10・魔物、一網打尽
村に戻り、俺たちは早速行動を開始した。
俺がやったことは魔物のウルフを誘き寄せる罠を張ることだ。
これには『幻影の霧』と呼ばれる魔法を使う。
この霧には、ウルフにとって好ましい香りが含まれる。
霧の香りにウルフたちは抗えず、ダメだと分かっていても近寄ってしまうのだ。
罠を張る場所は、村から少し離れた森林地帯。
住民の安全性を確保するために、丁寧に罠を張ったので、気付けば夜になっていた。
「本当に大丈夫なんでしょうか?」
俺と一緒に茂みに隠れ、ミアが心配そうに質問してくる。
ミアが来る必要はなかったが……いつもの『領主としての義務』で、彼女も同伴することになった。
まあ、自分が責任者なのに現場に顔を出せないむず痒さは、なんとなく俺も理解出来る。
細心の注意を払ったし、ミアがいても問題ないだろう。
「大丈夫だ」
そんなミアの肩を、クロテア村の新しい仲間となったエステルがぽんぽんと二度叩く。
「隊長が王都にいる頃、なんと呼ばれていたか聞いているか?」
「いえ、聞いていません」
「七色の魔導士……だ。ありとあらゆる魔法を操る隊長を崇め、付けられた異名だ。今まで、私たちは幾度のピンチを隊長に救われてきた。七色の魔導士に全て任せておけば問題ない」
「カッコいいです!」
キラキラと目を輝かせるミア。
「そうだろう!? カッコいいだろう! 私も隊長にふさわしい異名だと思っているんだ!」
エステルも自分のことのように嬉しそうである。
一方。
「……俺はあんま、それで呼んでほしくないんだけどな」
なんというか……自分で名乗ってるみたいで、恥ずかしいし。
「ってか、エステル。俺のことはもう『隊長』と呼ばなくてもいいんだぞ? 俺はもう君の上司ではない」
「なにを言う。隊長はどこまでいっても私の隊長だ。たとえ私が宮廷魔導士でなくなっても変わらない」
一切の疑いを持たず、エステルが堂々と言ってのける。
そもそも、隊長っていう呼び名も変なんだ。
騎士の頃の名残から、そう呼んでくれているが……事情を知らない者が聞けば、いつも不思議そうな顔をされる。
「まあ別にいいけどよ」
嘆息を吐く。
「そんなことより……そろそろ来るぞ。魔力をさらに込める。二人とも、魔物に気付かれないように息を潜めておけ」
高まりつつあるウルフの気配を察知し、ミアとエステルにそう告げると、二人に緊張が走った。
魔力をさらに注入すると、幻影の霧がさらに濃くなった。辛うじて、前が見えるくらいになる。
そんな霧の中、ぽつりぽつりと黒い影が現れた。
黒い影たちは、まるで夢の中を彷徨っているかのようにふらふらと移動し、一箇所に集まっていった。
「かかった!」
タイミングを見計らい、俺は別の魔法を発動する。
「セレスティアル・プリズン」
天から降り注ぐ七つの光の剣が地面に突き刺さると、そこから光の結界が展開した。
それらの剣を中心に、光の鎖が四方八方に広がり、内側にいる者たちを閉じ込める。
「──成功だ」
幻影の霧を解くと、視界が開ける。
目論見通り、幻影の霧によって誘き寄せられたウルフたちが、光の結界内に閉じ込められている。
ウルフたちは暴れて脱出を図ろうとするが、簡単に逃してしまうほど、俺も魔力の調整を誤っていない。
俺たちは茂みから姿を現し、閉じ込められているウルフたちに一歩ずつ近寄った。
「やったな! 隊長!」
目の前の光景を見て、エステルは歓喜の声を上げる。
「久しぶりに、隊長の魔法を見た。だが、何度見てもキレイな魔法だ」
「そうか? 最近は王都でも事務作業が多かったから、少し腕が鈍ったと感じていたんだがな」
調子がMAXの時と比べたら、今はせいぜい六十%の出力といったところか。
「アシュリーさんはすごいです! あんなにみんなが困っていたウルフを、こんな簡単に捕まえるなんて……」
ミアは殺気を俺たちに向けるウルフたちにビビっているのか。
俺の背中に隠れながらも、そう声を発した。
「よし……ここまで一箇所に集めてしまえば、あとは私の出番だな。隊長、結界を解いてくれ。私がこいつらを一網打尽にしてみせる」
肩に背負った大剣を抜き、エステルが好戦的な笑みを浮かべる。
彼女に任せれば大丈夫というのは間違いない。
ウルフ程度の魔物なら、彼女が一度剣を振るうだけで、殲滅することが可能だろう。
しかし俺はそんな彼女を、手で制して。
「待て。なにも俺はこいつらを殲滅したくて、今回の罠を張ったわけではない」
「……? だったら、なんのつもりで?」
「それは……」
俺のアテが外れていなかったら、さすがにそろそろ
警戒心を解かず、周りに目を光らせていると。
『──やはり、我を呼んでいたか』
異質な声。
俺が声のする方へ顔を向けると、小高い丘の上、月光を背景にして一体の黒い狼が立っていたのだ。
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