第15話 不安な俺の恋人役は演技上手な残念美少女

 電車の中に乗ってようやく、手を繋ぐのにも慣れてきた。外にいると、真衣さんだけに意識がいくので、落ち着かなかった。


 偽恋人しての振る舞いが始まる前は、大口を叩いていたというか、格好つけていた節があった。


 いまやそうもいかない。自分の弱み、要するに異性への対処に不慣れなことが露呈した。


 出会いのときは、俺が真衣さんをリードしていたというか、支える側にいた。


 現在、立場は逆転している。恋愛に関して、異性の扱いに関して、真衣さんには洗練した技術がある。


「やっぱり混み混みだね、朝の電車は」

「いつもなら憂鬱で仕方ないよ」

「きょうは私がいて寂しくないだろうし、ちょっとプラスの気分かな?」

「いい気分でたまらないな、と小瀬亜依夢は内心思った」 

「それって本心? 小説でいうモノローグ?」

「どちらだろうな」


 都会ほどではないが、それなりの満員電車。


 幸運にも座れた俺たち。環境も環境なので、真衣さんとは囁くかたちで会話している。


 正直なことをいってしまえば、真衣さんの囁きの破壊力は絶大だった。


 真衣さんを恋人役と意識し始めてから、よくない傾向が続いている。本気で惚れてしまったら終わり。


 役割はあくまで役割にすぎない。立場をわきまえなければならない。勘違いが人生崩壊への入り口なのだから。


 高校の最寄駅で下車をする。改札から人の流れまで、見慣れた景色だ。


 だが、彩りがある。


「目が輝いてるね」

「そうか?」

「希望に満ち溢れてる、っていうべきなのかな。男の自信ってやつ?」

「褒められた、と思っておくね」

「素直じゃないなぁ。演技抜きの、本音なんだから」

「ありがとう」


 褒め言葉ひとつ、真正面から受け取れなかった。疑心暗鬼なのはよくないな。


 うじうじせず、まっすぐ真衣さんと向き合う。たとえ演技と本音を見分けられず、間違った判断を下す。そういったことを恐れちゃいけないのだ。



 学校まで歩いて行く。世界はまるで違っていた。


 いいようのない優越感と、浮ついた気持ち。そしてなにより、周りからの視線が違う。


「不思議なもんだ。一気に別人みたいだ」

「そう?」

「あぁ。お世辞にも目立つ人間ではないから、他人から注目を浴びるってのは、そわそわするんだ」

「初めのうちだけだよ。しばらくすれば慣れるからさ」

「そういうものなのか」


 非日常と思えていた風景も、長いこと続けば日常の一部に溶け込んでいくのだろう。


 もし、非日常が日常に溶け込んだら。


 俺は確実に変化しているはずだ。あまり想像はつかないが。


「教室、どんな空気かな?」

「火に油を注ぐような真似をするんだ。いわずもがなだろう」

「収拾のつかない大炎上」

「ボヤでは済まされないだろうよ」


 あまり目立ちたくない、厄介なことになりたくない。


 だというのに、下手したら逆効果ともとれるような戦略をとった。


 なぜか。


 発想の逆転というやつだった。


 クラスの話題を、一時的に我々の色に染め上げる。人の噂も七十五日、SNSの炎上ネタも、短期間で忘却の彼方に去りゆく時代。


 一瞬のブームとして消化してもらうのである。俺と真衣さんの関係性を、非日常から日常の風景へとトップスピードで変えていく。


「濃密な視線、注目のシャワーを浴びれば、感覚が麻痺するって寸法だよね」

「まったく、真衣さんの考えることはぶっ飛んでるよ」

「きっと親の遺伝だね」

「はやとちりな行動力の化身、ともいうべきかな」

「亜依夢くんの親御さんだって、どんぐりの背比べなんだからね」


 どちらの両親も、揃って同棲に前向きな方針ときている。見ている方向が同じすぎる。


「案外、似たもの同士ってことなんだろうか」

「かもね。まだまだ知らないだけで」


 たまたまクラスの中で「立ち位置」が違っていただけで。


 中身、人となりを吟味すると、違ったものが見えてくるってものだろうか。


 階段をのぼりながら、そういったことを考えた。


 歩幅を合わせ、進んでいる。手を握ったり、離したりしながら、会話を続けた。


「いよいよ、か」


 教室の前に来て、緊張がいまさらやってくる。気にしていないつもりだったけれど、うまくいかなかったのか。


「亜依夢くん。扉を開けたら、偽装カップルという芝居の幕は容赦なく開く。幕が引かれるのは、学校を出て、家に帰るまで」

「そういうことになるな」

「一度始まれば、きっとうまくいく。だから、心配しなくていいよ」


 真衣さんは俺を諭すように言った。


 始まってしまえば、余計な心配はいらない。真衣さんの言葉に背中を押された。


 意識を切り替える。自分の中に、恋人役・小瀬亜依夢というキャラクターを降ろしていく。


 扉を開けるのは、思っていたよりも簡単で、あっさりと日常が出迎えた。


「おっはよー」


 真衣さんは、手をぎゅっと、強く握りなおした。


 ざわめきが、前日よりもいっそう強まっている。想定済みの状況だけれど、動揺はする。


 そんな俺の気持ちはよそに、真衣さんは飛び込んでくる質問に、サクサク回答していった。事前に設定を組んでいるにせよ、よどみない口調だった。

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学園の残念クール美少女を家に泊めたら、なぜか偽装カップル同棲付きの生活が始まった件 まちかぜ レオン @machireo26

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