5・水質を改善してみた
「肥料があっても……ですか?」
ミアの表情が強張ったもになる。
「ああ。今まで肥料を使うってのは試してたんだろ? それが効かないほど、頑固な状態ってことだ。俺が作った肥料だけで問題が解決するようなら、苦労はしない」
肩をすくめる。
作物がまともに取れないのには、いくつかあるが、クロテア村にいたっては理由が二つ。
一つは土の栄養不足。しかしこれは今俺が作った肥料を使えば、改善されるだろう。
そして、もう一つは。
「なあ、ミア。村内を歩き回って気付いたんだが……もしかして、最近体調の異変を訴える者が多くないか?」
「よく分かりましたね。その通りです」
ミアの表情が暗くなる。
「原因が分からないんです。治癒士の方を雇うだけのお金もなく、寝込んでいる人もいて……」
「やっぱりか」
ミアからの説明を聞き、俺は確信に至った。
「おそらく、水が悪いんだ。川や井戸の水が汚染されているに違いない」
「汚染ですか!? でも、普段と変わっているところがなく……」
「俺の考え通りなら、気付けなくても仕方がない。何故なら、汚染の理由は魔力だろうから」
「魔力!?」
ミアが声を荒らげる。
「だったら、どうすれば……」
「俺がいれば、大丈夫だって。安心して」
彼女を安心さえるために、自分のドーンと胸を叩く。
俺は近くに流れている川に、土の状態を確かめる時と同じような分析魔法を使った。
「……やはり、汚染は瘴晶石(しょうしょうせき)が原因だな」
「瘴晶石? それって確か、悪い魔力が溜まっている石ですよね?」
「正解」
魔力というのは、一箇所に集まる傾向がある。それはまるで川上から下に、水が流れていくかのようだ。
瘴晶石は元は魔石。
しかし澱んだ魔力が魔石に集まっていき、瘴晶石と呼ばれる汚れた魔石に変わってしまう。
「川上に瘴晶石があるんだろう。それが村の水を汚染している」
汚染が進行してしまえば、飲み水の問題だけではなくなる。
村内が瘴気に満たされ、もっと大事になるはずだ。最悪の場合、ここに住めなくなってしまうのだ。
「土の栄養もそうだが、作物がまともに取れない理由は水質が悪いせいだ。水の汚染の原因となった瘴晶石を取り除かなければ、いくら土を改善したところで意味が薄い」
「で、ですが、瘴晶石って普通の人が触ると危ないんじゃなかったでしたっけ? どうすれば……」
「俺が魔導士ってことを忘れてないか?」
頬を緩める。
「瘴晶石の浄化なら、俺も慣れたもんだ。王都が人が多い分、悪い魔力が溜まりやすいんだ。今から瘴晶石を浄化していこう」
「ありがとうございます! ほんとにアシュリーさんって、なんでも出来ますね」
ようやく、ミアの表情が明るくなる。
なんでも出来る……と彼女は言っているが、正しくはなんでも出来なければ宮廷魔導士は務まらないのだ。
宮廷魔導士のやることは多岐にわたるからな。
瘴晶石の浄化なんて、朝飯前だ。
俺は村の水質を向上させるために、瘴晶石の浄化に向かうことになった。
だったのだが……。
「ミアが付いてくる必要はなかったんだぞ?」
現在。
俺は瘴晶石を目にするため、村を出て山を登っている。
道中では魔物も出るだろうし、一人で向かうつもりだったが……何故か、ミアも付いてくることになった。
「わたしはクロテアの領主であり、村の村長です。お役に立てないかもしれませんが、アシュリーさんのすることを見届ける義務があります……!」
ぎゅっと拳を握るミア。
まあ……別にいいんだけどよ。魔物なら、俺がいれば安全だし。
俺としても、話し相手がいてくれる方が気が紛れる。
「ミアは責任感が強いんだな」
「どうなんでしょう……? ですが、おじいちゃんが命懸けで守ってきた村です。わたしのせいで村を終わらせるわけにはいきません」
おじいちゃん──というのは、前領主のことか。
お会いすることは出来なかったが、こんないい子が育ったんだ。さぞかしいい領主だったんだろうと思った。
分析魔法で澱んだ魔力の痕跡を辿りながら、俺たちはようやくそこに辿り着く。
「よし、着いたぞ」
予想通り、川上には禍々しいオーラを放っている瘴晶石があって、水に触れていた。
かなり進行が進んでいるようで、黒く変色している。
あと一歩でも遅ければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
「お、大きい!」
ミアが瘴晶石を前にして、目を大きくする。
「それに……ここにいるだけで、ふらふらします」
「無理もない。普通の人なら、悪い魔力にあてられて体調が悪くなるだろうから」
「そ、そうなんですね……でも、こんなに大きい瘴晶石……本当に浄化することが出来る……のでしょうか?」
とミアはなんとか声を絞り出す。
胸元を手で押さえて、息も荒い。相当辛そうだ。
彼女が倒れてしまわないうちに、さっさと浄化してしまうか。
「ミアは念のために、少し離れていてくれ」
俺はミアに指示を出し、瘴晶石に近寄る。
うっ、瘴晶石の浄化は初めてではないが、やっぱり澱んだ魔力を肌で感じるのは苦手だな。
肌がピリピリする、嫌な感じがする。
だが、だからといってやめるわけにはいかない。
俺は瘴晶石に手を当て、浄化魔法を発動する。
瘴晶石が光で包まれる。
黒色の瘴晶石が、徐々に白色へと生まれ変わった。
周囲の禍々しいオーラも消滅する。
「──うっし。浄化完了だ」
俺は瘴晶石から手を離し、ミアに振り返る。
「もう終わったんですか?」
「ああ、悪い感じがしなくなっただろ? 気持ち悪さもなくなっているはずだ」
「た、確かに……さっきまでは立つだけで精一杯でしたが、そういうのもなくなっています」
まさかこれだけ早く終わると思っていなかったのだろうか、ミアは少し困惑気味である。
「これで住民が体調に異変を訴えることも減るはずだ。作物も肥料の効果もあって、まともに取れるようになるだろう」
「あ、ありがとうございます。でも、なんだか実感が湧きません」
「そうか? だったら、川の水を一口飲んでみろ」
川全体の水が、浄化されたものに置き換わるまでには一晩くらいは時間が必要かもしれな。
しかし瘴晶石に近かったここは別である。
俺が促すと、ミアが躊躇いながらも川の水を手ですくって、口に含んだ。
「お、美味しい!」
するとミアは顔を上げて、目を輝かせた。
「水ってこんなに美味しかったんですね。これに比べたら、今までのはまるで泥水です」
「だろ?」
瘴晶石で少しずつ水が汚染されていたから、不味くなっていることに気付かなかったに違いない。
だから、あんなに瘴晶石が大きくなるまで、問題を放置してしまった。
「瘴晶石っていうのは、元は魔石。浄化すれば、水をキレイにする効果もある。作物も通常より美味しく実るだろう」
「アシュリーさんには、なんと言っていいやら……どれだけお礼を伝えても、伝えきれません」
「お礼? そんなのは必要ない。俺はただ自分の仕事を真っ当しただけだ。じゃないと、なんのために俺がここに派遣されてきたんだって話になるし」
これで水質は改善した。
しかしまたすぐに、別の問題が浮かび上がることになってしまったのだ。
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