第4話 泊まり二日目を確定させる残念美少女

 翌日。


 朝になっても、真衣さんの鞄は見つからなかった。


 そのため真衣さんは、本日の登校は欠席することに。妥当な選択だ。


 かくしてきのうに引き続き、我が家は一時的なふたり暮らしになる。


「ねぇ、連絡先交換しない? 困ったこととか、いろいろ伝えたいことも出てくるだろうし」


 支度の途中に切り出されて初めて、俺が真衣さんの連絡先を知らないことに気づいた。


「緊急事態だもんな。今後の経過を教えてもらえるのは、こちらとしてもありがたい」

「いえいえ。ともかく、きょうのうちに鞄が見つかってほしいなぁ。何日も続くとなると、いろいろ困るし」


 鞄が見つかることは、二度となかった……。


 そんな最悪のケースを想定に入れて、真衣さんは備えていた。


 鍵の交換業者に合鍵の作成を頼むだとか、バイト先付近の駅、警察等に遺失物届けを出す、だとか。


「こんなときに限って、マスターキーを握っている管理人が不在なんだよね」


 きのう、管理人に一報入れたそうだが、不通だったとのこと。


 改めて朝にかけ直したところ、数日の間、所用で不在との録音メッセージが入っていたらしい。


「昼間も居候させてもらうのも、肩身が狭いよ。外で時間でも潰してこようかな」

「居候は仕方ないことだ。俺ん家の鍵はひとつ。外出したいだろうが、やめておいたほうがいい。こういっちゃなんだが、いまの真衣さんは、ツキがトコトンないんだから」

「外に出てまたなにかあったら……うん、お言葉に甘え、部屋に籠もってるね」


 外出自粛を要請したはいいものの。


「俺の部屋、たいして面白いものもないな」


 あまりに「男の部屋」である。


 ダラダラとスマホをいじれば時間を潰せるだろうが、それにも限度がある。


「テレビもゲームもあるみたいだけど、これはノータッチのほうがいい?」

「あぁ、これならよさそうだ」


 持っているのは、格闘、カーレース、パーティーといった、ストーリー性のないものばかりだった。


「どれだけやりこんでも、データがどうこう、ってのものない。好きにやってくれ」

「よかった! 見せられないゲームやデータがあったらどうしようかと。亜依夢くんの性癖を覗きみるのも忍ばれるし」

「男子高校生の脳内を、純度マックスのピンク一色と思ってる?」

「違うの?」

「ピンクも混じってるだろうが、そこまで野蛮ではないぜ。ついでにいっておくと、我が家にやましい本やDVDの類いはゼロだ」


 つまんないのっ、と残念がる真衣さん。俺になにを求めている。


 いまどきそういったものを嗜むのに、わざわざ現品を仕入れるのも少数派ではないだろうか。


 ネットが主流のいま、すべてはウェブ上で完結する。有料作品の購入から視聴まで。


 時代はアップデートしているんだ。正直、スマホの検索履歴とかを漁られるほうがよっぽど冷や汗が出そうだ。


 俺も例に漏れず、検索履歴は必死で隠すと思う。


 ……それはさておき。


「あと、本とかも適当に読んでていいし、勝手に昼食をつくってもらってもかまわない」

「太っ腹だね」

「真衣さんのことは、クラスメイトとして信頼しているから。変な真似はしないと踏んでる」

「そこまで厚く信頼してくれるなら、こっちも応えないとね」


 俺は日中、自宅警備員の役割を真衣さんにお任せすることにした。



 落ち着かない気持ちで向かった高校。


 真衣さんの欠席を気にするクラスメイトはそれなりにいた。


 まさか、俺の家に真衣さんがいるなんて、誰も考えもしないだろう。


 自分だけが真衣さんの本当の欠席理由を知っている。そんな状況に、妙な優越感を抱いていた。俺は小物なのだ。イエイ、ヤッホー!!


 静かに自分の席に着くも、内心はフィーバー状態だった。


「よっ。ちと、やけに浮かれ顔じゃんか」

「そうか? きょうもいつもどおりなんだけどな」


 特徴的なつり目で見つめてきたのは、水田みずた常樹つねきだった。


 見上げるくらいの長身の持ち主で、バスケ部所属のイケイケボーイ。


 ラフな制服の着こなしは、締め付けの強い校則に中指を立てているかのようだ。


 ぱっと見、俺と性格が重ならなそうだろう?


 人間関係ってのは不思議なもので、全然違う境遇同士でも、意気投合するものだ。かれこそ一年生初期からの付き合いである。


「いつもは遠くを見つめるような目をしているんだよ。だけどいまは、この瞬間を見ている、キラキラした瞳だよ」

「あぁ、俺好みのポスターがそろそろ届くんでね。テンションぶち上げよ」

「だとしたら、相当の逸品を仕入れたのかな?」

「詳しいところは秘密にしておくよ」

「おっけー。気が向いたら教えてくれな!」


 嘘八百である。エチチなポスターはしばらく届かない。


 水田は、俺の真意が別にあると気づいてそうだった。


 人脈に恵まれている水田は、人の感情を洞察する力に長けていると思う。俺よりも、圧倒的だ。周りを楽しくさせるオーラを放つ、いわゆる陽キャの系譜を汲んでいる。


「ふぅ……」


 朝一、俺の変化に気づかれたのにはヒヤッとした。


 ただ、それ以外は無事に学生生活を送ることに成功した。午前中は本当になにもなかった。


 男子のグループで学食を食べ終わり、各自解散した頃になって、真衣さんから連絡があった。


 無事、鞄を発見したとのこと。


 問題は、鞄の発見場所がここから離れていて、取りにいくのが手間ということだった。


『真衣さん:鞄を取り返したら、家に着くのがだいぶ遅くになっちゃいそうなんだよね。現状復帰が大変そうだし、きょうも泊めてくれたりする、かな……?』


 涙ぐんだ動物のスタンプが、メッセージの後に添えられていた。


 発見場所までたどり着くまでにかかる時間を検索。確かに、真衣さんのいうとおりだ。


 ありがたいことに、あしたは土曜日。


 また一日泊まり、余裕を持ったスケジュールで、元の生活に復帰する。真衣さんにとって、悪い選択肢ではないだろう。


 きのうの泊まりに悪印象がなかったのであれば、一日延長したい、と思うのも自然の流れなわけで。


「こればっかりは、仕方ないよな」


 厄介ごとに関わらない、事なかれ主義が俺のポリシーだった。


 それは過去の話。ポリシーはねじ曲げられた。困っている人を、いまの俺は放っておけなかった。


 泊まりを了承する旨のメールを送る。放課後になったら、速攻帰宅しよう。

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