第3話 流れが変わってきた

「桜泉寺に合格するなんて、お母さん未だに信じられない。本当に頑張ったね、リッちゃん」

 スーツを着たお母さんが、目を潤ませてそう言う。もう合格発表から1ヶ月弱経ったのに、まだ泣けるのすごいな。

「ありがとう、お母さん」

「……最近、リッちゃんって呼ばれるの嫌がらないね。もしかして反抗期終わった?」

 とっくに成人しきった今でも呼ばれるからね、諦めてるだけだよ。

 とは言えず。

 今日は高校の入学式。入学式に参加すべく、これから3年間お世話になる通学路を、お母さんと2人で歩いている。ちなみに親父は仕事があるので不参加。まあ仕事に励んでくれ。

 不思議なことに、この夢は現実と同じように時間が進んでいっている。

 なんというか、ちゃんと1日24時間しっかり過ごしている感じだ。だからなのか、眠っているはずなのにちゃんと疲労がある。

 おかしい、いつも見てる夢は「そして5年後……」みたいな滅茶苦茶な時間の進み方するのに。

 まあいいか。こういう夢もあるってことで。

 高校の正門に辿り着くと、お母さんは「写真撮ろう!」とピカピカ笑った。

 リアル高校生の時は、確かすごく嫌がって結局撮らなかった。いいでしょう、最近親孝行出来てないからね。写真なんていくらでも撮るが良いよ。

「はい」

 ダブルピースして「桜泉寺高等学校入学式」と書かれた看板の隣に立つ。お母さんは「いつにも増してノリが良い……。本当に『終わった』のね」と意味深な笑みを浮かべてスマホのカメラを構えた。昔の自分、そんなに反抗的だっただろうか。

 パシャパシャとシャッターを切っているお母さんに「すみません」と声がかかる。

「あっ、ごめんなさい。もう撮り終わったので、すぐ避けますね」

「いえ。よければお2人の写真撮りますよ」

 声の主を見たお母さんは、年頃の乙女みたいな顔になった。

「あら、そしたらお言葉に甘えて」

 私とお母さんに声をかけた人物──もとい灰瀬くんは、お母さんからスマホを受け取ると、爽やかに「撮りますね~。はいチーズ!」とシャッターを切った。

 灰瀬くん、マダムキラーという二つ名も欲しいのだろうか。

「ありがとう! よければあなたのことも撮ってあげるよ」

「ありがとうございます。でも、オレ一人だし」

 灰瀬くんは、こちらを見てニッと笑った。

「せっかくだから一緒に撮ってもらおうぜ」

 灰瀬くんとのツーショットを撮られている間、周りの生徒達(特に女の子達)から浴びる様な、いや刺す様な視線を受けた。

 何? これ。

「もう、何枚撮ってもリッちゃん半目! 今日曇りだから眩しくないでしょ」

「写真ありがとうございます、嬉しいです」

 灰瀬くんはお母さんにお礼を言うと、私のほうを見て「あとで連絡先交換しようぜ。写真送ってよ」と言った。

「そういえば懐かしい人には会えた?」

「あ……ああ、うん。まあ」

 会えたっていうか、会ってるよ。

 お母さんは「同じクラスになったらよろしく」と言って立ち去った灰瀬くんの後ろ姿を、キラキラした目で見ている。

「リッちゃん。今の男の子超格好良かったね!? 知り合い?」

「うーん……」

「え~、リッちゃんにあんな素敵なお婿さんが来たらお母さんどうしよ~! お父さんに幻滅しちゃうかも」

「親父飛び火過ぎる」

 というか、そういうことを大声で言わないでおくれよ。刺す様な視線どころか、もう針のむしろの中にいるみたいだ。

 キャーキャー騒ぐお母さんを引っ張って、入学式の会場である体育館に向かう。

 灰瀬くん、一体どうしたんだ。

 というよりも私の頭がおかしいのか。

 こんな少女マンガ的展開な夢を見るなんて、よっぽど現実逃避したいんだな、私は……。


***


 入学式はつつがなく終わり、とうとうクラス発表の時が来た。周りの新入生達はそわそわしている。

 まあ私はもう知ってるけどね。なんなら来年と再来年のクラスも知ってる。

 でも夢の中なので、もしかしたら違うクラスかもしれない……とやっぱりドキドキしながら、クラス分け表が貼ってある掲示板に近づく。

「全然変わらないんかい」

 びっくりするくらい何も変わらなかった。

 自分のクラスも、クラスメイトも、何なら担任の先生も何一つ以前と変わらない。

 まあいいけど。例えば現実と違って変に灰瀬くんと一緒のクラスになって、今朝みたいに妙な絡み方され続けたら怖いからね。夢の中だとしても、彼のファンの子達に嫌われるのは堪える。

 確認すると、灰瀬くんは私のE組から4つも離れたA組にクラス分けされていた。さようなら灰瀬くん、2年後にシャボンディー諸島で。

「……だから、夢の中だってのに」

 夢の中の未来の自分を本気で案じてしまったことに苦笑する。仕方ない、こんなにリアルな夢見たことないんだから。

「本当に察しが悪いですね!!」

「ギャッ!?」

 私の近くで大声を出すな、びっくりしちゃうだろうが! 

 とんでもない声量に驚いてその場を飛び退くと、思い切り男子生徒にぶつかった。うわ、あまりにもガタイが良すぎる。キレられたらどうしよう。

「す、すみませ……うわっ」

 私がぶつかった男子生徒は、何故かナマステのポーズで固まっていた。加えて半目だ。なんか惜しい一発ギャグっぽく見える。

「いや、え、あれ?」

 そして、ようやく周囲がおかしいことに気付いた。このナマステくんだけじゃなくて、私の視界に入っている全ての人間がピタッと動きを止めている。だるまさんが転んだレベルじゃない。まるで、世界の時間が止まってしまったかのような……。

「ふうん、そこは察しがい」

「今度は時間停止もの企画の夢ね……。まさか私が竿役? うわ、この量相手に出来るかな……」

「違う、馬鹿!!」

 またさっきのキンキン声がした。首をすくめて振り返る。

 私の後ろには、今日の曇り空みたいな色の髪の子供が、腰に手を当てて仁王立ちしていた。小さい顔に大きなスキーゴーグルを付けていて、なかなか珍妙な出で立ちだ。色つきのゴーグルなので目元は見えない。

「どうしたの、迷子? 家族とはぐれたのかな」

 反射的に腰を屈め、子供と目線を合わせる。あまり公言してないけれど、小児科勤務を希望していたくらいには子供好きだ。まあ希望は通らず、全然違う科に配属された挙げ句地獄を見続けているが……。

 優しく話しかけたつもりだったけれど、子供は口をへの字に曲げた。ああ、泣いちゃうかな。

「子供扱いしないでください。僕はあなたよりよっぽど偉いんですよ」

「そっか、そうなんだね。ごめん」

「分かってないっ」

 地団駄を踏んでいる子供を見て、久し振りに癒やされた気持ちになる。うんうん、これだよこれ。

「ああもう、これじゃ埒があかない。仕方ない、まずは自己紹介します。いいですか、おうぎ大学付属病院で勤務している大鳥リツさん」

 ゾクッとする。子供に呼ばれた時「所詮夢の中の登場人物」と切り捨てられない何かを感じた。

「その顔を見て、ようやく溜飲が下がりました」

 子供はにんまりと笑った。

「僕は人間ではありません、神様です。僕の力で、あなたを高校時代にタイムスリップさせました」

「急に夢っぽさ増したな……」

「なんでだよ、信じろよ!」

 地団駄を踏むと、子供は「これを見なさいっ」と人差し指で虚空を指さした。すると、指を指した場所にモニター画面っぽいものが現われる。

「おお~すごい。手品?」

「神の御技です。では、この映像をご覧下さい」

 神と名乗った子供は唇を吊り上げて、子供らしくない嫌な笑い方をした。

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