12・宮廷の綻び2(キース視点)
「なんで、こんなことも出来ないんだ!」
宮廷。
僕──キースは部下を叱りつけていた。
「いくらなんでも仕事が遅すぎる! もしやサボっているんじゃないか? もっと働け!」
「無茶言わないでくださいよ! 今でも限界です。ですが……アシュリーさんがいなくなったことにより仕事が膨れ上がり、それを処理しきれていないだけです」
部下からの反論に、僕は歯軋りをする。
口を開けば、言い訳ばかりの連中だ。処理しきれいないだと? 貴様が無能なだけじゃないか。
──アシュリーが王都の宮廷からいなくなって、少しずつ周りは変化していった。
ヤツがいない宮廷は快適だったが、不思議なことにこなせる仕事の量も減っていった。
今では月のノルマも達成出来ず、クレームが入る日々。
幸い、魔導士長とは
魔導士長とはいえ、王族や貴族には逆らえない。彼とて、宮廷内の一魔導士なのだ。王族連中を抑えるのには限界がある。
「キースさん、請け負う仕事の量を減らしてみては、どうでしょうか? そもそも今までが異常すぎたんですよ」
「…………」
今までは
しかし今、彼はいない。
だからといって、仕事の量を減らすわけにはいかない。結果を出し続けることが、出世への近道だったからだ。
ゆえに。
「ダメだ。定時で終わらないというなら、時間外にも働け。今の仕事が終われるまで、家に帰れるなどと贅沢なことを言うなよ?」
「そ、そんな……! 残業代は出るんですよね?」
「バカなことを言うな! どうして尻拭いしてやった無能のために、給金を払わなければならない! 無給で体が壊れるまでやれ!」
怒鳴りつけると、部下がやあやあと言い返していたが、これ以上無能の話に耳を傾ける必要はない。
僕は不快な気持ちを抱えたまま、その場を去った。
「くそっ! くそっ! なんでこんなことになってるんだよ!」
地団駄を踏む。
おかしい……アシュリーがいなくなって、僕はさらに飛躍するはずなのに……。
怒りを抑えるために宮廷内の廊下を歩いていると、他の部下から「魔導士長が呼んでいる」と報告を受けた。
一体なんだろうか?
首を傾げながら会議室に向かうと、魔導士長は既に机の前に座っていた。
「魔導士長、どのようなご用でしょうか?」
「うむ……」
もしかしてこいつも、僕に小言を言うつもりか?
そう構えていたが、彼の口から出た言葉は違ったものであった。
「エラ公爵は知っているだろう?」
「もちろん。宮廷魔導士を贔屓にしてくださっている貴族ですよね。僕たちに期待して、多額の献金もくださっている……」
「そうだ。その公爵がキース君が先月に出した論文に興味を持っている。
ああ、あれか……。
確か学会に出す前に、エラ公爵に見せていたのだった。今更、反応を示すとは……。
「それがなにか?」
「今すぐにでも、論文に書かれていたものが手元に欲しいらしい。だから急遽、作ってくれと頼まれた」
魔導士長からその言葉を聞き、僕は冷や汗をかく。
何故なら、エラ公爵が欲しがっているといわれるものは、アシュリーが考えたものだった。
アシュリーの夢物語のような論文を、僕が発案者だと名前を書き換えたものである。
作れるはずがない……と僕は結論づけていたが、アシュリーは違ったのだろう。
現に、どのような方法を用いたのかは分からないが、今までアシュリーは論文に書かれている魔導具を今までいくつも作っていた。
今回も汚いことに手を染め、作ってみせるつもりだったのだろう。
まずいな……。
あの論文には小難しい文章が並んでおり、僕では内容が理解出来なかった。
もちろん、僕がバカなわけではない。アシュリーの文章力が低かったせいだろう。
ゆえにエラ公爵が欲しがっていたとしても、作ることは出来ない。
口惜しいが、断るとするか。
「魔導士長。お言葉ですが、現在僕の部署は大変忙しく、そこまで手が回らな……」
「エラ公爵は今回の魔導具を手にすれば、それを作った者を王族に推薦すると言っている」
「……!」
出かかっていた言葉が引っ込む。
「これが、どういう意味か分かるか?」
「はい……王族に名前を覚えられるのは、宮廷魔導士にとって最大の誉れ。そうなれば、僕の出世にも一層の弾みがつくでしょう」
エラ公爵は王族とのパイプを持っている。
彼の言葉に偽りはないだろう。
「その通りだ。私は君に期待しているのだ。私が引退した後、次期魔導士長に……と。しかし私だけで、君の立場は決められない。王族の後ろ盾は必須だ」
とうとう僕も、魔導士長のポジションが目の前に……!
エラ公爵が、あんな論文にどうしてそこまで興味を示すのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「お任せください、魔導士長。必ずや、エラ公爵の期待に応えてみせましょう」
「うむ、任せたぞ。エラ公爵にさらに気に入られれば、宮廷魔導士全体の地位も上がる。そうなれば私も悠々自適の老後を送ることが出来る」
悪い笑みを浮かべる魔導士長。
問題は、エラ公爵が求める魔導具を作ることが出来るかどうかだが……まあ部下に任せればいいだろう。
ヤツらは、これ以上働くのは限界だと言っていたが、それは甘えなのだ。
人間、死ぬ気になればいくらでも働くことが出来る。
「くっくっく、僕にもようやく運が回ってきたな」
輝かしい未来を想像して、僕は笑いを零した。
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