6・みんなの憩いの場

 瘴晶石を浄化したのち、俺とミアは村に戻り、水の状態を確かめるためにも一晩待った。


 朝起きて住民に話を聞くと、予想通りの反応が返ってきた。



「ああ……そういえば、今日の水は美味しかった気がする」

「なんだかキラキラ輝いているように見えたわ。ここの水って、こんなにキレだったのね。肌もつやつやになりそう」

「体が軽い気もするぜ。今ならなんでも出来そうだ」



 よし……!


 俺の目論見が当たっていたようだ。心の中でガッツポーズをする。


「アシュリーさんの言った通りになりましたね!」

「ああ。俺の勘違いじゃなくて、よかったよ」


 これでも心配だったのだ。

 自信はあったが、俺の推測に間違いがあるんじゃないか……って。


 しかしそんなことにはなっていないようで、一安心。


「これで作物も育つようになるんですよね?」

「そうだな。飲み水についても心配ない。幸いなことに、この村の水源は豊富だからな。大量に使うってなったらまた別の方法を考えなくちゃならないが、飲み水や料理に使うくらいなら……」


 ミアにそう説明していたら、周りを眺めていると、ふとあることに気付いた。


「……なあ、ミア。川の周りに家が少ないな」

「ですね。わたしが生まれる前、川が氾濫して、たくさんの人が被害に遭ったみたいなんですよ。それから、川の近くには家を作らないようになりました」


 と、ミアから答えが返ってくる。


 災害が起こった時のために、川の近くには家を作らない。

 なるほど合理的だ。


 だが反面、川から水を汲んで家に運ぶのも、一苦労になってしまう。

 若くて元気な者なら、まだいい。しかし力のないお年寄りや女性、子どもなんかは大変じゃないだろうか。


「防波堤を作るか……? いや、そうだとしても、住居を移すのにまた時間がかかる。今の環境で満足している者もいるはずだしな」

「アシュリーさん……? どうされましたか?」


 ぶつぶつと呟く俺を、ミアは不思議そうに見る。


 先日、俺のために開かれた歓迎会の様子を思い出す。

 焚き火を囲って、みんなが楽しそうに時間を過ごしていた。みんなは明るく振る舞っていたが、疲れが見える者もいた。


 もちろん、水を汲む以外にも力仕事はある。

 だが、こういった不便が積み重なって、疲労が蓄積されていくのだろう。


「……ミア」


 ある考えが閃き、俺は彼女に頼み事をする。


「村のみんなを集めてくれないか? なるべく若くて力自慢の者がいい。みんなにやってもらいたいことがあるんだ」



 ◆ ◆



 数日後──。


「完成だ」


 俺は村の中央に作ったを見て、額の汗を腕で拭う。


 今、俺の目の前にあるのは噴水だ。


 白い石で出来た優雅なデザイン。

 透明な水が空中へと勢いよく吹き上げられ、水面は太陽の光が反射してキラキラ輝いていた。


「アシュリーさん、お疲れ様です」


 完成の余韻に浸っていると、ミアがタオルを手渡してくる。


「ありがとう、ミア。この噴水、どうかな?」

「素晴らしいと思います! ずっと見ていたくなります」


 よかった。ミアにも好評みたいだ。


 この数日──俺は噴水を作るために、ミアに頼み作業員を集めてもらった。

 みんなは新参者である俺の指示にもちゃんと従ってくれ、噴水作りは滞りなく進んだ。


 そして今日とうとう完成し、お披露目となったわけだ。


「それだけじゃないぞ」


 そう言って、俺は噴水の近くに作った水飲み場の前まで移動する。


 今は子どもたちが、水飲み場の蛇口を捻って、楽しそうにはしゃいでいた。

 もしかしたらこの子たちにとって、蛇口を捻ったら水が出るなんて仕組み、初めて見たのかもしれない。


「不思議に思ってたんですが……あれって、どういう仕組みなんですか?」

「川から水を引っ張ってきている。具体的には水を転移させる魔石を使ったんだ」

「なんと! 王都にはそんな便利な魔石もあるんですね!」

「まあな。とはいえ、水くらいしか転移させられないぞ? 水はその中に込められている情報量が少ないからな」

「じょーほーりょー?」

「水は複雑じゃないってことさ」


 とはいえミアに説明した以外にも、やることは多かった。


 水をここまで開通させるための、魔力回路作り……水が出過ぎないようにするために、調整機も作りと。


「ここまで短期間に出来たのは、みんなのおかげだけどな。もっと時間がかかると思ってた」

「アシュリーさんが一番働いていたじゃないですか! 最近、寝てないですよね?」

「ん……ああ、ちょっと徹夜続きだったな。だが、一週間くらいなら寝なくてもパフォーマンスが落ちないぞ?」

「い、一週間!? 寝てください!」


 ミアが俺の体を心配する。


 だが、王都にいる頃は、これくらいの徹夜は日常茶飯事だった。変に体が慣れてしまって、若干怠さを感じているくらいだ。


「もう、こんな無茶をやめてくださいよ?」

「もちろんだ。俺だって残業は嫌いだからな。だが……」


 そう言って、周りを眺める。


 作業を終えた者。元気な子どもたち。お年寄りや女性も、みんな噴水を前にして笑顔を作っている。


 幸せな空間だった。


「みんなのこういう顔が見られるなら、少しくらいの残業は別にいいかな……って」


 王都にいる頃は、事務作業も多かったし、もっと大規模な仕事をこなしていた。

 それはそれでやりがいはあったが、俺の仕事によって人々がどう変わっていくのかという感覚が希薄だった。


 しかし今は違う。

 みんなの喜ぶ顔をこうして見ていると、疲れが吹き飛んぶというものだ。


「……っ!」


 そんな俺を見て、ミアは何故か頬を赤らめていた。


「どうした? 熱でもあるのか? 大変だ、早く治癒魔法を……」

「な、なんでもありません!」


 治癒魔法をかけようとすると、ミアが慌てて俺から離れた。

 一体なんなんだ?


「不思議なヤツだな」


 それにしても……やっぱ、宮廷魔導士が俺一人じゃ、やれることに限界がある。

 本当は噴水横に作った水飲み場だって、家庭に最低一つは用意してやりたいところ。


 しかし今では人手が足りない。

 突貫工事だったら事故も起きるかもしれないし、手を抜くわけにもいかない。


「作業を手伝ってくれる宮廷魔導士……出来れば、あのがいたら、俺も楽になるんだが」

「……? アシュリーさん、なにか言いました?」

「なんでもない」


 王都にいる頃、部下の一人であったの顔を思い浮かべながら、首を左右に振るのであった。

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