え、えへ」
やっぱり渡会くんは優しいな。
「急になんだこの激痛キショ女」ぐらい言っても罰が当たらない状況で笑ってくれるなんて。
「勉強会か~……」
渡会くんは腕を組むと、そのポーズのまましばらく熟考する。
こうやって、相手の誘いに対してちゃんと考えてくれるところも好きだ。
「俺、習い事が結構忙しくてさ。放課後はほぼ毎日習い事があるんだ。だから本当に時々の参加になるけど、それでも良ければ参加してもいい?」
「もちろんだよ!」
ブンブンと頷くと、渡会くんは笑った。
「そうだよね。渡会くん、空手すごく頑張ってるもんね」
「あれ? 俺の習い事が空手だってことよく知ってるね」
そろそろ自分の迂闊さにキレそう。
そりゃ知ってるよ。
君のことなら何でも知りたかったから。
咄嗟の弁解が出来ないでいると、渡会くんは頬を搔きながら「もしかして誰かから聞いた?」と小さい声で尋ねてきた。
「え、えっと、聞いたっていうか、風の噂で……。たまたま誰かが話してるのをチラッと聞いたんだ」
「風の噂かぁ」
渡会くんはケラケラ笑うと「誘ってくれてありがとう。明日は空手ないから、もし明日勉強会あるなら参加させてよ」と言って教室から出て行った。
「『誰かから聞いた?』か」
渡会くんが思い浮かべていた誰かは、きっと小春ちゃんのことだろう。
私が勉強会に参加しているメンバーで小春ちゃんの名前を上げたとき、僅かに表情が硬くなっていた。
やっぱり、付き合っているのは本当なんだな。
ジクリと胸が痛む。痛みを誤魔化すように、鎖骨の辺りを手で摩った。
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