7・宮廷の綻び(キース視点)

「くっくっく……魔導士長。ようやくあいつを追い出すことが出来ましたね」


 王都の宮廷。


 僕は会議室で、魔導士長とアシュリーのことについて話し合っていた。


「全くだ。宮廷魔導士に、アシュリーのようなはいらぬ。キース君のような高潔な血を持つ者こそ、宮廷魔導士にふさわしい」


 魔導士長も機嫌がよさそうだ。



 ──僕、キースは伯爵家の長男として生を授かった。



 貴族として生まれた僕には、愚民どもの上に立つ必要がある。両親からの期待を一身に背負って、宮廷魔導士になった。


 宮廷魔導士は、みんなの憧れの職業だ。

 必然と周りの者どもは僕を崇め、羨望の眼差しを送った。

 みんなら僕に頭を下げている姿を前にすると、この上ない気持ちよさを感じた。


 宮廷魔導士として出世し、いずれ僕は魔導士長に上り詰めるだろう。

 そうなった時、周りの反応がさらにどう変わるのか楽しみだった。



 ──歯車が噛み合わなくなったのは、アシュリーとかいう男が宮廷魔導士になった頃だ。



 アシュリーは卑しくも、平民出身の男であった。

 本来、平民は宮廷魔導士になれないが、ヤツは魔法学園で優秀な成績を収めたと聞く。

 特例で宮廷魔導士になったが、ヤツは頭角を表していった。


 素早くも、丁寧な仕事。斬新な魔導具。画期的で業界を震撼させる論文。


 ……という評判だったのだが、平民であるヤツにそんな真似は出来ないはずだ。


 みんな、騙されているだけだ。前の魔導士長がそのいい例。どうせ袖下に金でも握らせたんだろう。


 だから僕はみんなの目を覚まさせることにした。


 まず、ヤツに膨大な仕事を押し付けた。そのおかげで、僕も楽をさせてもらた。それだけは感謝してもいいかもしれない。


 だが、いくら仕事を押し付けても、ヤツは平然とした顔をしてやってのける。


 気に入らない。どうせ不正をしているんだ。

 ならば、ヤツが作った魔導具や論文を、全て自分のものにしてしまおう。


 今度はアシュリーの手柄を全部、独り占めにした。ヤツも思うところがあったみたいだが、特に異論を唱えたりはしなかった。


 なんでも、『俺はみんなの役に立ちたいだけ。別にみんなに褒めてもらおうと思って、やったわけじゃない』と言っていたが……バカなヤツだ。

 宮廷魔導士はみんなの憧れの的なんだぞ? 特権だって、たくさん与えられる。それを活かさなくて、どうするんだ?


 そして頃合いを見計らって、僕は魔導士長と結託して、アシュリーを辺境の地に飛ばした。

 最後のヤツの悔しそうな顔を思い浮かべたら、笑いが止まらない。


 今頃、なにをしているのだろうか?

 まああそこはなにもない村だ。王都暮らしに慣れているアシュリーでは、耐えられないだろう。


「このまま、宮廷魔導士を辞めてくれたらいいんですがね」

「はっはっは! 全くだ! 王族の中には、ヤツを気に入っている者もいたので、クビには出来なかったが……雑種が同じ宮廷魔導士を名乗っているだけでも寒気がする。自主的に辞めてくれるのがベストだな」


 そんなことを話していると、不意に扉のノックの音が聞こえた。


「入れ」

「失礼する」


 魔導士長が促すと、金色の髪をしたすらっとした女が中に入ってくる。


「エステルか。今日も相変わらず美人だな。なんの用だ?」


 魔導士長が労っているというのに、彼女──エステルは表情を微動だに動かさなかった。


 エステル。


 元は騎士で、その実力を見込まれ宮廷魔導士となった女だ。

 無骨な騎士のイメージとは反して、容姿は美しく、モデルかなにかだと言われた方が方が納得出来る。

 魔導士長はその見た目に惚れている一人で、彼女を何度かデートに誘ってはいるが、実現したことはないということだった。


「長期遠征から戻ったことを、報告しにきた」

「おお、そうだったな。問題なかったか?」

「もちろんだ。私にかかればこのような案件、大したことがない」


 確かエステルは、とある争いを治めるために、王都から離れたところまで長期遠征に出かけていたはずだ。

 傷一つないところを見ると、彼女の言葉に疑いはなさそう。


「そんなことより……アシュリー隊長はなにをされているのだ? 隊長にも遠征が終わったことを、報告したいのだが」


 落ち着かない様子できょろきょろと顔を動かす、エステル。


 そうだ……確か彼女は、アシュリーの部下だった。


 しかも何故だかエステルはアシュリーのことを慕っており、『隊長』と呼んでいる。

 本来は部長とでも呼ぶ方が正しいが、何度注意されても、騎士の頃の癖が抜けないとのことだった。


「アシュリーなら異動になったよ」


 魔導士長の代わりに僕が答えてあげると、エステルの眉がぴくりと動く。


「異動……?」

「ああ。アシュリーって無能だっただろ? だから、クロテアの領主補佐に就くことになたのさ。所謂、左遷だね」

「な、なんだと!? クロテアといったら、魔物が蔓延っている危険な辺境地帯ではないか! それゆえに国からも見捨てられている。どうして隊長が、そのような地に行かなければならない!」


 エステルがすごい勢いで、僕たちに食ってかかる。


「……そうか。隊長をのか」


 そしてニヤニヤしている魔導士長の顔を見てなにかを察したのか、声を低くして言った。


「貴様らは、アシュリーを嫌っていたからな。貴族だの平民だの……宮廷魔導士にとって必要なのは、家柄ではなく実力だというのに……くだらないことを気にしていた」

「エステル。魔導士長に向かって、そのような口の利き方、見逃せないな。アシュリーは君に物申せなかったかもしれないが、である僕は違うぞ」

「上司……?」

「ああ。アシュリーの異動に伴い、君は僕……キース様の下につくことになった」


 エステルはアシュリーと違って、優秀な宮廷魔導士だ。

 なにより、見た目がいい。


 魔導士長が横取りするような真似になるかもしれないが……キレイな女性が、優秀な男に惹かれるのは仕方がないよね?

 楽しめそうだ。


「私が……貴様の部下……?」


 エステルの声に戸惑いが滲む。


「文句は受け付けない。だって、君は僕の部下なんだから。元騎士の君にとて、上に逆らうのは御法度だろ?」

「……そうだな」


 エステルは顔を伏せ。


「部下である私は、上司の命令には逆らえない。私がなにを言おうとも、アシュリー隊長の異動も覆せないのだろう」


 物分かりのいい女だ。


 エステルが従順になった様を見てほっと一息吐いていると、彼女は次に顔を上げ、とんでもないことを宣った。


「だから──私は今日で宮廷魔導士を辞める」


「はあ?」


 思わず、耳を疑ってしまう。


「私にとって、隊長はの恩人だ。隊長が困っているなら、私は彼の力になりたい」

「き、君ぃ! 自分がなにを言ってるのか、分かっているのかね!? そんなことのために、今の地位を捨てるつもりなのか!」

「そんなことのために……だと? 隊長は私の全てだ。クロテアと言ったな? 私はそこにすぐに向かわなければならないので、失礼させてもらう」


 とりつく島もないまま、エステルを踵を返して、部屋から出ていこうとする。


「ま、待て! 辞めるのは認めん!」

「そうだ、そうだ! 君がいなくなったら、予定が狂い……」


 しかしいくら呼びかけてもエステルは振り返らず、その場を後にしてしまった。

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