第9話 登校初日から地雷を踏む残念美少女

 だいぶ久々の学校、という気がした。


 最後に行ったのはたかだか三日前だというのに、だ。


 真衣さんの鞄紛失事件による一連の騒動に、脳のリソースが相当割かれたせいだろう。正直、金曜日の記憶なんてものはだいぶ薄れている。


 別れ際に気づいた、土曜日に意図せずサボってしまったこと。


 それは寝際になっても、こうして登校中のいまもなお、脳裏に焼き付いては離れなかった。


 考えすぎだ。数日間、同じ屋根の下で暮らしていただけのことだ。やむにやまれずしたことであり、恋愛沙汰ですらない。


 周りに誤解の種を生んだんじゃないかって思い込むのは、認識のズレによるものが大きいと思う。


 自分が真衣さんと同じ時間を過ごした経験が濃かったからこそ、意識してしまうのだ。


 関係性を知らないクラスメイトからしたら、俺と真衣さんは結びつかないはずなのだ。うん。きっとそうだ。


 なるたけ自然に教室まで歩こうと努力はしたが、ふだん通りにする難しさを痛感するハメになった。


 ガラガラ、とドアを開ける。



 ……ざわ、ざわ。


 ……ざわ、ざわ。



 この、初めて感じる空気感はなんだ。


 ふだん集まることのない視線や意識を、一気に向けられる、この感じは。


 俺の被害妄想による思い込みではない。確実に、空気が変わったのだから。


「よっ。リア充高校生さんっ」


 変なあだ名で呼んできたのは、本物のリア充高校生こと水田常樹であった。


「珍しい呼び方だな。俺に対する当てつけか」

「どうだろうね。いつの間にか彼女を作る君は、リア充判定でいいんじゃないのかな」


 ドン、と机を叩いて立ち上がる。


「はぁ!? 彼女だっ!?」


 俺は声を荒げた。想定以上に声量が出てしまった。すっと顔を下げ、周りからの視線に気づかないふりをした。


「違うのかな」

「なんで俺が真衣さんと」

「女子を苗字する君には珍しく、するっと名前で呼ぶんだね」

「そ、それは」


 いけない。水田の罠だ。動揺している俺をハメて、情報を聞き出そうとしている。


 水田の場合、悪意をもって聞き出そうとしているより、単なる興味本位と思われることが多い。変に警戒しすぎることもないが、話術にのせられるのも、ちょっとはしゃくである。


「君が真衣さんと、どんな仲であるのかはわからない。しかし、だ。土曜の授業を、ふたり同時に飛んでいる。どちらも事由不明でね」

「たまたまだ」

「そうか。まぁ、亜依夢くんがどういおうと、周りは手に入る情報で判断を下す」

「いま、周りはどう俺を判断している」

「君と六郷さんが恋人同士で、駆け落ちでも決め込んだんじゃないか、って。もっぱらの噂さ」


 おいおい。想定していたことよりも面倒な事態になっている。


「おいおい、冗談はよしてくれ。俺と真衣さん……六郷さんが釣り合うと? いやそもそも、繋がりようもない人物って感じだろう?」

「人は見かけによらないというし、君だって別に自身を卑下するほどダメンズではない」

「お、おぅ」

「噂に拍車がかかったのは、最近の六郷さんの変わりぶりだ。恋でもしてるんじゃないかって、浮ついた感じだったと。加えて、金曜から取れない足取り。憶測が生まれる準備は整っていた」


 水田には、情報通なところがある。男女問わず、さまざまな噂をキャッチできる彼にこそできる芸当、推察。


「実際はどうなんだろうね、亜依夢くん」

「そ、それは」

「周りも気になっているみたいだよ?」


 恐る恐る顔を上げると、俺の様子をうかがう男子陣の顔があった。


「どうなんだよ、小瀬」「まさか俺たちを差し置いて抜け駆けしたんか!?」「駆け落ちするほど熱い恋なんて許せねぇ! でも応援するぜ!」


 噂に尾ひれも瀬ひれもついて、収集がつかなくなってるぞ?


 様子を見る限りだと、俺と真衣さんになにかしらの関係があるのでは、と相当疑っているらしい。


 まだ真衣さんは登校しておらず、俺がどうにか場を収めなければならない。


 真衣さんに迷惑はかけられない。それとなくはぐらかし、噂が収束するのを待つくらいしか、できない。


「おは」


 そんな空気感を知ってか知らずか、真衣さんは教室へとやってきた。


 ナイスタイミングというか、最悪のタイミングというか。


 真衣さんとの席は近い。必然的に、俺の近くまで来る。


 こちらに話しかけようというそぶりが一瞬見えたが、周りの空気を感じ取って、言葉を飲み込んでいた。ナイス判断とでもいうべきか。


 下手にボロは出したくない。変に証拠を出しさえしなければいいのだ。噂はあっという間に消えていく。


 鞄から荷物を取り出していく様子すら、俺は意識してしまう。知らぬ存ぜぬで無視すればいいのだろうが、俺には不可能だった。


 不運を重ね、トラブルを引き寄せてきた真衣さんだ。油断はできない。


 ただでさえ、きのうは見事なフラグ建築に大成功してしまったのだ。今回こそは、絶対になにも起きないでくれ。



 真衣さんが、鞄からモノを取り出す途中のことだった。


「あっ」


 パサリ、とモノが落ちる。


 床に広がったのは、俺の記名付きの持ち物だった。

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