13・黒狼は愛されもふもふになりました

 黒狼たちと同盟を結んだ。


 あれから数日が経過したが、黒狼は俺たちの同盟を守り、村周辺の魔物を狩ってくれている。

 そして俺たちはその見返りに、収穫した作物を一部渡している。


 一見、上手い具合に回っているように見えるが、これには落とし穴があった。住民が黒狼たちを受けいてくれるかどうか……だ。


 それには時間がかかると思っていたが……。



「こくろうしゃん! 今日も触らしぇて〜」



 現在。

 村の噴水前広場で、子どもたちが黒狼の周りを囲み、その毛並みを堪能していた。


『好きにするがいい』


 黒狼もその行動を咎めず、地面の上で『伏せ』の体勢で、子どもたちの手を受け入れいた。


「……なんというか、俺の想定していた受け入れられ方と、ちょっと違うな」


 黒狼を撫でている子どもたちを眺めながら、俺は頭を掻いた。


 あの子たちにとっては、狼種最強の魔物とはいえ、大きい犬くらいにしか思えないのだろうか。

 同盟の現状報告をしに黒狼が村を訪れると、いつもこういう光景が広がっている。


 黒狼も子どもたちに撫でられて、気持ちよさそうだ。


「意外と子ども好きだったり?」

『特段、好きというわけではない。だが、人間の大人は汚いことを考えることが多い。それに比べ、子どもの方が純真で分かりやすいというだけだ』


 少し不満げに、黒狼が答える。


「子どもの方が純真……か。なんとなく分かるな。俺も大人たちの悪意に晒されたわけだし」


 ぼそっと呟くと、黒狼が首を傾げた。

 しかしあまり深入りしない方がいいと思ったんだろう。問いただしたりはしてこなかった。


「おーい、隊長―!」


 黒狼と子どもたちが戯れている光景を眺めていると、遠くからエステルがこちらに右手を振っていた。


 なにか、左肩で担いでいるようだが……彼女が目の前まできて、その全貌が顕となる。


「ボアか」


 黒狼たちだけが魔物を狩っているわけではない。

 主にエステルが「体が鈍るから」と魔物狩りを申し出てくれ、こうして定期的に間引きしてくれるのだ。


「見てくれ、隊長。このボア、普通のより脂が乗っているように見えないか?」


 そう言うエステルはうきうきしていた。


「だな。美味しそうだ」

「これなら住民に分け与えても、私たちが食べられるだろう。丁度、昼時だ。今日の昼飯はボアのステーキにしよう」

「有り難い」


 野菜や果物だけでは栄養が偏っていたところだ。

 彼女がこうして魔物を狩ってくれるから、貴重な動物性タンパク質を取ることも出来る。


 それにしても……エステルの体格は華奢の方だが、そんな彼女が自分と同じくらいのサイズの猪を担いでいるのは、なかなかインパクトの強い光景だな。


 エステルは魔法を使わずとも、元々身体能力が高い。

 普通なら、三人……いや、四人以上の大人がいても持ってくるのが困難なボアでも、彼女にとっては容易い。


「エステルの言葉に甘えようか。黒狼、お前も来るか? ボアを美味しく調理してやる」

『ほほお……人間の食べる料理か。興味深い。行こうか』



 俺たちは子どもたちに手を振って、ミアの家に向かった。



「アシュリーさん、エステルさん! それに黒狼さんまで……お帰りなさい。うわあ! 今日はまた一段とすごいボアを狩ってきたんですね!」


 帰宅すると、ミアはエステルが担いでいるボアを見て、目を大きくした。


「そろそろ昼飯にしようと思ったんだ。今すぐ調理をするから、ミアも一緒に食べよう」

「はい!」

「私はボアの解体をするか」


 早速、俺たちは昼飯の準備に取りかかった。


 エステルが手慣れた動作で、ボアを解体してくれる。その手並みといったらズババババッ! と音が立ったかと思うと、あっという間に終わっていた。


 俺とミアで解体してくれたボア肉を食べやすいように切り分け、次は加熱だ。


 こんな時のために作っておいた魔導コンロ。

 電気があれば、簡単に食べ物を加熱することが出来る優れものだ。


 温まったフライパンの上に、ボア肉を落とす。



 じゅわあぁぁぁぁ〜。



 そんな食欲をそそるような音が立ち、ミアがごくりと唾を飲んだ。


 ボア肉を焼き終わったら、塩胡椒をかけハーブを添えて、ステーキの完成だ。


 俺とミア、エステルの三人。

 そしてもちろん、黒狼のために調理したボア肉のステーキ。


 俺たちはそれらを前にして、(黒狼以外は)掌を合わせてから、ステーキを頬張った。



「美味しい!」



 口元を手で押さえ、一番に声を上げたのはミアだった。


「やっぱりお肉は最高ですね〜。エステルさんが来てから、こうして頻繁にお肉を食べることが出来て、わたしは幸せです」

「今までは、そうじゃなかったのか?」


 エステルはステーキを食べながら、ミアに質問する。


「はい。狩りに出られる人も少なかったですからね。傷だらけで帰ってくる人もいましたし」

「それはなんと……! 苦労したのだな」


 王都では当たり前のように食べられた肉料理。

 しかしここでは、そう簡単に口にすることも出来ない贅沢品だった。


 こうしてみんなでステーキを食べていると、いかに今まで自分が恵まれた環境にいたのかをしみじみと実感した。


「黒狼もどうだ? 旨いか?」

『うむ、満足だ。人間の作るものは美味であるな。それにここで取れる野菜や果物も旨い。つくづく、貴様と同盟を組んで間違いではなかったと思うよ』


 一方、黒狼も旨そうにステーキを食べながら、そう口にしていた。


「野菜や果物……か。そういえば、そろそろこの村に外から商人が訪れるのだったな?」


 黒狼の言葉を聞いて思い出したのか、エステルはミアに問う。


「はい。ハミルトンさんっていう方なんですけどね。こんな村にも、年に三、四回は来てくれる行商人なんです」


 ほとんど外部から閉ざされた領地のように思え──実際そうなのだが、この村にもたまに外から人が来る。

 ハミルトンという男も、その中の一人だ。


 彼が来た際に、住民はなけなしのお金を払って、必要物資を購入する仕組みなわけだ。

 そしてそれだけではなく、ハミルトンはこの村のものを適正価格で買ってくれると聞いていた。


 とはいえ。


「今まで、ほとんど売るものがなかったから、ハミルトンさんにとっては効率が悪い商売だったんでしょうけど……」

「ここに来るまでの費用もバカにならないからな。それに魔物も多いから、護衛も雇わなければならない」

「でしょう? だから年に三、四回だけだったんです。いつ、ハミルトンさんが来てくれなくなるのか……」

「なあに、心配するする必要はない。隊長のおかげで、野菜や果物が実るようになったんだろう? この村は以前のままじゃない。ハミルトンとやらも、きっと満足してくれるさ」


 暗い表情をするミアを元気づけるように、エステルが彼女の肩を叩いた。


 確かに、今までとは違う。

 収穫する作物の余剰分をハミルトンに売れば、ある程度まとまった金を手に入れることが出来るだろう。


 だが。


「そう上手くいくだろうか……?」


 この村の野菜や果物は旨い。

 しかしそれだけでは、も抱えているせいで、ハミルトンが満足する結果にならないだろう。


「他にもなにか、用意した方がいいかもな」

「アシュリーさんが作ってくれた魔導コンロなんか、どうでしょうか? ハミルトンさんも欲しがると思いますが……」

「魔導コンロ自体は、ありふれたものなんだ。王都では一家に一台はあるほどに……な」


 それをわざわざハミルトンが欲しがるとは思えない。


「だったら、隊長が別の魔導具を作れば? ハミルトンとやらが欲しがるような、な」

「だな。だが……俺は考えるんだ。俺が魔導具を作って売れば、金は手に入る。しかし、この村にはこの村のよさがある。どうせなら、それを際立たせるようなものを作りたい」


 仮にここが発展をし続け、王都のようになったとしても、住民はそれで幸せなんだろうか?

 ただ発展させるだけでは貧富の差を生み、王都と同じように不幸になる者も現れるだろう。


 だから俺はこの村のよさをなくさないまま、人々が少しでも幸せになれるように手助けしたい。


「となると……王都にいる頃、研究していたを作るとするか」


 理論こそ完成していたが、キースに論文の内容を奪われ、実用化までに至らなかった魔導具。


 昼飯を食べ終わったのち、商人のハミルトンに渡す魔道具作りに取りかかるのであった。

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