石垣島ダイビング旅行

第42話 旅の目的

 石垣島旅行、出発当日。


 二人が選んだのは午前中の直行便だったので、朝早くに羽田空港へと向かった。

 これで明るいうちにホテルに辿り着けるはず。


 ところが空はどんよりと曇り、シトシトと肌寒い雨が降り続いている。

 チロリと見た一華の視線を気にすることなく、龍輝は断言した。


「大丈夫。沖縄の予報は晴れだから」

 そう言ってにっこり。

「うふふ。そうね。沖縄が晴れていたら大丈夫ね」

 図太いほどの『何とかなるさ』精神は一華にも伝染した。完璧女子の一華は、ついつい先の事まで心配し過ぎてしまう。

 

 でも、龍輝と一緒だったら……

 きっと、何とかならない時も、何とかなるって思えそう。


 彼の背がとても頼もしく見えた。


 今日の龍輝は、一華と一緒に選んだ洋服を着ていた。

 柔らかなベージュのカーデジャケットに、グレーのデニム風スラックス。上下とも着心地は楽なのにカジュアル過ぎない綺麗めスタイル。スーツケース片手に颯爽と歩く姿は、モデルのようにカッコ良い。

 対する一華は、イエローのざっくりとしたVネックニットにカーキのワイドパンツ。二人で並ぶと絵になった。

 時々すれ違い様に振り返る人もいて、一華の心はウキウキだ。


 ね、龍輝、素敵でしょ!



 飛行機は雨のために少しだけ出発が遅れたが、無事離陸。

 雨の地上から雲の上に出れば太陽が降り注ぎ、数時間後には青い海が窓の外に広がっていた。


 現実から夢の世界へやってきたような感覚。これぞバカンスという幕開けに、彼の『引きの強さ』を実感する。


「ね。俺、晴れ男でしょ」

 どや顔で言う龍輝。


「お見事!」

 褒められてご機嫌になる。


 石垣島空港でレンタカーに乗り込めば、昔通いなれた道の記憶が、あっという間に蘇る。懐かしさを胸に運転を始めた。


「では、一華さん、ホテルへ直行するよ」 

「お願いします!」



 奮発して選んだのはラグジュアリーなホテル。空港からも近く、ダイビングスクールの船が出るターミナルにも近い便利な場所にある。 

 到着して直ぐに案内されたのはオーシャンビューでクィーンズベッドが二台並んだ優雅な部屋。荷物を置いてウェルカムドリンクで一息ついた。


「綺麗!」

 ブルーのサマードレスに着替えた一華が、ベランダに出て海を見つめている。

 Tシャツ短パンに着替えた龍輝も並んでしばし風を感じた。


「海、見に行く?」

「行きたい!」


 二人でビーチサンダルに履き替えた。

 美しく手入れされたプールや南国特有の花が咲き乱れるガーデンの間を歩いているだけで、解放感と高揚感を感じる。

 ゆっくりと解けていく身体。

 そして何より、時間を気にせずに過ごせる事が幸福感を高めてくれる。



 ホテルの前の浜へ降り立つと、エメラルドグリーンの水面みなもと白砂が出迎えてくれた。 

 

 サクッと足を踏み入れれば、さらさらと流れる砂の粒。二人で手を繋いで波打ち際へと進む。

 

 はたはたと踊るワンピースの裾を押さえながら、恥じらうように笑う一華。波と風のいたずらを遮るように寄り添う龍輝。

 ホテルを背にしばらく歩き続けると、周囲に人影が無くなった。


 静かな浜に二人っきり。


 自然と一華の腰に手を回し、グッと引き寄せた。斜め上から一華の額にキスを落とす。

 そのまま彼女の目に、鼻筋に、唇に―――


 流れるように静かにキスを落としていく。


 波の音を聞きながら龍輝の温もりを感じ続ける一華。

 待ちわびた様に、二人の唇が重なり合った。

 互いを癒すように、労わるように。優しく何度も重ね合う。


 淡い緑の水面は、陽の傾きと共に徐々にオレンジを帯びた深いみどりへ。

 長く伸びた影は、いつまでも―――

 一つのままだった。



 今回の旅の目的は三つ。

 一つは一華がダイビングのライセンスを取得すること。明日からのニ日間で取る予定になっている。


 二つ目はマンタに会うこと。

 川平湾近くのマンタスクランブルへのファンダイビングに参加すれば、会える可能性が高くなるだろう。


 そして、三つ目。

 それは、二人で最高の夜を迎えること。


 龍輝との始めては、大切な思い出になるはず。この沖縄の地は、その舞台として申し分ないわ。 

 しっかりばっちりプロデュースしなくちゃ!

 

 そう意気込む一華の一方で、龍輝も何やら計画している様子。


 だって、さっきのキスもサプライズだったわ。嬉しかったけれど。


 いつの間にかキスの腕も、キスのタイミングも上達している。龍輝には驚かされる事ばかりだった。


 二人で夕食に舌鼓を打ちながら、そうっと龍輝の顔を観察する。

 でも、美味しい料理をパクパクと口に入れながら、いつもの食レポを繰り広げている龍輝からは、思惑は伝わってこない。


 ワクワクし過ぎて心臓が破裂しそうよ。

 それに……今夜からは二人で一緒に寝られるんだわ。


 早速プロデュース開始と行きたいところだが、実際には難しそうだ。

 明日から一華は二日連続で海に潜ることになる。それなりにハードなはず。

 事前に龍輝に色々教えてもらっているので、学科試験は問題無いと思うけれど、実際に潜るとなると体力も使うし朝寝坊もできない。


 ライセンス取得後、直ぐ次の日にはファンダイビングでマンタに会いに行く予定。


 しばらくは、早寝早起きするしかないわね。



 龍輝はパクパクと料理を口に運びながら、これからの予定を考えていた。

 

 ここは俺にとって第二の故郷のようなところ。一華さんをいっぱい楽しませてあげたい。


 まずは、天気が良いうちに、一華さんがダイビングのライセンスを取って一緒に潜れるようになりたい。

 最初はきっと慣れなくて疲れるだろうからな。無理はさせられないよな。

 まあ、一華さんは日頃から筋トレしているから大丈夫だと思うけれど。


 後はドライブと美味しい沖縄料理。 

 昔食べたあのお店、まだあるかな?

 旅行の間に一回行かれたらいいな。


 目の前のサマーワンピースの一華は、胸元がいつもと違って大きく開いていて、健康的な色気に満ちていた。

 龍輝の胸にもう一つの決意がみなぎる。


 この旅行で一番大切なのイベントは……一華さんと最高の夜を迎えることだ。

 そのために、五十嵐さんにも色々教えてもらったし、自分なりにも学んで来た。実践は初めてだけれどがんばるぞ! 

 と気合を入れたが、しばらくはお預けだなと残念に思う。

 

 最高の夜は、きっと最高の朝になるだろう。

 次の日の予定を気にしながらは嫌だからな。


 お楽しみは最後にとって置くほうが好きだし。

 待てば待つほど強い想いになる。

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2025年1月11日 12:32

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