第13話 恋人設定を固める残念美少女

 流れるように同棲が確定した。


 だからといって、翌日からすぐに同棲を始める、というわけにもいかない。


 物件探しから審査、そして荷物の運搬までの諸々がある。数週間から一ヶ月は見ておくべきだろう。


「それはそれとして、まず恋人の設定を固めておかないとだよな」


 恋人という設定を演じるにあたって、設定の齟齬があると面倒だ。


 一度大きな嘘をつくのであれば、嘘の整合性をとるためにまた新たな嘘で塗り固めていかねばならない。


 本当の出会いを語るのはまずい。別の理由でもこしらえておこう。


「知り合いの知り合いで繋がった、とでもいうか」

「前後関係は違えど、結果は同じだものね」

「嘘は、真実の中に織り交ぜてこそ真価を発揮するからな」

「じゃあ決定ね」


 ひとつ決まった。


「どういうところが好きか、って訊かれたらどうする?」

「そこは各自決めればいいんじゃない? ま、私には魅力が有り余りすぎて、言葉を尽くすのがむずかしいでしょうね」

「うぬぼれがすぎるぜ」

「自己肯定感が高い、といってほしいかも」

「史上稀に見るナルシスト、六郷真衣」

「悪意でしかないよ!?」 


 それは認めざるをえないな。調子に乗っている真衣さんを見ると、自分の中の悪意が表に出てしまう。意地悪をしたくなる。


「かわいさに面白さも兼ね備えていて、一緒に居て落ち着く、とかがいいかな」

「へぇ、亜依夢くんってそう思ってるんだ。なるほどなるほど」

「わざとらしく頷かないでくれ。本人の前でいうってのも、かなり小っ恥ずかしいんだ」


 赤面亜依夢くん、いただきました。そうからかわれてしまった。


 こういったかたちで、恋人の設定を細部まで固めていった。


 一緒に案を出して考えていくと、カップルであるという嘘が本当であるかのように錯覚してくる。


「恐ろしいね。付き合って数ヶ月くらい経ってる気分なんだもん」

「思い込みの力は凄まじいな」

「絶対私、洗脳とかに即効かかるタイプなんだよね」

「怪しい詐欺とか団体に引っかからないでくれよ」

「もし引っかかってそうだったら、亜依夢くんが助けて」

「あぁ、もちろんさ。だって俺は、真衣の彼氏なんだからn……あっ」


 いささか演技じみた口調で、俺は決め台詞を吐いた。否、吐いてしまった。


「案外、亜依夢くんも頼りないのかな」

「役柄に人格を食われかけたよ。あんなキザなセリフ、まるで柄にあわない」

「不自然さマックスだった」

「でなきゃ困る。あんなキャラとは程遠い存在なんだからな」


 役にのめりこむほど、設定は固まったわけだ。


「そろそろ暗くなってきたね」

「もう秋だもんな」


 とっくに夏休みなんて終わっていて、冬の足音まで近づいて気がする。


「寒くて暗いなか帰るのも、なかなか面倒というか」

「着替えとか荷物とか、帰らないとないだろう? ここに泊まっても手間が増えるだけだぜ」

「その点は問題ないの」

「問題大アリじゃないのか」

「替えの服に明日の荷物などなどは、鞄のなかに入っているんです!」

「泊まる気満々じゃねえか!」


 真衣さんの方が先に同棲の話を握っていたとはいえ。


 これは完全になる計画犯だ。


「一ヶ月もしないうちに、同棲確定なんでしょ? いまから半同棲状態でも別にいっかと思って」

「男のひとり暮らしの部屋なんだぞ。いいのか?」

「数日泊まってみて、気持ちは第二の家っていうのかな。愛着すら湧いてる」

「信じられないよ、ほんと」


 同棲が始まることに、真衣さんは満更でもなさそうだった。


 生活費の支給が底上げされる、というエサが後押ししたのは確かだろう。


 それがなくとも、真衣さんには俺の家で過ごすことへの嫌悪感がない。ありがたいし、なによりうれしいという気持ちがすくなからずある。


「準備万端な私ですが、さりとてタダで泊まらせてもらおうなんて思ってないの」

「というと? 素晴らしいサービスがあるのかな?」

「特別サービス、いやらしいの抜き。変な期待はしないでよ」

「いまさらしてどうする」

「男の子だし、理性の限界もそろそろ近いんじゃないかって」

「身勝手な欲望で、不義理なんてできるか。ただでさえ、噂が筒抜けの相手に」

「やっぱりしっかりまともなんだよね、亜依夢くんは」


 結局のところ、特別サービスは夕飯の奢りでだった。


「仕送りの日が近い上に、その増額が確定している状況。贅沢するしかないよね?」

「外食か?」

「クラスメイトに遭遇するリスクと、外出したくない願望からデリバリーの一択」

「お、いいな」

「寿司でもいっちゃう?」

「いっちゃうか!」

「贅沢最高!」


 寿司でテンションがぶち上がるくらいには、俺たちには純粋さが残っていた。


 高校生にとって、寿司は贅沢であり、贅沢こそ寿司なのだ。喜びの対象でしかない。


 あっさりとした、しかし重量感のある寿司で至福のひとときを過ごした。


「うまいものを食うと、頭がそればっかりになる」

「面倒なしがらみとかをすべて上書きするような心地よさだよねぇ」

「学校だとか、親とかのあれこれは忘れよう。寿司を食っているいまだけは、な」

「大賛成」


 うまいメシに心を奪われることで、メチャクチャなことになっている現実から目をそらす俺たちだった。



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