学園の残念クール美少女を家に泊めたら、なぜか偽装カップル同棲付きの生活が始まった件

まちかぜ レオン

第1話 初手から自宅に凸る残念美少女

 いったい全体、どうしてこんな事態に発展してしまったのか。


 * * *


 俺こと小瀬こぜ愛夢あいむにとって、ライトノベルのラブコメは生粋の好物である。


 高校生になったら、華やかしい恋愛が待っているはず。甘くて淡い期待は早々に打ち砕かれた。人生というものが、過去の延長線上なのを等閑視したのがよくない。


 晴れていわゆるオタク趣味に傾倒したことで、ライトノベルについては詳しくなった。


 ラブコメで扱われる恋愛は、基本的に非現実的である。


 お嬢様の幼馴染、都合よく現れる美少女の転校生、芸能界に進出したクラスメイトとの驚きの接点……。


 場合によっちゃ鼻につくが、フィクションならではの良さがある。立派なラブコメきちがいである俺は、野暮なことを考えずに、ラブコメというぬるま湯、一種の夢を愛していた。


 ラブコメは非現実のストーリーでしかなく、現実には存在しえない。


 それが定説、ふつうの人生。いうまでもなく常識。


 ……ついさっきまでの俺は、そう考えていた。


「おかえり♪」

 

 時刻は午後六時半ごろ。


 六郷ろくごう真衣まいが、ピエロの扮装で俺の家の前に立っていた。


 六郷は、俺と同じクラスに所属している。いわゆる三本の指に入る美少女ってやつだ。


 基本的に大人しく、いささか寡黙。ウェイ系とは対極にいるタイプ。勉強面は成績良好、文化系の部活に所属している。


 素性が表に出てこないので、実のところ、どういった人物かは掴みかねている。席がひとつ前だというのに、全然だ。


 それが、六郷という人物。


「……いや、おかしいだろ」


 驚きのあまり、手提げカバンが指から滑り、ドンと落ちた。


 おかしいことはすくなくとも三つある。


 六郷の剽軽ひょうきんな格好。赤いピエロの服装で、顔にはフェイスペイントが目立つ。


 甘い声での「おかえり」という挨拶。新婚の旦那を迎え入れるようである。


 そしてなにより、我が家を特定し、住人の俺を出待ちしていること。


 ……以上だ。


 これは夢だろうか?


 目の前で起こっている事象に対し、うまく整合性がつかない。


 いまの六郷の言動を、優等生のギャップ萌えという言葉で片付けることは難しい。


 限度を超えたギャップは、もはや狂気や恐怖の対象である。


 たとえ相手が胸の高まりを誘発する美少女であろうと、例外ではない。


「おかしい?」

「警察のお世話になりたくないのなら、いますぐここを立ち去るべきだよ」

「つれないなぁ。それじゃあ寄ってくる子も減っちゃうんじゃない?」

「余計なお世話だよ。寄ってくるにしても、君みたいな残念美人じゃあ困る」

「あら、美人なのは認めてくれるんだ」

「その点においては異論はないよ」 

「嫌味だなぁ」


 嫌味のひとつもいいたくなるような現状である。六郷よ、意味不明な言動は勘弁してくれ。


「俺が非モテで嫌味ってのはいったん置こう。一番気になることに焦点を当てたい」

「私の性格診断結果? それとも容姿の秘訣? トップシークレットのスリーサイズ?」

「六郷がその格好で、俺の自宅前にいる目的だよ」


 この質問を投げかけると、冗談を飛ばし続けていた六郷もさすがに表情を引き締めた。


「きょうの午前授業が終わった後、子ども向けショーのバイトがあってさ。急きょ代役でピエロやらなくちゃいけなくて」

「あら、そりゃ大変だ」

「でね? 仕事が終わって帰ろうとしたら、着替えとか入ってる鞄を盗まれちゃったみたいで。ひとり暮らしなのに、家の鍵とか財布とか、大事なものはあらかたいかれちゃって」

「大丈夫かよ……ほんとに災難だったな」

「やってられないよ、ほんと」


 はぁ、と六郷はため息をつき、続けた。


「着替えもなく帰る場所もない。スマホの充電も残りわずか。正真正銘アウトと思った……そこで愛夢くんが救世主となったんだよ」

「ちょっと話が飛躍している気がするが、そうなのか?」

「誰か一晩くらい安全に泊めてくれそうで、定期圏内の地区に住んでいる人物……それが愛夢くんだったわけなの」

「他の女友達は?」

「みんな定期区間外の遠距離出身だからね。みんなの連絡先、メッセージアプリ以外知らないし」


 自分のいける距離の人を頼る、ってのは話として理解できた。


 問題は、だ。


「理にかなっていると思う。だが、なぜ俺の家を知ってるんだ?」

「前に愛夢君が生徒手帳を落としたとき、ちらっと住所が見えて」

「いつの話だよ、いったい……そんなこともあったような気がするが」

「数ヶ月くらい前?」

「住所が見えたのってほんの一瞬だろう? 記憶力バグってるな」

「なにせ、私は天才美少女ですから!」


 ビシッと、決めポーズをしながらいってのけた六郷だが。


「仕方ないとはいえ、ピエロ姿に八方塞がりな現状じゃ、格好もつかないぜ」

「説得力ゼロ。でも、気取りたいときって、あるよね?」

「うん、天才美少女は考えることが違うらしい。参考になる」

「いや馬鹿にしないで!?」


 格好がつかなかった六郷であった。


「かくして君の部屋に来たはいいものの、チャイムを連打しても出ず。かれこれ数十分は待ち、撤退も視野に入れていた頃、現れたのが愛夢君! 絶望のなか差し込んだ一条の光! ようやく光は訪れたのだと、思ったわけ……」

「大袈裟なものいいだこと」

「私は本気だったんですぅ! 体裁とか気にしてられないくらいには!」

「オーケー、事情はよくよくわかった」


 カバンを盗まれ、家にも帰れない状況。


 であれば、六郷の要求は。


「じゃあ、ひとまず今晩は泊めて?」

「ちょっと待ってほしい。しばし心の準備と部屋の整備が必要なんだ」


 すぐには首肯できない事情が、俺にはあった。






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