第41話 はい、チーズ!

 くすぐったそうに笑っていた一華の瞳が、すいっと龍輝の顔の後ろへと吸い寄せられた。


 なんだろうと振り返った龍輝は、それがアルバムだと言うことに気づく。


「見る?」

「いいの?」

「いいよ」


 それは学生時代のアルバム。青い海の写真。


 普段は写真の整理なんかやらない龍輝だったが、海の写真だけは違った。ダイビングのインストラクターをしていた沖縄で、水中カメラで撮りまくった生き物の写真は、解説付きで綺麗に整理して貼り付けてあった。


 エメラルドグリーンの海には、カラフルな魚や大きな貝が無数に息づいている。龍輝が今の会社に勤めるキッカケにもなった海。


「ねえ、あの写真もある?」

「あの写真? あ、無い」


 あの写真とは、マッチングアプリのプロフィール写真の事だと気づく。


「残念」

「詐欺だと思った? ちょっと心配だったんだ」

 正直に打ち明ければ、一華が眉間にシワを寄せて頷く。

「うん。別人だと思った」

「ごめん」

「でも、あの写真、私のお気に入りなの。イケメン」

「カッコ良かった?」

 うんうんと嬉しそうに頷く一華に照れくさくなる。


「一華さんも綺麗だった」

「頑張って撮影したから」 

「そうだったんだ。でも、実物に会ったときのほうが、もっと美人だった」

「うふふ、ありがとう」


 それって裏を返すと写真写りがいま一歩ってことにもなるんだけど。と心の中で呟いてから、そんな含みを持たせられない龍輝だからストレートに信じられる、とも思う。


 最初から美人って思ってくれてたんだ。嬉しい。

 そうだ! おねだりしてみよう。


「ねえ、今一緒に写真撮ろう!」

「そういえば、二人で写真撮ったこと無かったね。でも、俺の部屋ってどうなんだろう?」

「大丈夫。綺麗だよ」

「そう? じゃ、いいか」


 ベッドに二人で腰を下ろして、壁をバックに顔を寄せ合う。

 一華の自撮り棒を掲げて「はい! チーズ!」


 撮った写真をチェックする。

「緊張してる」

 そう言って一華が龍輝の頬をつついた。

「そ、そうだね」

 思いがけないスキンシップに、目をパチクリさせる龍輝。


「もう一回、いくよ」

「お、おう」

 再度構えて「いくよー! 一足す一は?」

「田んぼの田!」


 パシャリと光った結果は、一華の吹き出す顔と龍輝の生真面目な表情。


「なぞなぞになっちゃった」

「あ、そのまま答えれば良かったんだ」

「そうそう、にーって言えば、口角が上がって笑顔になるでしょ」


 バツの悪そうな龍輝を見て、また一華が大笑い。

 三回目にして、ようやくナチュラルな笑顔の二人の写真が撮れた。


「うん、いい感じ」

「俺も欲しい」

「今送るね」


 二人で写真を共有してにっこり。

 

 やった! これで燈子に見せられる!


 思いっきり惚気ちゃうんだから、とほくそ笑む一華だった。


 写真を撮り終わってから、改めてアルバムに視線を戻す。


 美しい海とカラフルな生き物たちの姿に、一華は感嘆の声をあげながらページをめくっていく。

 時々龍輝に尋ねると、喜々として説明を始めてくれるので、一華はそんな少年のような龍輝の顔を堪能することもできた。


「ここ、石垣島だよね」

「そうだよ」

「本島じゃ無くて石垣島にした理由は?」

「マンタとの遭遇率が高いから」

「ええ! マンタ! 会えた?」

「会えたよ。俺がいたダイビングショップはマンタの情報を集めて遭遇率を高める努力をしていたからね」


 その後、龍輝は遭遇した時の感動を語り続けた。ダイビングをやってみたいと思っていた一華の気持ちに火が付く。


「特に九月から十月は産卵シーズンだから確率が高まる」

「いいなぁ。行きたいな」

「行こうか? いや、行こうよ」

「ほんと?」

「ああ、一緒に行こう。案内するよ」

「やった!」


 一気に旅行計画が浮上。二人で夢中になって計画をたて始めた。

 休みがとりづらい二人が長期休暇を合わせるのは至難の業だが、一華も龍輝も有休が一杯残っている。


「休み取ります!」

「よし、とるぞ!」


 二人で高らかに宣言し合う。気合十分に明日申請しようと誓い合った。  


「楽しみだな」

「私も」


 帰りは龍輝が一華の家まで送って行って、明日からの仕事に備えたのだった。




 翌日、互いに決死の覚悟で有休を申請。


 一華は先日助けた田戸倉課長が快く承諾してくれたので、ほっと胸を撫でおろした。恩を売っておくことは巡り巡って己を助けるのだと痛感する。

 龍輝の方は、どんな時も心強い先輩の五十嵐が、「行ってこい!」とアッサリ援護してくれた。


 こうして九月下旬の旅行計画が順調に進むも、一華の頭には少しだけ心配なことが。

 

 九月と言えば、台風シーズン。

 特に沖縄は通り道なので、逃れられない。


「台風大丈夫かしら?」

 ふと呟けば、胸を張る龍輝。

「俺、晴れ男だから」

 笑い出す一華。


「晴れ男なのね」

「うん。旅行で天気が悪かった記憶無いから大丈夫だよ」

「じゃあ、期待している」


 案の定、前の週までは台風が来たり雨マークが多かったり。

 やきもきする一華だったが、龍輝の落ち着きに妙な安心感もあった。


 別に、雨でもいいのか。二人でお泊りってことが一番重要なんだもの。飛行機さえ飛べば。


 こうして、連休と上手く繋げて大型休暇をゲットした二人は、七泊八日の石垣島旅行へ旅立つこととなった。



  『お家デートを極める』 了


 明日からは石垣島旅行です🎶

 現実は寒い日々ですが、夏旅気分を味わっていただけたら嬉しいです。

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