第8話 不穏な憶測をする残念美少女

 家に帰れた頃には、日付を跨いでいた。とはいえ、無事に帰還できたのは事実。よかったものだ。


「ふぅ。体はクタクタだけど、頭は冴え冴えだよ」


 帰ってきて第一声、そうぼやいていた真衣さん。一時間も経たないうちに寝入ってしまった。俺も同様だった。


 寝るための最低限の支度ぐらいしかできず、バタンキュンといったところだ。



 翌日。


「ん……眠っ」


 俺は、真衣さんの声で起きた。


 かすかにニンニクの匂いが漂う部屋。


 明るい光が差し込んでいる。明朝みょうちょう、といった感じはない。 


「真昼間じゃねえか」


 午前中はとっくに終了のお知らせである。寝入った時間も遅く、他県でのトラブルとあって、相当疲弊していた。当然といえば当然か。


 ありあわせのもので食事をつくる。朝食とも昼食ともいえぬ、絶妙な時間帯。


「ともかく、すべてが無事に解決できてよかったぜ」

「うん。一事はどうなるかって、ヒヤヒヤしたよ」

「鞄の回収でピリオドかと思ったが、終電逃しという隠し玉まで用意されているとはな」


 調子に乗り、二郎の人気店に並んだ。それがなければ、車両トラブルに巻き込まれずにいられたかもしれない。いまさら嘆いたって無意味ではあるが。


「亜依夢くんには、感謝と謝罪、どちらもしきれない。大きな借りを作っちゃった」

「いいさ。困った時はお互い様。大きな借りでも、日々すこしずつ返済してくれてば構わないよ」

「大きい男だね。見直した、というと上から目線っぽいけど」

「変にからかわれるよりかはいいかもな」

「……今回は本気でいってるんだからね。冗談はほどほどにしておくから」


 ともかく、話がひと段落ついてよかった。


 自分の家で、腰を落ち着けて食べるメシってのは、妙に安心感があった。


「鞄紛失事件も解決したことだし、真衣さんが我が家でお世話になるのも、きょうでラストかな」

「え、もしかして出禁!?」

「そこまでとはいってないさ。半同棲状態みたいなのは、これで終わり、って話さ」


 あくまで異常事態だったからこそ、俺は真衣さんを家に置いたのだ。


 いろいろと不自由もあるだろうし、なにより真衣さんが自分の家に入れるのなら、ここで暮らす理由もなくなる。


「そっか。なんだか名残惜しいような」

「二泊三日の旅みたいなものだと思えばいいさ。一度元の住処に戻れば、日常が待ってる。そういうもんだ」

「わかってるんだけど、ね。ひとりで暮らす寂しさってのもあって、案外居心地もよかったし」

「そ、そうか」


 ドライにここからさようなら、とくると思っていた俺には、不意打ちだった。


 クラスの美少女と同じ屋根の下で暮らすのは、いい時間だった。変に拗らせた理想とはかけ離れていたかもしれないが、希少な経験ができたと思う。


 モノクロの青春に、たった数日、色がついた。それだけでも、幸せだったと思っていいんじゃなかろうか……。


「きょうは日曜。せっかくだし、半日くらいはここに残ろうかな」

「もう午前中は終わってるんだよな」

「訂正。日の出ている時間くらいは」


 原状回復にいろいろ時間を割かなくちゃならないだろう。我が家でうかうかし続けているわけにもいくまい。


 とはいえ、いったん休む時間も必要だろう。俺は真衣さんの意見に了承し、テレビゲームに勤しむことにした。


 久々ということもあり、ゲーム下手な真衣さんといい勝負になってしまったのが、いささか不甲斐なかった。真衣さん、下手とはいっても、数日前にやりこんでいただけある。


 不思議なもので、一緒にゲームをしている真衣さんは、同性の友達に似た親しみやすさがあった。よくも悪くも、変に意識をしなかった。


 数日間をともにしたからだろうか。初めての経験ゆえに、困惑してしまったものだ。



「……そろそろ帰るかな」

「あしたも学校だしな」


 日が暮れるのも早くなり、時間はそこそこ早いけれど、ここで解散ということに。


「いやぁ、土日を挟んでよかったね。基本的に高校は平日しかないし」

「だな。基本的に平日しかないよn……」


「「あっ」」


 学校は平日しかない。


 基本的には、そうだ。


 を除けば。


「待て待て、そんなわけあるか」

「ふだんどおりなら、きっと休みなはずで」


 月間予定表を見る。


 テストや行事の関係で、きのうの土曜日には。


 ないはずの授業が、あった。


「なぜ気づかない? いや、周りでそういう話にすらならなかったような」

「あまりそういうイレギュラーがないから、気にするって発想にもならなかったんじゃない?」


 落ち着いて考えよう。


 俺と真衣さんは要するに、学校にも連絡しないズル休みを決め込んだわけだ。


 欠席の理由を伝えずにいたのなら、学校から一報あってもよさそうなものだが。


「色恋好きの教師陣のことだ。まさか、変に気を回して連絡をしなかった、とかか」

「考えすぎだよ亜依夢くん!? ときに過剰妄想の自意識過剰で大変なことになってパッパラパーになるってのも別に不思議ではないんだよ?」

「落ち着け、真衣さん。冷静になるんだ」


 オーケー。


 クラスメイトの立場になろう。


 その日の欠席者は、すくなくとも俺と真衣さん。


 もしそれだけであって、理由が不明と告げられたら?


 ふたり同時に休んだことに対して、なにかしらの憶測が生まれないだろうか。


 別に俺はイケメンでもウェイ系でもない。それはそれとして、怪しい事実を目の前に差し出されて、変な考えを起こすやつだっている。


 ふたりにどんな関係があるのか、根も歯もない噂が立っていたっておかしくもない。


「ま、あくまでこれは最悪の想定ってやつだ。ふたりともたまたま休んだんだなってなると思う」

「だよね? 自分から切り出すのならともかく、付き合ってもいないなかで勝手にカップル認定なんてされちゃ、困りものだものね」

「違いない! きっと俺たちは自意識過剰なんだ。一日休んでも関係ないさ」

「そうね!」


 最悪の可能性に対し、俺たちは目を背けた。そのまま俺たちは別れた。


 俺たちの関係は、いったんここで終わる。


 いまのところは、そう思っている。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る