第5話 鞄を問題解決する残念美少女

「よく来た、救世主様!」


 放課後になり、帰宅した。出迎えてくれた真衣さんは、相当帰りを喜んでくれた。


 ようやく鞄を回収できるのだ。舞い上がって当然といえる。


「ちょっと休んだらすぐ出発だな」

「まさか隣の県まで運ばれるとは、思ってもみなかったなぁ」


 真衣さんが聞いた話によれば、鞄は盗まれたというより取り違えられたらしい。


 鞄を取り違えたのは、その日真衣さんのバイト先で働いていた人だった。


 ヘルプで呼ばれた人員で、真衣さんとは面識がなかった。


 彼女もそっくりな鞄をなくしたらしく、こちらも発見された模様。


 犯人(?)が取り違えに気づいたのは、家についてからのことだったようで。


 お互いに大変な思いをしたね、と電話先で意見が一致したらしい。


「時間かかるけど、背に腹はかえられない」

「いきますか」


 私服に着替え、目的地へと出発進行。


 真衣さんとしては、俺の服一式を着て外に出歩くのもな、ということで。


 きのうコンビニで調達していた服と合わせたことで、ボーイッシュなファッションになっていた。


「遠出するのも久々だな」 


 使い慣れた路線から乗り換えると、新鮮だった。


「結構ワクワクしてる?」

「だな」

「私といること? 遠出自体?」

「うわ、めんどいムーブするタイプか……」

「露骨に嫌そうな顔しないでよ」 

「真衣さんといることは、もう面白いってわかってるんだし、二択にすることはないぜ」  


 そう? ほんとに? と目をキラキラと輝かせていた。


 別に嘘ではないし、再度頷いた。


「軽くいなされると思ってたから、ちょっとうれしいかも」

「俺もそこまで薄情じゃないってわけさ」

「やっぱり亜依夢くんには様づけで呼ぶべきなのかな? 我が信仰対象、亜依夢様って」

「残念だが、教祖の様づけは亜依夢教の教義に反する背信行為なんだぜ」


 変な教義、と真衣さんは不意に笑みをこぼしていた。



 数時間にわたる長旅は後半の路線に差し掛かるにつれて電車内がガラガラになっていった。会話をすることへの罪悪感が薄れてきた。


 俺は聞き役にまわり、真衣さんが家でどう過ごしたのか教えてもらった。


「ゲームしたり漫画読んでたりしたら、意外と時間って潰せるものなんだね」


 我が家にあるゲームはあらかた手をつけたようだ。かなりCPUにボコボコにされてしまい、いくつかは短時間でやめにしたそうだが。


「……そろそろだろうか」

「なんだかんだ、間が持ったね!」

「本人の前で面と向かっていうことかいな」



 鞄を保管している交番の最寄り駅に到着。交番は、改札を降りてすぐの場所にあった。


 真衣さんは、学生証で本人確認を済ませ、無事鞄を回収した。中身を漁られた形跡もなく、なくしたときの状態を保っていたようだ。

 

 災難だったね、と真衣さんは警察官に同情されていた。まったくである。


「改めて、本当にご迷惑をおかけしました!!」

「謝ることはない。非があるのは取り違えた方なんだし」

「それはそうなんだけどさ。泊めてもらったり、わざわざ時間をかけて鞄の回収に同行してもらったり。ここまでサポートしてくれたのは、本当にありがたいし、なによりうれしい」

「どういたしまして、でいいのかな」

「もちろん」


 ここにて、真衣さんの鞄紛失事件に終止符が打たれた。


「うん、やっぱり鞄ひとつ手元にあるだけでも、心の余裕が違うなぁ」

「だよな。緊張のほぐれが、顔に出まくってるよ」

「え、恥ずかしっ」

「とてもホクホク顔だよ」

「やめてよ〜。性格悪いなぁ」

「いい意味でいってるんだ。そういう顔を見れて、安心したんだ」


 そういうことなら、と真衣さんは小さい声で呟いていた。


 散々いじられた意趣返しの面もあっての発言だったが、ひとまずこのくらいで手を打っておこう。


「もうだいぶ暗くなってきたね」


 下校し、一度家に帰ってからここまできたので、外はかなり夜の様相を示している。


 終電を逃すなんてことはまさかないだろうが、家に帰る時間は、相当遅くなってしまう。


 二日目も泊まり続行、という真衣さんの判断は妥当なものだったといえる。


「夕飯は……戻ってきてからじゃ腹ペコだよな」

「きょうこそリベンジング二郎?」

「あしたの登校に響……かないのか。なにせあしたは土曜日。基本的には休みだもんな」

「存分にニンニク臭を漂わせるしかないよね!」

「わかった。お疲れ様ってことで、食べるか」

「うんうん。食べちゃお?」


 夕方の街は、仕事終わりのサラリーマンまであふれかえっていた。


 狙い目だった二郎の店は、いささか混んでいた。一時間弱を目安に待たなくてはならない。


 終電も視野に入れるのであれば、食べる時間はある。家に着くのが日付を跨いでも仕方ない、という覚悟の上だ。


 お互いにサイズは小。ただ、真衣さんは全マシという正気の沙汰ではない言動に出た。


「いけるんか? 二郎の全マシを舐めてる?」

「私の胃袋は無限の容量なんだから。異性だからって甘く見られると困っちゃうな」

「フラグ建築士でないことを祈るよ」


 事前に注文を取られているので、席についてすぐの着丼だった。


「た、たまんない……」


 ひと口食べて早々、真衣さんはとろけ顔だった。食い物は人の快楽を満たす、かなり有力な手段らしい。


 ここまでは、平和な食卓に思えた。この後、全マシに完全敗北を喫した真衣さんが、俺に残飯処理を命じたのは別のお話。


 問題が起きたのは、二郎の店を後にしたときのことだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る