第17話 何でもいいなら遺書でもいいですか
「ちょっと、新入生にいかがわしいのは!!」
「全然違うよ上枝くん。リツちゃん、これ読んでみて」
びっくりした、違うんかい。
言い方からして、なんかちょっとエッチな展開になるかと思ってしまった。
沢水先輩は、私の目の前に置いた部誌の山から一番下の冊子を引き抜いてパラパラ捲り、あるページを私に見せた。
「これ、私の処女作。起承転結もあやふやだし、タイトル『金色の林檎』なのに林檎1回も出てこないし、表現力も稚拙で、とにかく読むに堪えないの」
沢水先輩に勧められるままに、先輩の作品「金色の林檎」を読む。
「……読み終わった? 終わったなら閉じていい? もういいよね」
「ごめんなさい、まだ1ページ目なので」
「早くして、耐えられない……」
自分から見せてきたのに、沢水先輩は今にも死にそうな体で読むのを急かしてきた。
金色の林檎は短い物語だったので、数分程で読み終えた。
確かに、最新の部誌に載っている沢水先輩の作品と比べると見劣りする部分はあった。
言われたとおり金色の林檎という言葉は1回も出てこなかったし。
「読み終えたね?」
私が頷くやいなや部誌を取り上げ、パンッと音高くページを閉じた沢水先輩は「それで、どうだった?」と尋ねてきた。
「酷かったでしょ?」
「すごく面白かったです。登場人物の心情描写が丁寧で、短い物語なのに読み応えがありました」
「いや、無理して褒めてもらおうとかじゃなく……」
「全然お世辞じゃないです」
金色の林檎は片恋をテーマとして描かれた小説だった。
片思いしかしたことがない私は、読んでいる間心の中で主人公の心情に終始共感していた。読了後は、喉に小石が詰まるような感覚がした。
つまり、心に残る本当に面白い物語だったのだ。
処女作って、つまり生まれて初めて書いた小説ってことだよね。それでこの完成度?
この先輩、いつかプロになるんじゃないだろうか。
それどころか、もしかして私のいた未来で既にデビューとかしてたんじゃないか!?
いたかな~、沢水静って名前の小説家。
でもペンネーム使ってる可能性もあるよな。
内心興奮している私とは裏腹に、何故か困った顔をしている沢水先輩に、天パ男子もとい2年の上枝先輩が「沢っさん」と呼びかけた。
「沢っさんが大鳥ちゃんに伝えたいことはなんとなく分かりましたけど、沢っさんの作品じゃ伝わりにくいと思いますよ。大鳥ちゃん」
「なんですか?」
「マジで恥ずかしいのを見せてあげるよ」
上枝先輩は、先程の沢水先輩と同じように部誌の山を漁り始めた。
「はい。これ俺が初めて書いたやつ」
「……上枝くん、これは!!」
「はい。『伝説のやつ』です」
何故かやけに盛り上がっている先輩2人を不思議に思いつつ、差し出された部誌を見る。
開かれたページに載っている小説のタイトル「シュヴァイン・ナイト ~黒き騎士は黒薔薇と共に踊る~」が目に入った瞬間、思わず目を閉じた。
「もう読み終わった? 大鳥ちゃん」
「ごめんなさい、まだタイトルだけです……」
「オッケー。冒頭だけで良いから読んでみて」
この人マゾなのか?
津波のように襲いかかってくる羞恥に耐えつつ「シュヴァイン・ナイト以下略」を1ページだけ読む。
中身もタイトルに負けず劣らずの中二臭さだった。
上枝先輩は私の手から部誌を回収すると「で、どうだった?」と尋ねてきた。
「……お、おも」
「いやいい、言わなくて。その顔色だけで分かる」
自身の髪をぐしゃぐしゃと搔きながら、上枝先輩は気まずそうに咳払いをした。
「……鮮烈なデビューを果たそうと迷走した結果があれなんだ。あれに比べたら、今書いてる作品は大分マシになった」
「漆黒のデビューだったよね。私はあれ結構良いと思ったけど」
「沢っさんは何も言わんで下さい」
「でもシュヴァルツとシュヴァインを間違えるのは良くなかったね。黒と豚じゃ全然違うよ」
「部長!!」
沢水先輩は笑いながら、真っ赤になった上枝先輩の背中をポンポンと叩いた。そして笑顔のまま私のほうを見る。
「つまりね、リツちゃん。分かりづらかったかもしれないけど、最初から自分が納得出来るような作品は書けないってことを言いたかったんだ。1つだけじゃなくて、いくつもいくつも書いていけば、だんだん良い作品をつくれるようになるの。……『何度もやれば上手くなる』なんて言葉、どんな物事にも通づる当たり前のことだけど、聞き馴染み過ぎているせいかつい忘れがちになっちゃうんだよね。私も、小説を書き始めてからその言葉がようやく染みたよ」
私は、沢水先輩の言葉に対して何も言えなかった。
大学生・社会人を経験した自分にとって、それはあまりにも柔らかな理想論だった。
本当の意味で、何度やっても上手くいかないことなんて数え切れないほどあった。
「何度もやれば上手くなる」という言葉に、何度も裏切られてきた。
そもそも、医療の現場では何度もやれば上手くなるなんて言葉は通用しないしね。1回の失敗で、患者の命に大きく関わってしまうことだってある。
やっぱり本当の高校生は違うな。若さが眩しい。
そして思う。
ここは私がいていい場所じゃない。
沢水先輩と上枝先輩が真剣に勧誘してくれたのは嬉しかったけどね。
「……えへ、ちょっとくどかったかな」
私が何の反応もしなかったせいか、沢水先輩は気まずそうに笑った。
「い、いえいえ。そんなこと思ってませんよ。私のことを長い目で見ようとしてくれて本当にありがたいです。ただ、やっぱり物語を書く自信はないなと思って」
慌てて弁解する。
まあ嘘ではない。
だって今まで1回もやったことないし。
沢水先輩は、パチパチと瞬きをすると「別に物語じゃなくていいよ」と言った。
「詩とか論文でもいいし」
「論文!? その言葉を出さないでください!」
「えっ、ごめん」
「あ、いや、こちらこそ……」
やってしまった。
卒論でボコボコにされたトラウマがよみがえったせいで、思わず取り乱してしまった。
何か思案するように首を傾げていた沢水先輩は、おもむろにブレザーのポケットからスマホを出してスイスイと画面を操作し始めた。
「リツちゃん、これ見てもらってもいい?」
言われたとおり、こちらに向けられたスマホの画面を見る。
「つ、Twit◯er!!」
「そんなに驚くこと書いてあった?」
「い、いえ、つい……」
「大鳥ちゃん、さっきから挙動不審だけど大丈夫?」
怪訝そうな顔でこちらを見てくる先輩2人に笑顔で誤魔化す。
言えない。青い鳥に郷愁を感じて叫んだなんて。
心を落ち着かせてもう一度画面を見る。
画面にはsyuというアカウントの「今日のテストダル杉田玄白。ムカつくからラーメン屋寄って帰ろ」というつぶやきが表示されていた。
中学生か高校生のアカウントかな。くだらなくて微笑ましいつぶやきだ。
「これ見てどう思った?」
「え? えっと……、テスト上手くいかなかったのかなって思いました。あとラーメン好きなんだなって」
正直これぐらいの感想しか浮かばなかった。
それでも、沢水先輩は満足そうに「いいね」と笑った。
「こんなに短い文章でも、その文章を紡いだ人はどんな人なんだろうって想像させられる。……文章って、その人の人生が垣間見えるよね。私はそれが好きなの」
スマホをしまうと、沢水先輩は机の部誌の1つを手に取って開いた。
「フィクションの物語でもそう。その作者が使う色や味の表現は、何を見て・何を食べて思いついたんだろうって読んでいて思う。この主人公にはモデルがいるのかな、悪役の所業は作者が体験した嫌な思い出を参考にしているのかな、それとも今まで見た漫画やアニメから影響を受けているのかな、とか」
部誌を開いたまま、沢水先輩は私のことを見た。
「私はあなたの人生も見てみたいよ」
「……私の人生なんて大したことない。つまらないですよ」
「面白い人生だなって思いながら過ごしている人って、あんまりいないんじゃないかな」
沢水先輩はそう言うと、どこからか持ってきた紙袋に用意した部誌を入れて渡してきた。
「なんか結局入部を強いてるみたいになっちゃったね。そういえば、用事は大丈夫?」
「……そうですね、そろそろお暇させて頂きます」
「長い間引き留めちゃってごめんね。入部しなくてもいいから、暇なときに部室に遊びに来てくれると嬉しいよ」
部室を出る直前「ものの例えに許可もなく俺のツイート使うのやめてくれませんか」という上枝先輩の抗議が聞こえた。あのsyuって上枝先輩だったんだ。
紙袋をプラプラ揺らしてゆっくり歩く。
久し振りに人から興味を持たれた気がした。
灰瀬くんからも持たれてるっちゃ持たれてるけど、彼が向けている矢印は私にじゃなくてタイムスリップだ。
「文芸部か……」
振り返って文芸部の部室を見る。
死ぬ前に、私の人生が面白いかつまらないかを決めてもらうのも悪くないかもしれない。
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