8・魔物を一体一体追い払うのにも限界がある
あれから。
俺は領主のミアを補佐しながら、クロテア村の開拓に努めていた。
今日は俺が来てから、初めての収穫の日。
肥料と水質の改善のおかげで、作物も順調に実っている。
住民の一人がトマトを手に取り、俺の前に持ってきた。
「アシュリーさん、見てくれ! この瑞々しいトマトを!」
「おお、立派に育ったじゃないか」
「アシュリーさんにも食べてほしいんだ」
「俺に? せっかく取れたトマトだろ。いいのか?」
「もちろんだ。これもアシュリーさんのおかげだな」
じゃあ、遠慮なく……。
彼からトマトを受け取り、一齧りする。
トマトの豊潤な甘味が、口いっぱいに広がった。
「旨い」
「それはよかった! アシュリーさんのお墨付きだったら、大丈夫そうだな」
感想を伝えると、トマトを渡した男は笑顔になった。
「ふふふ、アシュリーさんも随分この街に溶け込んできましたね」
トマトを食べ終わると、ミアが後ろに手を回して、嬉しそうに声をかけてきた。
「そうだったら、嬉しいよ。外からやってきた邪魔者……と思われていないか、心配だったしな」
「アシュリーさんに、そんなことを思う人なんていないですよ! こうして作物を収穫出来たのも、あなたのおかげですし!」
慌てて、顔の前で手をバタバタと振るミア。可愛い。
「それにしても……トマトが実るのも、随分と早かったみたいなんですが?」
「ああ、俺が作った肥料には成長促進の効果も付与しておいたからな。通常の収穫より、四分の一くらいには短縮されてると思う」
「そんなことまで! アシュリーさんはやっぱり最高です!」
とミアはうっとりした目を、俺に向けた。
ここまでベタ惚れされると照れくさくなるが、なんにせよ今のところ辺境開拓は順調。
水や食べ物もひとまず改善したし、明日食べるものにも困るといった状況は避けられるだろう。
だが。
「問題はまだ山積みだ。現に……」
「魔物だ!」
言葉を続けようとすると、住民の声が村内に響き渡った。
「話をすれば早速……か」
声のする方へ向かうと、魔物のウルフが田んぼを荒らしていた。
今のところ、住民には被害は出ていないが、見過ごすわけにはいかない。
「フレイム!」
咄嗟に攻撃魔法を放ち、火の玉がウルフの足元に着弾。
それにビックリしたのか、ウルフは反撃してくることもなく、村の外に逃げていった。
「あいつめ……! せっかくのトマトを!」
住民の一人がウルフが逃げ去った方向を悔しそうに見て、拳を握る。
「追いかけましょう! 俺らの大事な作物に手を出したらどうなるかってのも、分からせてやる!」
「いや、やめておけ」
「で、ですが……」
「こういう時の深追いは禁物だ。思わぬところで足をすくわれないとも限らない。それに……あのウルフ一体をやったとしても、またすぐに別のウルフが来るだけだ。問題の根本的解決にはならない」
それに……
「はあっ、はあっ……アシュリーさん、大丈夫でしたか?」
「ああ」
追いかけるために、走ってきたからなのだろうか。
息を切らして膝に手を当てるミアに、俺はそう頷く。
「食べ物や水は改善した。だが……まだ魔物の問題が片付いていないんだよな……」
クロテアという領地は自然が多く、必然的に棲息している魔物の数も多い。
こうして魔物が村の中に侵入し、田んぼを荒らしたり、人々を襲うことは日常茶飯事だった。
「俺が来てからは対処出来ているが……このままでは、キリがないな」
「そうですね。いつもアシュリーさんのお手を煩わせるのは、申し訳ないです。どうすればいいんでしょうか?」
「そうだな……」
ここ最近は水と作物の改善に努めていたため、魔物の対応がどうしても後手に回っていた。
魔物が現れても、逐一俺の方で倒せばいいしな。
しかし、このままではいつ怪我人が現れてもおかしくない。
次に俺のやるべきことは魔物への対応だ。
「最近、村に侵入してくるのはウルフばっかだっただろ?」
「ウルフ……って、あの狼みたいな姿をした魔物ですよね? アシュリーさんの言う通りです」
「そうだ。ウルフっていう魔物は……」
説明を始めようとするが、またもや「魔物だ!」という住民の声によって、話が遮られる。
「また……か」
溜め息を吐いていると、住民の一人が走ってきて、慌てた様子で喋り始めた。
「む、村の外に魔物が! いつもの狼みたいな魔物じゃねえ。でっかい魔物だ!」
「ウルフ……じゃないのか。どこにいる?」
「少し離れた山の中だ。山の木の実を拾おうと、出かけてたんだが……途中でそいつに出会して……アシュリーさん、なんとかしてくれねえか?」
「もちろんだ」
ミアへの説明も、これが片付いてからだな。
「みんなは危ないから、村の中で待っててくれ」
「わたしも行きます!」
ミアが手を挙げる。
断ってもいいが、こういう時の彼女はなにがなんでも付いてこようとする。
押し問答をするのも時間の無駄だ。
「俺から離れないでくれよ」
俺の言ったことにミアが頷き、二人で山の方へ向かった。
到着。
「ブレイドボアか……!」
全長は二階建ての建物に匹敵する。
ボア種の中でも特段強力で、熟練の冒険者を何人か連れて、ようやく倒せるといった魔物だ。
「さっきの住民もよく逃げてこられたな」
「感心してる場合じゃありません! 来ます!」
ブレイドボアの眼球がぎょろっと俺たちを向き、殺気を滾らせた。
俺は即座に魔力を練り、ブレイドボアを迎え撃とうと──。
「隊長が手を下すまででもない」
しかしその時、目の前を一筋の閃光が走った。
それはそのまま、巨大なブレイドボアの体を両断する。
ブレイドボアは悲鳴を上げる間もなく、絶命した。
「え? え? 一体なにが……?」
ミアはなにが起こったのか、分かっていないよう。
だが、俺はギリギリ目で捉えていた。何者かが現れ、光魔法を付与した大剣でブレイドボアを一閃したのだ。
これほどまでの剣捌き。
俺の知り合いでたった一人、心当たりがある。
「久しぶりだな、隊長」
「エステル」
突然の遭遇となった、かつての部下──エステルの名を、俺は口にするのであった。
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