第14話 偽カップル初日の残念美少女
寿司を食い終わると、現実がやってきた。
「あぁ、学校があるのか。噂が広まりきったクラスが待ち構えているのか……」
「なるようにしかならない。きっと大丈夫。亜依夢くんが気にしすぎなだけだって」
「他人からの目線に、無自覚でありたいよ」
「贅沢な悩みなんだよ? あまり周りから注目されず、学生生活を終える人だってたくさんいるんだから」
「だよな」
すこし前の俺だって、注目からは縁遠いタイプのはずだった。ひとつのきっかけから、一躍注目の対象となったにすぎない。
贅沢な悩みといわれればその通りだ。とはいっても、悩みのタネであるのは変わりない。
「周りなんて気にしちゃ負けだよ?」
「注目を浴びるやいなや、気が動転していたのは誰だったか」
「……これは、自分への戒めでもあるの」
「そりゃ失礼。自覚はあったと」
「私を舐めてもらっては困るわ」
ハプニングに対して冷静に対処するのは難しい。真衣さんの過剰反応は、ギリギリ自然なものといえる。おそらくは。
「一周まわって楽しみな気もしてきたな」
「どうして?」
「これから俺たちは、嘘の関係性を演じ続ける。滅多にない機会じゃないか」
「滅多にないこと、ね。どうだろう。人間関係って、すくなからず嘘の積み重ねでしょう? ずっと本音ではいられないし、建前という名の嘘をつくこともしばしばある」
「演じることは、別に珍しいことじゃない、と」
「うん。だから、あまり気張らず、存分に楽しんで演じればいいと思うよ」
「楽しむとなると、わざとらしいぐらいが、ちょうどいいかもしれないな」
現実はやってきたが、見据えることなくかわした。楽観主義という立場を取ることで、現実逃避を続ける判断を下したのだった。
次の日にすべてを託すつもりで、眠りについた。
異性のクラスメイトが我が家に泊まる感動やドギマギは、悲しいかな、薄れつつあった。
もう三、四回となると、ましてや苦難をともに乗り越えた真衣さん相手だと、日常の風景となってしまうのだ。
美人は三日で飽きる、なんて昔の言葉ではないが。
非日常は、続きすぎると日常のなかに溶け込んでいく。
「きょうは一緒に登校する?」
「だな。高校生のカップルがすることといえば、一緒にする登下校と相場が決まってる」
「典型的だね」
「気をてらう必要はないんだ。量産型、テンプレ、あるある……。呼び方はなんでもいいが、俺が恋愛事情に詳しくない以上、王道を真似るしか手はない」
「王道といっても、出典はどこ?」
「……男性向けラブコメ作品」
「それってフィクションじゃん」
朝食をとりながら、本日の作戦を練っていた。
「現実でも一緒に登下校してるカップルって山ほどいるだろう? よく見かけるぜ」
「今回の例だと、そうね。ただ、現実にそぐわない王道もありそうだから、気をつけてね」
「あぁ。なら、頭ポンポンで即惚れるってのは?」
真衣さんは露骨に軽蔑の目で見つめてきた。
「あなたにかける言葉はなさそうね。惚れるんじゃなくて、前途ある高校生が頭ポンポンで即牢屋行き。その間違いよ」
「まー冗談だ。俺とてそこまでズレちゃいない。人並み程度の常識はある」
「常識人というのは、恋人でもない異性を何日も家に泊める人って意味?」
「それをいわれちゃあ、お終いよ」
真衣さんが鞄紛失事件に巻き込まれていたとき。俺の家に泊める以外の、なにか別のやり方だってあった。
俺はそれをしなかった、という話なわけで。
「亜依夢くんは、いい意味でズレてるよ」
「褒め言葉ではなさそうだ」
「お人好し? なのかな。ふつうしないようなことを、平然としてみせる。企図していたかはわからないけど、同棲偽カップルになっているわけだしさ」
「俺は俺として振る舞っているだけなんだがな」
「亜依夢くんに周りを歪めるパワーがあるのか、歪んだ場に亜依夢くんが居がちなのか。いずれにせよ、なにか違うと思うんだ」
「なるほどな」
ややスピリチュアルな物言いだが、あながち間違ってもいないのかもしれない。
「じゃんじゃんクラスの空気を掻き乱しちゃいなよ。私と一緒にさ」
「代償は大きいだろうな」
「始まる前から後悔なんて早すぎるよ?」
「だな。楽観主義なのか悲観主義なのか、よくわからなくなっているな。まだなにも始まっちゃいないのにな」
堂々巡りの話をする中で、ようやく気持ちの整理もついてきた。
「いくか、高校」
「偽カップル生活、スタートだね」
最初は横に並んで歩くだけにとどめていたが、
「ただ一緒に歩いているだけじゃ、ふつうのクラスメイトと変わらないよ」
という真衣さんの鶴の一声で、急きょ手を繋いで歩くことになった。
人通りの少なくなったタイミングで、こっそら手を繋ぐ。
真衣さんの手は、ほっそりとしていた。自分の手と比べて、相対的にではあるが。
たしかに血が通っていて、ほんのりとあたたかい。互いの血の流れが重なる感覚。真衣さんという存在を強く感じた。
「どうしたの? 動きが硬いよ?」
「き、気のせいだ」
「ドキドキしてるでしょ。身体中に反応が出てるよ?」
「いまさらドキドキすることはない。これはただの、恋人ごっこなんだからな」
「そう。あくまで役柄だよね。うぶな彼氏役として、ぴったりの演技だよ」
「うるせー」
出だしから失態をおかしてしまった。
これはあくまで演技であり、本物の恋人やカップルではない……。
自身にいい聞かせるが、なかなかうまくいかなかった。
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