3・クロテア村の夜は暗い
「君は……?」
小柄で活発そうな女の子に、俺はそう問いかける。
「ミアっていいます! 一応、クロテアの領主をやらせてもらっています!」
え?
領主って、こんな可愛らしい女の子だったの?
知らなかった……魔導士長からは『孫』だとしか聞いていなかったし。
「……? どうかされましたか?」
黙っていると、彼女──ミアがくりくりとした丸い瞳で、俺の顔を覗き込んでくる。
「い、いや、なんでもないんだ」
気まずくなって、さっと視線を逸らす。
今まで接してきた支配者層の人間は、おっさんが多かった。
だから領主は『男』だと、変な固定観念があったかもしれない。反省だ。
そういや、ボア退治をしている時にもちらちらこの子の姿を見かけたな。まあ領主だとは思っていなかったが。
「だったらいいんですが……」
とミアは口にし。
「そんなことより、本当にありがとうございました! もしかして、旅の冒険者ですか? 言いにくいんですが、その……うちの村は貧しくて、報酬も少なくなると思いますが、必ずお支払……」
「あ、あのー」
おずおずと手を挙げる。
「俺は旅人ではなく、宮廷魔導士だ。異動で今日から働かせてもらうことになった」
「へ?」
ミアが目を丸くする。
「名乗り遅れたが、アシュリーっていう。なにか聞いていないのか?」
「え、ええええええええ!」
するとミアは村内に響き渡るんじゃないかと思うくらいの、大声を上げ、ひっくり返りそうになっていた。
「わ、私の補佐が王都から来るとは聞いてたんですが、もっと歳上の方だと思っていました! すみません!」
「いいから、いいから」
素性が分からなかったのはお互い様だ。
何度も頭を下げるミアを、俺は手で制する。
「村の現状を把握をしたい。今、この領は……」
「待ってください」
喋り出そうとする俺を、ミアは手で制する。
「魔物を退治したばかりで、お疲れでしょう。それに今日はもう日が暮れます」
「俺は問題ないが……」
「恩人を無理やり働かせることなんて出来ませんよ! こういうのって、王都ではブラックって言うんですよね? わたしが許しません!」
「だったら、今からなにを?」
質問すると、ミアはこう答えた。
「あなたの歓迎会です!」
◆ ◆
ミアの粋な計らいで、村全体で俺の歓迎会が開かれた。
現在は村の中央で焚き火を囲い、みんなが思い思いの時間を過ごしている。
魔物が村内に入り込んできても、怪我人が出なかったからだろうか、みんなの表情は明るかった。
「お隣、いいですか?」
気付けば、ミアがコップを片手に俺の前に立っていた。
「もちろんだ。丁度手持ち無沙汰で暇してたからな」
「えへへ、ありがとうございます。失礼しますね」
そう言って、ミアが俺の隣に腰を下ろした。
「この村、どう思いますか?」
「いいところだと思う。もっと悲惨だと思っていたが、住民も親切で明るいしな」
これは本音だ。
もちろん、魔物が村内に入り込んでくるくらいだ。
しかも住民の話によると、珍しくないことだという。
インフラ設備も整っていないのだろう。
こうして眺めているだけでも、不便なところがたくさんある。
歓迎会で出される料理もキノコや木の実が中心だった。
肉なんてほんの一欠片。
俺が飲んでいるこの酒も粗悪なものだ。
だが、住民たちは悲観せず、こうして明るく振る舞っている。
宮廷では誰かを蹴落とそうと、常にみんながピリピリしていた。
だからこういう空気に触れるのは新鮮で、心が浄化されていくようだった。
「ありがとうございます」
でも──とミアは表情を暗くする。
「この村では出来ないことが多すぎます。魔物の恐怖にさらされ、作物もまともに育たない。明日食べるご飯にも困っているほどです。みなさん、不安なんですよ」
「まあ、そうだろうな」
「わたしはこんな現状を変えったくって……だから、宮廷魔導士の方がここに来るって聞いて、期待していたんですよ。なにかが変わるんじゃないか……って」
ミアが俺の顔をまじまじと見つめる。
「ふふふ。でも、正直なことを言うと、もっと嫌味ったらしい人が来ると思っていました。宮廷魔導士っていうと、国のエリートですよね? だけどアシュリーさんのような方で、本当に安心しました」
表情を明るくするミア。
「アシュリーさん、お若く見えますが、何歳なんですか?」
「十八だ」
「十八! だったら、わたしの一個上ですね! 話も合いそうで、嬉しいです!」
「俺も歳が離れているかよりは、同じくらいの……ん?」
今、なんて言った?
「一個上だって……?」
「はい。わたしは今年で十七になりました。それがなにか?」
首を傾げるミア。
「いや、もっと子どもだと思ってたんだ。なんというか、君は幼い顔立ちだからな」
「むむーっ! そうですか? だったらわたしの顔、もっとよく観察しますか?」
ぐいっと身を乗り出し、顔を近付けてくるミア。
ち、近い!
よくよく見れば、ミアはかなりの美少女だ。顔立ちに反して、体も立派に大人。
胸の谷間がチラチラと見え、どぎまぎしてしまった。
「こんなに近くに来なくてもいいだろう!?」
「暗いですからね。もっと近くで見ないと、分からないかもしれないですよ?」
悪戯っぽく笑うミア。
そういや……。
「この村には電気はないのか?」
「電気……?」
ミアが顔を離して、頭上に『?』マークを浮かべる。
「ああ、確か王都の方ではあるみたいですね。そのおかげで、夜でも人が活発に動いているって」
やはり……か。
王都では明かりを灯す魔導具のおかげで、人々は夜を克服した。
彼らにとって、電気は身近なもの。今じゃそれなしで生活するのは今じゃ考えられないことだろう。
しかしここのような辺境の地では、未だ電気が普及していないと聞く。
こうして月明かりと焚き火を眺めるのも乙なものだが、電気がなければ不便を強いられる。
実際、明るかったらこうしてミアが近づいてこなくても、彼女の顔がはっきりと見られるしな。
「ちょっと待ってくれ」
俺は持ってきた荷物から、魔石を取り出す。
属性が付与されていない、無属性の魔石である。
比較的安価でありふれているものではあるが反面、使い勝手が悪い。
そのため『無の魔石』と呼ばれることも多いものだ。
なにかで使えると思って急いで用意したものだったが、早速出番になるとは。
「アシュリーさん、一体なにをなさるつもりですか?」
「挨拶代わりに面白いもんを見せてやる」
そう言って、俺は無の魔石に魔力を放出する。
属性は雷。
さらには中の回路を組み替えて、自分の思うままに作っていく。
ただの無の魔石が、一つの魔導具と呼べるものに生まれ変わった。
「場所は……あそこがいいか」
周りで一際高い木に、先ほど作ったものを取り付け、俺はパチンと指を鳴らした。
すると魔石が白色の光を放ち、周りを明るく照らした。
「わっ! 光りました!」
ミアが驚く。
それは周りの住民も同じだったようで、皆は動きを止めた。
「これが電気だ。王都では『電球』と呼ばれているものを取り付けた」
もっとも、本物の電球はもっと複雑な構造をしているが……即席のものとしては十分だろう。
「火を使うってことは、火事の恐れもあるだろう?」
「その通りです。よくボヤ騒ぎが起こっています。アシュリーさんが作ったものは危険じゃないんですか?」
「火事の恐れがまったくないかと言われると、答えは否だ。だが、使い方を間違えなければ、火よりもよっぽど安全なものになっている」
木の上で点灯している電球を眺めながら、俺はそう口にする。
「これだけじゃないぞ。電気を消すことも出来て……」
パチンと再び指を鳴らす。
すると先ほどまであれだけ明るく輝いていた電球の光が、消滅してしまった。
ミアを含め住民は「もっと見たかった」と言葉を零し、肩を落とすが、それを見計らって俺はもう一度指を鳴らす。
再び電球が灯った。
「こうして点け直すのも簡単なんだ」
「す、すごい!」
ミアが手を叩く。
「これがあったら、もう夜も怖くありませんね!」
「そんな簡単な話じゃないぞ。村中を照らすのに、あれ一つだけじゃ不十分だ。魔石にも限りがあるし……」
「そうだとしても、希望が持てたことが嬉しいんです。本当にありがとうございます!」
差し詰め、人々にとって希望の光といったところか。まあ大袈裟かもしれないが。
「どういたしまして」
簡単なことで、これだけ褒められるのはやっぱり慣れないな。
しかし意外と悪い気はしなかった。
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