最強魔導士の辺境開拓 〜左遷された先は見捨てられた領地だったので、魔法の力でのんびり暮らしを満喫中〜

鬱沢色素

1・左遷されました

「魔導士長! どういうことですか! 俺が異動だなんて!」


 宮廷の会議室。

 俺は魔導士長に詰め寄っていた。


「そのままの意味だよ。アシュリー君」


 しかしそんな俺──アシュリーの訴えを、魔導士長は鼻で笑いながら軽く手で払った。


「君は宮廷魔導士にふさわしくない。最近では魔導具も開発していないし、なにかと理由をつけて仕事を放棄する。恥ずかしいと思わないのかね?」

「なにを言っているんですか……? 俺はサボっているわけではありません。理由をつけて……というのも、他の仕事が忙しく……」

「言い訳はみっともないぞ!」


 魔導士長が怒声を上げる。

 俺は喉元まで出かかっていた言葉を堪え、ぎゅっと拳を握った。



 俺、アシュリーは宮廷魔導士だ。

 昔から魔法に興味があり、いつかこれで人の役に立ちたいと考えた。

 入学した魔法学園の成績は常にトップ。俺を『神童』と呼ぶ者も多い。


 しかし俺は驕らなかった。

 もっともっと魔法を極めたい……そうすれば、たくさんの人を助けられるんだって。


 学園を卒業した俺は、宮廷魔導士になった。

 宮廷魔導士は給金や福利厚生も整っており、魔導士にとって憧れの職業だった。


 宮廷魔導士になってからの俺は、人の役に立つために死ぬ気で働いた。


 宮廷魔導士の仕事は多岐にわたる。

 魔導具の開発、冒険者や騎士では対処出来ない魔物の掃討、魔法文明を発展させるために論文発表……。

 いくら時間があっても足りなかった。


 しかし俺の開発した魔導具が人々の生活を向上させる実感があったし、魔物を倒して感謝されるとこの上ない喜びを感じた。


 がむしゃらに働いていたら、どんどん俺は出世を重ねた。

 人からはエリートと思われているだろう。少ないが、部下も出来た。



 だが、宮廷魔導士のトップ──魔導士長が変わってから、徐々に歯車が噛み合わなくなっていった。



 他の人の仕事を任され、残業を余儀なくされた。

 自分が開発したはずの魔導具や論文が、いつの間にか他人のものになっていた。


 部下は環境の改善を訴えるべきと言ってくれたが、俺は構わなかったんだ。

 出世にこだわっているわけではなかったし、それでも人々の役に立っていると思っていたから……。


 そんなある日、異動が発表された。

 関係のないことだと思っていたが、発表された異動辞令には何故か俺の名前があった。

 いてもたってもいられなくなり、こうして魔導士長まで直談判をしにきているというわけだ。



「しかも……俺の異動先は王都からかなり離れていますよね?」


 俺の異動先の領地の名前は『クロテア』。

 ここからだと、馬車で何日もかけて行かなければならない土地である。


 いわゆる、辺境の地というやつだ。


「なにか不満でも?」

「はい。俺はこの宮廷で頑張ってきました。なのに今更、見知らぬ土地に行くだなんて……」

「クロテアでは、最近領主が亡くなった。領主の息子やその妻も魔物に喰われて亡くなっており、今はが受け継いでいる形となっている」

「では、なんですか? 領主の仕事に不慣れな孫をサポートしろと?」

「珍しく察しがいいな。その通りだ。なあに、優秀な君ならやれるさ。はっはっは!」


 不快な笑い声を上げる魔導士長。


 優秀な……とは口にしているが、そんなことを思っていないのは魔導士長の表情を見れば一目瞭然だ。


「貴様がいくら抗議しようが、異動は覆さない。時間の無駄だ。さっさと荷物をまとめて、今すぐ辺境のクロテアに向かえ!」

「ま、待ってください! せめて部下に別れの挨拶を……」

「ならん。引き継ぎも不要だ。それとも、クビにされたいのか? 宮廷魔導士になるため、今まで頑張ってきたみたいだな。その立場を捨てるとでも?」


 そう言われては、俺もこれ以上食い下がれない。


 不可解なことは多いが、宮廷魔導士が憧れの職業であったことには変わりない。

 俺の人生は、宮廷魔導士になるためにあったと言っても過言ではない。

 自分からわざわざそれを捨てるような真似は出来なかった。


「……分かりました」


 絞り出すように声を発し、俺は会議室を後にした。




「結局、俺が異動になった理由は、はっきりしないままか……」


 とはいえ、心当たりがないわけではない。

 それは……。



「おっと! サボり魔のアシュリー君じゃないか! そんな暗い顔をして、どうしたんだい?」



 考えながら廊下を歩いていると、前から一人の男がやってきた。


「キース……っ!」


 俺はその男──キースに詰め寄る。


「俺が異動になったことは知らないのか?」

「んんん? どうして、天才の僕が君の状況を知らなければならないんだい? それにしても……異動か! はっはっは! 愉快な話だね! 仕事をサボっていたツケがとうとう回ってきたんだよ!」


 手を叩きながら、笑うキース。


 キースは俺と同じ宮廷魔導士の同僚である。

 彼はどうも、俺のことが気に食わないらしい。


『僕が忙しいんだ? だから君がやるよね?』と言って、俺に自分の仕事を押し付けてきた。

 そして俺が作った魔導具や論文も、いつの間にかキースの手柄になっていた。


 前の魔導士長はキースの横暴を防ごうとしてくれたが、それも今の魔導士長になってから変わった。


「これは僕の独り言なんだけど……魔導士長は英断をしたね。あんな辺鄙な領地……クロテアって言ったかな? 君を左遷させるとは……」

「なんだと……?」


 掲示板に貼られた異動辞令には、俺の異動先まで書かれていなかった。

 いずれは知られることだろうが、発表されたのはつい先ほど。

 こいつが知るのには早すぎる。


「お前が裏で手を回したのか……?」

「なんのことだい?」


 その表情を見て、確信する。

 キースが裏で魔導士長と結託し、俺を左遷させたのだ。


 他人が聞けば、「バカなことを」と言われるかもしれないが、今までのキースの振る舞いを鑑みれば十分考えられる。

 キースは今の魔導士長のお気に入りだしな。


「おいおい、そんな目で見ないでくれ。今にも殴りかかってきそうだよ。こんなところで暴力沙汰を起こしたら、本当にクビだけど?」


 無意識にキースを睨んでしまっていたみたいだ。


「それに、僕に構ってる暇なんてないだろ? 君が向かう辺境は作物もまともに育たず、魔物が蔓延っている死地だ」

「…………」

「国から領地なのさ。今すぐにでも行って、せめてまともに生活出来るようにしないと。もっとも……そんなこと、君じゃなくても誰も出来やしないと思うけどさ。はっはっは!」


 再び、笑い出すキース。


 これ以上、こいつと話していても不愉快なるだけだ。

 ここで俺が叫いても、異動が取り消されるわけでもない。


「……俺はもう行く」

「早く行きたまえ。僕もこれ以上、君の間抜けなツラを見たくないからさ!」


 キースの罵倒に耐えながら、俺は逃げるように宮廷を後にした。



 ──こうして俺は辺境の領地に左遷されることになったのだ。





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