勇者も魔王もお互い子育てが忙しすぎて、戦いどころじゃないっていう話。

まめいえ

第1話

「ついに、ついにここまで来た……」


 勇者は魔王城の最上階、魔王の間へと続く扉の前に立っていた。


 扉は彼の背丈の二倍ほどの高さがあり、黒ずんだ紅色べにいろがこれまでここで数多くの血が流れてきたことを連想させる。扉の上部には悪魔の彫刻も施されており、いかにもここが最後の扉だという、おどろおどろしい雰囲気をかもし出していた。


「いよいよこれが最後の戦いだ!」


 まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くと、勇者が扉に手をかける。そのとき、一枚の貼り紙がしてあることに気がついた。


 それには、

、何人たりともこの部屋に入ることを禁ずる」

 と書かれていた。


(ふっ、魔王め……最後の最後まで抜かりないな!)


 実際はチラシの裏に書かれただったのだが、勇者は扉が強大な魔力で封印されていると勘違いした。


「封印解除呪文」


 勇者がただのチラシに向かって呪文を唱えると、それはあっという間に灰になって消えた。当然である、ただのチラシなのだから。


 ふう、と一つ息を吐いて、勇者は扉をゆっくりと押した。


 ギギギギ、ギィ……と音を立てて扉が開く。勇者はその手に結構な重さを感じていた。

(さすが最終決戦に向かうための扉。封印を解くだけでなく、相当な力の持ち主でないと開けることすらできないようにしてあるとは!)


 勇者が魔王の間へ入ると、扉は開けた時と同じように、ギギィ……という音とともに、ゆっくりと閉じられた。

 


 静寂。



 最後の戦いの舞台は、恐ろしいほどに静まり返っていた。


 部屋の中は玉座周りに置かれている燭台しょくだいがうっすらと部屋を照らしているだけで、だいぶ薄暗い。その背後には悪魔の姿が描かれたきらびやかなステンドグラスが対になって飾られているが、現在は陽が入ってこない時間なのか、本来持つべき輝きは見られない。


 勇者が左右に目を向けると、光がそこまで届かず、部屋を支える柱が等間隔に並んでいることぐらいしかわからなかった。


 そして、改めて勇者が正面にある玉座に目を向けるが、そこに座っているべき魔王の姿は見られなかった。


(まさか魔王はいないのか? いや、気配は……ある。不意打ちを狙って……いる?)



 勇者は慎重に、できるだけ足音を立てないように玉座へ向かって歩いていく。


 

 いつ戦いが始まってもいいように、左腰に下がった聖剣の柄を右手で握りながら、周囲に神経を尖らせる。 

 玉座の前までやってきたが、やはりそこには誰もいなかった。透明変化呪文で姿を消しているわけでもなさそうだった。


(逃げたのか? いや、それならば扉を封印する必要はないはずだ)


 繰り返しになるが、扉は封印されていたわけではない。ただ張り紙がされていただけだ。


 ここにたどり着くまでに魔王城内で多くの魔物たちと、そして四天王と呼ばれる魔王の側近たちとも壮絶な戦いを繰り広げ、その全てを退しりぞけてきた。戦いの中で、勇者は「魔王様の元へは行かせない」そんな魔物たちの強い意志すら感じたのだ。まさか、そんな従順な部下を見殺しにして魔王が逃げ出すわけがない。



 すぅ、と勇者は息を吸った。そして、



「魔王っ! 出てこいっ!」



 魔王の間に響き渡るほどの大声で彼は叫んだ。声は反響し、部屋中にこだまする。燭台にある蝋燭ろうそくの炎がゆらっと揺れて、足元や壁に映った勇者の影も同じように揺れる。


 そのときだった。


 勇者は、玉座の背後に同じように揺れている怪しい影を見つけた。角が二本のシルエット。魔王に間違いない。


(そこか! 玉座の裏に隠れていたのか!)


 素早く移動し、聖剣を抜く。怪しい影に向かって突き立てる。その間わずか0コンマ5秒。



 すると、魔王が鬼の形相で振り返った。そして、人差し指を口に当てて小さな声で言った。



「しーっ、静かに! なんだから!」



 勇者の目には、そんな魔王に抱かれ、顔をゆがめながら今まさに目を開けんとする赤ん坊の姿がはっきりと確認できていた。

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勇者も魔王もお互い子育てが忙しすぎて、戦いどころじゃないっていう話。 まめいえ @mameie_clock

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