15・交渉成立!
「これは……?」
「自動冷却庫だ」
不思議そうにそれ──自動冷却庫をじっくりと観察するハミルトンに、俺はそう告げた。
現在、彼の前に置かれていくのは一見すると四角い箱である。
サイズは大人一人がギリギリ抱えられるくらい。正面に取っ手があり、これは前開きのドアになっている。
「自動冷却庫……どこかで聞いたことがあるような……ですがなんにせよ、市販では流通していないはずです」
「さすが商人だな。そんな情報まで掴んでいるのか。まあ、その通りだけどよ」
「物珍しい魔導具です。とはいえ、これで野菜の鮮度が落ちる問題が解決するとは思えませんが?」
「まあまあ、そう慌てるな。まずはこの魔導具の効果を実感してもらいたい」
そう言って、俺は自動冷却庫の扉を開ける。
中は空洞になっており、隅に数字が表示された画面といくつかのボタンが設置されていた。
ハミルトンは俺に促され、恐る恐るといった感じで右手を自動冷却庫の空洞の中に入れた。
「冷たい……!?」
「ああ。これは中の温度を一定に保つことが出来るんだ。そっちのボタンを操作すれば、温度を変えることも出来る。氷の下級魔石一個で一週間は保つ」
「なんというこだ……! 今までも氷の魔石を利用することによって、それを実現する方法はありましたが……サイズも大きく、魔石が大量に必要になってくるので、あまり実用的でありませんでした」
「その通りだ。だが、これなら……」
「ええ。設置するのも大した手間ではありません」
ハミルトンが顎を撫で、興奮した声音でそう言う。
「自動冷却庫があれば、この村の野菜や果実を新鮮なまま、遠くまで運べる。保存期間が大幅に延長されるわけだ」
今日になるまで、俺はミアやエステルといかにして行商人のハミルトンに気に入ってもらえるか話し合った。
そこで俺が出した結論は、この村のよさをなくさないことだった。
この村の美味しい野菜と果実をお届けしたい。
しかし長距離の移動中、野菜や果実の鮮度がどうしても落ちてしまう。
そこで俺は王都で働いている際、実用化するために模索していた自動冷却庫を作成することにした。
このことに気付けば、キースがなにか文句を言ってくるかもしれないが……知ったことではない。
元々は俺が考えていた魔導具。それをキースが勝手に論文の名前を書き換えていただけ。
ヤツの腕では、あの論文の内容を実現出来ないだろうしな。
「正直、驚きました。まさかこんな提案をされるとは」
先ほどまで退屈そうだったハミルトンの瞳が、今では玩具を前にする子どものように輝いていた。
「こちらの自動冷却庫、いくらで売ってくれますか?」
「タダでやる」
「タ、タダ!? こんな素晴らしいものを? いくらなんでも……」
「お近付きの印だ。こちらにとっても、端金をもらうより、あなたといい関係を築く方がよっぽど価値があると判断した」
それに、この自動冷却庫はまだ世に出ていない俺オリジナルの魔導具。
ハミルトンにとっても、まだその効果を完全に理解しきれていないだろう。あとで詐欺だと言われても困る。
そう考えると、タダで渡した方が後腐れがない。
「しかし自動冷却庫を作るために、素材をふんだんに使ったんだ。しばらく他の魔導具を作れないし……なるべく
「承知しました」
そう言って、ハミルトンが右手を差し出す。
「今までは年に数回程度でしたが、頻度を増やす必要がありそうですね。アシュリーさんとは末永いお付き合いにしていきたいものです。もちろん、領主のミアさんとも」
「ああ、よろしく」
「ど、どうかご贔屓に!」
俺とミアは笑顔のまま、ハミルトンと握手を交わした。
ふう……なんとか上手くいったな。
商人は常に利を求める人種だ。ゆえに彼らにとって、最大限の利になるものを提供したが……目論見通りだ。
そして、ハミルトンは自動冷却庫やこの村の食べ物だけを欲しがったのではなく、もっと続きを考えている。
彼の笑顔の裏に潜む計算を見通しながら、俺は今後の村の発展を確信するのであった。
《ハミルトン視点》
ハミルトンはアシュリーとの交渉を終え、馬車に乗り込み、帰りの道を急いでいた。
「まさかあの村に、こんな掘り出し物が隠されているとは……」
傍には先ほど、アシュリーから譲った自動冷却庫。
見慣れないものに、同伴している護衛の冒険者も不思議そうにしている。
(正直……今回はクロテア村に行かないつもりだった。これ以上は私にとっても、利がないのだから)
なにせクロテア村へ向かうためには、少なくはない費用が必要になってくる。
それなのに、クロテア村で得られる金銭は僅かなもの。これでは割に合わなすぎる。
(だが、領主補佐に宮廷魔導士のかたが就いたと聞き、一度会ってみようかと思ったが……予想以上の結果が得られた)
アシュリーと別れてから、ハミルトンは彼について思い出した。
見るのは初めてだというのに、どこかで聞いたことのある自動冷却庫という名。
確か、キースという宮廷魔導士が最近になって発表した論文に書かれていたものだった。
お世辞にも、キースは優秀な宮廷魔導士に思えなかった。ゆえに、そんな夢物語を……と歯牙にもかけていなかったが、代わりにあのアシュリーが実現してみせた。
(そういえば噂で聞いたことがある。宮廷魔導士の中に、画期的な魔導具を次々に開発する男がいる……と。戦いも百戦錬磨の強さで、人は彼を七色の魔導士という──)
まさかアシュリーが七色の魔導士なのだろうか?
ならば、どうしてあんな辺境の地に?
(……宮廷も一枚岩ではないようだし、なにか大きな力が働いていそうだ。きな臭い)
仮にアシュリーが七色の魔導士だとするなら、自動冷却庫やクロテア村の作物を買えることより、彼とのコネ出来る方が大きい。
アシュリーさえいれば、今後もハミルトンに利益をもたらしてくれるだろうから。
「こういうことがあるから、商人はやめられませんね」
馬車の小窓から外の風景を眺め、ハミルトンは呟く。
しかし優秀なアシュリーを、王都から離してしまった宮廷は今頃どうなっているのだろうか?
もしや、彼がいないことにより崩壊しかかっているのでは?
そう考えるが、ハミルトンの知る由ではなかった。
最強魔導士の辺境開拓 〜左遷された先は見捨てられた領地だったので、魔法の力でのんびり暮らしを満喫中〜 鬱沢色素 @utuda
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