第4話
ある晴れた日の午後。
いつものように魔王城の最上階、魔王の間にはオーマ君(0歳)の泣き声が響いていた。
「おーよしよし。お昼寝しましょうねぇ」
魔王がオーマ君をあやしている。背中を包み込むようにトントンとリズミカルに叩き、子供の顔はちょうど自身の心臓付近に優しくくっつけていた。そう、先日やって来た勇者から学んだことである。
(いいぞ! やはりこのやり方は効果抜群だ!)
オーマ君の目がゆっくりと閉じ、すーすーと鼻息を立てたのを確認すると、魔王はベビーベッドにそっとオーマ君を置いた。
「ふう」
寝かしつけも一苦労だ。だが、いぜんよりはずいぶんと楽になった。よし、これでまた仕事に戻れる……そう思ったときだった。
「お邪魔しまーす」
魔王の間の扉がゆっくりと開き、勇者が入ってきた。前回の件もあったので、今度は大声を張り上げることはなかった。
「おっ、いらっしゃい」
魔王も小声で返事をする。
オーマ君が起きないようにと、魔王はベビーベッドが置いてある玉座の隣から勇者がいる扉の前まで歩み寄った。
「すまんな、今日も戦うことができないのだ」
「いや、いいんだ。今日は戦いにきたんじゃない」
「というと……?」
「ほら、この間話していた……これ」
勇者は手に持っていた大きな白い荷物を魔王へ手渡した。
「何これ?」
長方形で少し厚みのある白いフワフワしたものを受け取ったものの、魔王には何なのかがわからなかった。
「マットレスだ。この間、オーマ君の背中の収まりが悪かっただろう? ベッドに敷いてみるといい。きっとすぐに熟睡するよ」
「ベッドに敷くって……この上に寝ろというのか?」
「ああ」
「クックック……これだから人間は……。こんな柔らかいものの上で眠れるわけがないだろう! 我々魔族は過酷な環境の中で進化を遂げてきた生物だ。ゴツゴツした岩山、荒れた大地、硬い木の上……そういった場所で眠るのが一番だと遺伝子レベルで――」
「いいから寝てみなって」
勇者がごちゃごちゃ御託を並べようとする魔王からマットレスを取り上げて、床に置く。そして強引に魔王をマットレスの上に寝かせた。ベビーベッドサイズなので、魔王の腰から下ははみ出してしまったのだが、頭から背中にかけてはマットレスにズズズっと沈み込む。
「どうよ」
「……」
「おい、なんとか言ってくれよ」
「……」
「おーい」
「……はっ!? このワシが寝ていた……だと? 睡眠魔法耐性100%のこのワシが……!」
目を開けて体を起こし、魔王が信じられないといった表情で勇者を見た。
「これは……悪魔のマットレスなのか!」
「いや、人間が作ったごく普通のマットレスだ」
「……人間、恐るべし! そして勇者よ」
「なんだ」
「このマットレス……譲ってはくれぬか?」
「譲るもなにも、もともとあげるつもりで持ってきたからな。気に入ったのなら、是非使ってくれ。オーマ君もきっと喜ぶはずだ」
勇者の言葉を聞いて、魔王は深く頭を下げた。
「感謝する。我が息子のためにここまでしてくれるとは……」
「いやいや、前回大声を出してオーマ君を起こしてしまったお詫びも兼ねてね。それにもう――」
勇者が一瞬悲しい表情を浮かべたのを、魔王は見逃さなかった。
「俺には必要なくなったんだよ、それ」
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