第2話 残念美少女を泊めた夜
クラスの美少女、六郷真衣が俺の部屋に泊まる。
すぐにオーケーは出せなかった。
ひとつ目の理由。心の準備。
事情がどうであれ、クラスメイトの異性を部屋に呼び込むのは勇気がいる。変な気を起こさないかという不安もある。気にしすぎかもしれないが。
ふたつ目の理由。部屋の汚さ。
誰にも管理されないひとり暮らし、つい部屋が汚くなってしまうもの。友人が遊びに来た前後くらいしか、まともではない。
部屋を彩るオタクグッズも、異性を呼び込むには不適切なものだってある。ポスターだとか壁掛けタペストリーだとか、要するに「そういうもの」一般。
ふたつの問題をある程度解決しないと、即答は難しい。
そのはずなんだが。
「きっと部屋が汚いとかでしょう?」
「それもある」
「部屋の汚さなんて気にしないよ? だって、私の自室も
泊まらせてもらう側なんだし、多くは求めないよ、とのこと。
「で、あとは心の準備だったかな」
「正直、平常心には程遠いもんで」
「うぶだなぁ。もしかして、ワンチャン期待してるの?」
「い、いやそんなことは当然もちろんないに決まってるじゃないですかそうでなきゃ困るってもんで」
「やっぱ、男の子は隠しごとが下手だね」
「……」
下心を見透かされるのは恥ずかしいものだ。美少女を招き入れるとなれば、そういう考えも一ミクロンくらいは出てきてしまうものだが。
もちろん俺には、人の弱みにつけこむような、悪い勇気など持ち合わせていない。
それはそれとして、万にひとつの奇跡だとか可能性に、思いを馳せてしまうことだってある。
絶対実行しないけど、「いま教室で大声を出したらどうなるだろう」といった思考が浮かぶこと。誰にだって一度くらい、きっとあるだろう? 似たようなものだ。
「安心して。おかしなことをしたら、家に存在する命が、ふたつからひとつに減るから」
「殺意に満ち溢れすぎでは?」
「護身術、かじってるからね」
「そこまでいったら過剰防衛だよ!」
軽口を叩いていると、六郷はしれっと我が家に侵入していた。
「じゃ、お邪魔しまーす」
「あれ? 鍵は閉めたはずじゃ」
「話しているときに気を逸らしたでしょ? ポケットの中には注意だよ?」
いつの間にかスられていた。不用心にも程がある。
結局、片付けなんて悠長なことをいっている暇も、男としての心構えをする時間すら作ることもできず。
半ば強引に押し入られるかたちで、六郷は我が家の扉をくぐった。
一度中に入れたが最後、追い返す気力すらなかった。六郷の事情もある。物事は成るようにしかならないようだ。受け入れよう。
「うん、男子高校生の部屋。そういう感じ」
「すぐに提供できるのはこのくらいの状態なんだ。あまり期待はしないでくれよ」
「泊めてくれるだけでも神様、亜依夢様っていうのに、文句なんてつけたらバチ当たっちゃいそう。いいたくても我慢だよ」
「やっぱり不満じゃないか」
バレた、とでもいうような顔の歪ませ方をしていた。本音を隠すつもりがカケラもない話しぶりだった。
「うーん。より清潔だと満点って感じ?」
「手厳しいな。そうなりゃ話は決まりだ。俺が掃除するか」
「もちろん私もやる。亜依夢様に不満をたれた張本人ですから」
「お言葉に甘えよう。ただ、様ってのは柄に合わない。ふつうに小瀬とか亜依夢でいいよ」
仮に冗談だとしても、神様なんて崇められちゃむず痒いってもんだ。
六郷とは、ほぼ没交渉だったとはいえ、同じクラスの一員だ。
同じ屋根の下ひと晩過ごすのだから、もっとフランクでいいかな、と思い始めた。
「じゃ、亜依夢くんかな」
「六郷は……苗字呼びのまま、ってのもあれか。どう呼ばれたい?」
「それなら真衣様とお呼びなさい」
「これまでの話、すべて忘れてる?」
他にいろいろあるだろう。よりにもよって「様」をつけるってのはないだろうに。
「……というのは真っ赤な嘘で」
「突っ込まなければ押し通すつもりだったかな」
六郷は目をそらし、乾いた口笛を吹いて誤魔化した。
「ともかく、今後は真衣さん呼びかな。名前呼び捨ては、心理的ハードルが高めかも」
「いきなり馴れ馴れしいし、彼氏ヅラしてるっぽいもんな」
「亜依夢くんもそう思うよね。うんうん」
「さっそく使ってるじゃん、真衣さん」
意外にも、新しい呼び名はしっくりときた。抵抗感がない、というのは意外だった。喜ばしい傾向だ。
それから六郷……ではなく真衣さんが、部屋の掃除を手伝ってくれることに。
散らばったゴミをサクッと集めていく。手際がいい。
掃除機もかけてくれて、最終的には半分以上を真衣さんがやった。
「うん、掃除は心まで浄化されるね!」
「そりゃなによりだ。俺もなぁ、きょうかあしたには掃除しないと、って危機感は持っていたんだけどな」
「後回しはダメだよ? いつ女の子のお泊まりイベントが発生するかわからないんだから」
「一部のモテ男を除いたら、何万分の一って確率だろうよ」
「でも、亜依夢くんは引いた。奇跡とも呼べる低確率をね」
いままでの人生で、異性との交流はすくなく、こうしたフラグが立つことさえなかった。
真衣さんのいうとおり、俺は奇跡を引き当てた。運命の悪戯というやつだろう。
「ほんと奇跡だ。びっくりしたね。ひどい口ぶりだが、死角からナイフを投げられた気分だよ」
「私の投げたナイフとやらは、亜依夢くんに刺さって致命傷かな?」
「……今後の手当次第だな」
きのうまでただのクラスメイトだった真衣さんと、こうして談笑しているのは、不思議な感覚だった。
「……話は変わるが、そろそろ、ピエロ姿も見納めでいいかもしれん」
「やっぱ変だよね」
着替えを紛失した事情があるとはいえ、ピエロ姿の真衣さんのインパクトは消し去らなかった。
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