4・肥料を作りました

 朝。


「ん……」


 目を覚まして、ぐーっと背伸びをする。

 ぼんやりとしていた頭の中が次第にクリアになっていった。


「そうだ……昨日は歓迎会があって、そのままミアの家に泊まって……」


 領主とはいえ、ミアは女の子だ。初対面の女の子の家に泊まるだなんてことはいつもの俺ならしない。


 しかしなんでも、ミアの家には他の住民も何人か住んでいるとのことだった。

 これはミアが住居を持てない者に広く、家の部屋を開放しているからだ。

 先代からやってきている試みらしいが、ミアが受け継いでもやっているとは優しい子だ。


 そういうわけで、俺の家が用意されるまで、安心してミアの家に泊まることになったわけだ。


「昨日は少し酒を飲みすぎちゃったみたいだな。早く、ミアのところまで行こう」


 俺はベッドから立ち上がって、一階に降りる。


「あっ、アシュリーさん! おはようございます」


 すると既にミアが起きていて、俺を待ってくれていた。


「おはよう。昨日は楽しかったよ」

「アシュリーさんがそう言ってくれると、幸いです!」


 にぱーっと笑うミア。


「それにしても……他の人が見当たらないみたいだけど?」


 まだ起きていないんだろうか?


 質問すると、ミアは首を傾げて。


「はい? 昨日、ここに泊まったのは、わたしとアシュリーさんだけですが?」

「はい……?」


 思わぬ答えが返ってきて、俺はつい聞き返してしまう。


「おいおい、ここには他の者も泊まってるんじゃなかったのか? ほら、住居を持てない者のために……」

「ああ、昨日はみなさん盛り上がっていましたからね。酔い潰れて、外で一晩過ごしたらしいです」


 きょとんとして言うミア。


 なんだって……!?

 だったら、俺とミアは同じ屋根の下で一夜を過ごしたってことなのか!?


 無論、部屋は別々だ。俺だってミアに手を出すなんてバカな真似、やるわけがない。

 昨日は馬車旅の疲れもあって、ベッドに入ったらすぐに眠りに落ちたしな。


 だが、いくらそうであっても、男女二人が一夜を過ごすのは無防備すぎる気がした。


「……今度からは、そういう大事なことはちゃんと言ってくれ。他の者が泊まっていない時は、外で寝るから」

「宮廷魔導士の方に、野宿なんてさせられませんよ!」

「いいから!」


 君は可愛い女の子だということを、自覚する必要がある!


 だが、住むところを用意してもらっている以上、そう説教をするわけにもいかず、俺は口を閉じるしかないのであった。




 そんなこんながあったが、俺は今日こそ状況を把握するため、ミアと一緒に村内を歩いていた。


「こういうのもなんだが……やっぱ酷いな」


 昨日の盛り上がりが嘘のように、村全体が寂れている。

 幸い、住民は皆明るく、そう悲惨な雰囲気は漂っていないが……痩せ我慢だろう。

 皆は日々の生活に疲弊しており、くたびれている印象を受けた。


「そうですね。やはり、今日食べるご飯にも困っている状況だからでしょうか」

「食は全ての基本だからな。作物がまともに取れないことが理由か?」

「はい。全く取れないというわけでもないんですけどね。絶対数が足りません」


 ミアは頷く。


 自分たちが食べるご飯も大事だが、作物が取れないとなると、それを売ってお金を稼ぐことも出来ないだろう。

 必然的に村全体がますます貧しくなっていく。


 定期的に外の商人が村を訪れるらしいが、それも年に数回。

 まともに売れるものもなく、なけなしの予算を使って、日用品を購入すると聞く。


「ちょっと失礼」


 俺は手頃な田んぼの前でしゃがみ、分析魔法を使って土の状態を把握した。


 ふむふむ……なるほど。


「予想通りだな。土の状態が悪い。これじゃあ、作物が取れないってのも納得だ」

「どうすればいいんでしょうか……? なにをやっても、改善しないんです。せめて自分たちが食べる分だけでも、収穫出来るようになればいいんですが……」


 ほとほと困り果てているのか、ミアの声音も暗い。


「ミア。袋か瓶はあるか? あるものを作って、それを袋か瓶の中に入れたい」

「なにを作るんですか?」

「作ってからのお楽しみだ」

「楽しみです! だったらわたしの家の中に、空き瓶があったと思います。取ってきますね!」

「ちょ──」


 止める間もなく、ミアが走り去ってしまった。

 領主にわざわざ取りに行かせるのも、悪いな……場所さえ教えてくれれば、俺が行くつもりだったのに。


「ま、ああいうのが彼女のいいところなんだろうな」


 昨日の俺の歓迎会でも分かった。ミアは住民から慕われている。

 それは彼女がクロテア村の現況に諦めず、自らが誰よりも動き、明るく振る舞っているじゃないからだろうか。


「じゃあ、俺も負けないようにしないと」


 ミアが戻ってくるまでに、俺は俺の仕事を済まそう。


 俺は頭上に手をかざす。風が発生し、周囲の落ち葉が宙を舞った。

 それらの落ち葉は俺の前に集まってきて、数分が経ったのちには、こんもりとした様になっていた。


「よし……準備が出来た」

「はあっ、はあっ……戻りました」


 丁度、準備が終わったところで、ミアが帰ってきた。

 右手には空き瓶が持たれている。


「こちらも終わった。そう急がなくてもよかったのに」

「いえいえ、早くアシュリーさんのすることを見たかったんですよ。ですが……それは落ち葉? もしかして、お掃除をしてくれたんですか?」

「そういう側面もあるがな。俺のしたかったことは、この先だ。ちょっと見てろ」


 俺は軽く手を振って、落ち葉の前に攻撃魔法を発動する。


「ウィンドカッター」


 風の刃によって、落ち葉が切られていく。

 それらは細かく分解され、粉状になった。


「ミア! その空き瓶を掲げて!」

「は、はい!」


 慌てたそぶりで、ミアは蓋が開いた空き瓶を顔の前まで持ってくる。


 それを見計らって、俺は粉状になった落ち葉を、魔法で空き瓶の中に入れようとする。


 落ち葉の粉が瓶の中に吸い込まれていき、やがて中がいっぱいに満たされた。


「これが……アシュリーさんのしたかったこと?」

「まだ終わりじゃない。ちょっとその瓶を貸してくれ」


 ミアから落ち葉の粉が入った瓶を受け取り、魔法をかけていく。

 瓶の中が輝き、光が減退した頃には、キレイな緑色をした粉が残っていた。


「よし……終わった。それが土の肥料になる。作物を育てている場所に振りかければ、栄養状態はかなり改善されるはずだ」

「ひ、肥料!?」


 ミアが驚きの声を上げる。


「一瞬で作りましたよね? 肥料って、こんな簡単に作れるものなんですか!?」

「まあ、普通の魔導士なら無理だろうな」


 だが、一応これでも宮廷魔導士だ。

 これしきのことが出来なければ、宮廷魔導士を名乗る資格はない。


「ですが、本当に大丈夫でしょうか? アシュリーさんの腕を疑うわけではないんですが、肥料という手は今まで何度か試してみたことがあります。ですが、どれも上手くいかず……」

「試してみたといっても、どこにでもある市販品のものだろ? なにもしないよりはマシだろうが、それだけで劇的によくなるほど、ここの土地は優しくない」


 魔法で分析して分かった。

 村内の大地が、どのような状況にあるのかを。


「だから俺は土の状態に合わせて、それに適した肥料を作った。これが魔法でなにかを作るってことだ。成長促進の効果も付与したし、通常よりも早く収穫出来るはずだ」

「そこまで……! 宮廷魔導士はなんでも出来ますね!」


 うっとりとした瞳になるミア。


 もちろん、今ここにあるだけの肥料では足りない。

 だが、幸いなことに落ち葉ならそこら中にある。

 村内のもので足らなくなれば、外に探しにいってもいいだろう。

 これで土の栄養状態も、少しは改善の方向に向かうはずだ。


 しかし。


「これだけでは、まだ不十分なんだよな」

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