最終話

 ある日の午後。


 空を真っ黒い雲が埋め尽くし、今にも雨が降り出しそうな天気だった。時折、遠くの空でピカピカっと稲光が走る。あの雲がこちらにやってくるのもそう時間はかからないだろう。


 魔王城最上階、魔王の間。


 聖剣を構える勇者と、それを迎え撃つべく両手を広げ呪文の準備をしている魔王。

 いよいよ、世界の命運をかけた戦いが始まろうとしていた。


 今日はオーマ君は魔王の妻が見てくれている。やはり、お互いにスマホで連絡を取り合えるというのは便利なものだ。



「覚悟はいいか、魔王!」

「そちらこそ、ここがお前の墓場となるのだ!」



 戦いの障害となる要素は何一つとしてない。はずだった。



「いくぞ!」

 勇者が力強く床を蹴って走り出す。魔王も両手で印を結ぶ。




 プルルルルルルルル。

 プルルルルルルルル。




「!」

「!?」


 突然のスマホの音に二人の動きが止まる。




 プルルルルルルルル。

 プルルルルルルルル。




 魔王城にスマホの着信音が響き渡る。


「?」

「!」


 どっちのスマホ? とお互いが自分の体をまさぐる。魔王が「ワシじゃない」と首を横に振ると、勇者が「すまん、俺のだ」と道具入れからスマホを取り出して、魔王に見せた。



 着信は娘からだった。



 勇者が「出てもいいか?」と魔王に目を向けると、魔王は「どうぞ」と無言のまま手で合図をした。「すまん」とスマホを持たない手で謝ると、勇者はスマホを耳に当てた。


「ぱぱー」

「おお、どうしたアンナ」

「ぱぱーいまどこー」

「今ね、魔王城。これから魔王と戦うの」


「いつかえってくるー」

「もうすぐ帰るよ。どうしたの?」

「アンナ、さびしくなっちゃったのー」

「そうかそうか、すぐ帰るから待っててね」


「おなかすいたー」

「あれ、ご飯作ってたでしょ。食べたの?」

「パパといっしょがいいのー」

「そっかー、そうだよね。パパもアンナと一緒に食べたい」


「まってるねー」

「うん」

「じゃあおしごとがんばってね」

「じゃあね、バイバイ」


 勇者はそう言ってスマホをしまった。ふう、と息を一つ吐くとキリッとした目つきで魔王の方を向く。

「すまなかったな、魔王。では改めて勝負!」




「できるかぁ!」




 魔王は泣いていた。勇者がびっくりするくらい泣いていた。そしてそのまま、膝をついて崩れ落ちた。


「ど、どうした魔王!」

 勇者が心配そうに近づき、膝をつく。


「お主のスマホから、アンナちゃんの声が聞こえてきたわ……声からして……まだ小さいな……」

「あ、ああ。5歳になったばかりだ」


「5歳! 一人でお留守番なのか?」

「まあ、そういうところだ。何かあったときのためにと自宅にも連絡用のタブレットを置いているのだが……今みたいになんでもないときに連絡をしてくるようになってな……」


「なんでもないときじゃないだろう! 寂しくてパパの帰りを待っているんだぞ!」

「お、おお」


 勇者がドン引きしてしまうくらい、魔王が圧をかけて話す。もう最終決戦どころではなくなった。


「で、お主の嫁さんはどうした? 嫁さんも仕事なのか?」

「いや……」


 勇者は目を逸らし、言いにくそうに口を曲げた。


 その姿に魔王が悟ったように、「まさか亡く――」

「逃げられた。あいつ、俺がいないときに他の男を作って――」



 ぶわっ! 魔王の目から再び大粒の涙が溢れる。



「お主……一人でアンナちゃんを育てていると言うのか!」

「一人……ってわけでもないけど、まあ家では一人だな。でもいつものことだから――」


「だめだ!」


 魔王が勇者の両肩を掴む。もちろん攻撃を加えるためではない。

 一人の父親として、パパ友(いつの間にか)としての忠告だった。


「ワシの方が父親としては経験が浅いが言わせてくれ。子供が寂しがっているときにはそばにいてやらねばいけない。もしもお主が傷を負って帰ってみろ。アンナちゃんは絶対に悲しむ。今日の戦いは中止だ。帰れ」


「いや、でも」

「でもじゃない!」


 魔王の涙は止まらない。魔王の息子であるオーマ君が同じ状況になったとしたら――と勝手に想像して、悲しくなったのだった。


「もう、戦いはやめだ!」

「へっ?」


 魔王は立ち上がり、泣きながらも力強く拳を握った。


「長らく続いてきた魔族と人間の戦いは、今日をもっておしまいにする! オーマ君にも、アンナちゃんにも、こんな悲しい思いをさせたくない! そっちの国王にも伝えておく!」

「魔王……」


「だからな、勇者よ。今度来るときはアンナちゃんも一緒に連れてくるがよい。戦いなどせずに、魔界遊園地でも案内しようではないか」

「……ああ。そのときはオーマ君も一緒にな」



「フハハハハ! オーマ君はまだメリーゴーランドにしか乗れぬわ!」



 こうして、なんだかよくわからないけど、戦いは終わりを告げた。


 いつしか空を覆っていた雲は姿を消していた。

 魔王の間の後方に設置されているステンドグラスに日の光が当たり、幻想的な輝きを放つ。まるで、平和が訪れたことを祝福しているかのように。


<完>

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勇者も魔王もお互い子育てが忙しすぎて、戦いどころじゃないっていう話。 まめいえ @mameie_clock

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