14・宮廷魔導士の交渉術
日が過ぎるのも早いもので、とうとう行商人のハミルトンがクロテア村に訪れる日になった。
話し合いはミアの家を利用することにした。エステルも同席したかがっていたが……彼女がこういう交渉ごとを苦手としていることは知っている。
ゆえに俺とミアの二人で話し合いの席につくことになった。
「はじめまして。ハミルトンと申します」
俺はハミルトンと握手を交わす。
ハミルトンは優男といった感じの風貌で、思ってたよりも若い。
親しみやすいオーラを身に纏っており、自然と心を許してしまうような男だった。
「俺はアシュリーだ。領主であるミアの補佐をやらせてもらっている」
「おやおや、あなたが……聞きましたよ。確か、宮廷魔導士の方ですよね。突然の異動となり大変かと思います。心労お察しします」
ほお……言っていないというのに、どうやら俺が宮廷魔導士であることをもう知っているみたいだな。
しかし商人たちにとって、情報とは命だ。俺の素性については特段隠すものでもなかったし、おかしなことではない。
「では、早速商売の話に入りましょうか。なにか必要なものはございますか?」
「こ、これが住民の希望をまとめたリストです! どうかご確認ください!」
ミアがぎこちない手つきで、ハミルトンに紙束を渡す。
彼はペラペラとリストを捲ったかと思うと、「ふむ……」と頷き。
「承知いたしました。この程度の量なら、積み荷で足りるでしょう。他にはございませんか?」
「俺は魔石が欲しい。あとは……金属だな。なるべく上等なものだと助かる」
材料がなければ、新しい魔導具は作れない。
今のところは俺が王都から持ってきたものと村の備蓄で足りているが、今後のことを考えると魔石や金属は余分に仕入れておきたかった。
「そちらも承知いたしました。ですが……魔石や金属はあまり持ってきていないですね。次に来る時までにお持ちしておきましょう」
と柔和な笑みを浮かべるハミルトンであったが。
「しかし……それだけ仕入れるとなると、予算は足りますか? 失礼かもしれませんが、この村はあまり裕福な方じゃない……かと」
やはり、そっちの方向に考えが至るか。
今までクロテア村は、ハミルトンに売れるだけの十分なものを用意していなかった。
日々生きるだけで必死だったのである。
彼がこちらの懐事情を心配するのも、これまた当然だと思った。
俺はなるべく主導権を握られないように、意識的に表情を変えずに言う。
「実はだな……クロテア村では俺が領主補佐について以来、農業の改革に取り組んでいたんだ」
「ほお?」
「そして大地の栄養、さらには水源を改善して、今では美味しい野菜や果実が実るようになった。こちらが最近、収穫した野菜だ。ぜひ食べてみてほしい」
そう言って、俺はあらかじめ用意していたトマトをハミルトンに手渡す。
ハミルトンの瞳がそのトマトを見て、一瞬輝いた。
「では、遠慮なく……」
がぶっ。
ハミルトンは躊躇なく、トマトを一齧りする。
どんなことを言われるのか不安なのだろうか、隣でミアが前のめりになって彼の反応を見守っていた。
やがて。
「美味しい……!」
と驚いたように目を見開いたのだった。
「これほどまでに新鮮で瑞々しいトマトは、王都でもなかなかお目にかかることが出来ません! まさかこの村でこんな美味しいものを食べられるとは……」
「トマトだけじゃないぞ。他の野菜や果物も一級品だ。俺も宮廷魔導士で、そこそこの給金をもらっていたからな。旨いものは多く食べてきた方だし、目利きくらいはある程度出来る」
もっとも……今となっては左遷になってから、未だに給金を一度たりとも受け取ったことがないわけだが。
それをハミルトンに言ってもしょうがないので、黙っておく。
「俺たちはこの村で取れた野菜や果実を、あなたに売ろうと思っている。どうだ?」
「それはこちらも願ったり叶ったりの話ですよ。これだけの野菜なら、舌の肥えたお貴族様相手にも売ることが出来ます」
「ありがとうございます……!」
ハミルトンが言ったことに、ミアが嬉しそうに礼を口にする。
今のところは話し合いは順調だ。
しかし俺の考えが当たれば、ここからが一山。あとはハミルトンが気付くかどうかだが……。
「ですが……」
一転。
ハミルトンの表情が影を帯び、じっとトマトを見つめた。
「どうした?」
「…………」
「言いにくいことか? ならば俺から言ってやる。その野菜を美味しいまま持ち帰ることが出来ない……ってところだろ?」
そう問いかけると、ハミルトンはハッとしたような表情になって頷いた。
クロテア領は、国から見捨てられた土地。
馬車が通る道も整備されておらず、隣の領に行くだけでも多大な労力と時間が必要になる。
そうでなければ俺だって、行商人を頼らずとも王都に行き、必要なものを購入するだけだしな。
「……さすがは宮廷魔導士。私の考えていることくらいはお見通しですか」
感心したように表情を緩めるハミルトン。
「あなたの言う通りです。野菜や果実を運んでいる間、どうしても鮮度が落ちてしまいます。それでもこのトマトの素晴らしさが完全になくなることはありませんが……味が落ちるのは避けられないでしょう」
「そのことは俺も気付いていた。だが、先ほどは言いにくそうにしていたな? どうしてだ?」
「私から言えば、ぼったくるつもりだと疑われますからね。私は卑しい商人です。お金が命よりも大切です。ですが、私にも矜持があります。あなたたちの足元を見てまで、お金儲けをしたくないんですよ」
ハミルトンの言葉からは誠実さを感じた。
最低限、頭も回るようだ。
無能な商人なら、この先のことは話すつもりはなかったが……
彼になら話しても問題ないだろう。
「ということは、まとまった量は仕入れたくない……といったところか」
「はい。たくさんあっても、長時間の移動中に腐らせてしまうだけなので」
「では、あなたの懸念点がなくなるとするなら?」
「え?」
俺からそんなことを言われると思っていなかったのか、ハミルトンがきょとんとする。
ミアにも目配せをしてから、俺は満を持して
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