第11話 今後の動向を考える残念美少女

「いい訳をいくら並べたって、もはや挽回不可能だと思うの」


 真衣さんは、我が家で緊急会議を開いて早々、いい切った。


「違いない。こればっかりはな」

「だよね〜」

「おいおい、とぼけないでくれよ。火に油を注いだのは真衣さんなんだぜ?」


 登校して早々、彼女の鞄から俺の資料集がひょっこり顔を出した。そこに過剰反応してしまったのが悪手だった。


「偶然ってのはな、たまたま起きてしまうから偶然なんだ。だが、真衣さん絡みのことはどこか運命じみている!」

「というと?」

「家に帰れず途方に暮れたとき、なぜか俺の住所をたどれたこと。そして、無くした鞄のなかに入っていた、俺の資料集。このふたつ、偶然じゃなくて必然なんじゃないか?」


 ご都合主義っていうにも程がある。運命の糸に操られているようで、不気味ですらある。


「亜依夢くんのいうとおり、必然だよ」

「俺は真衣さんの手のひらの上。そういうことなのか」

「そこまでじゃない。住所と資料集のことは、繋がっているの」

「なにをどうやって、だ」


 資料集の取り違えは、本当に偶然だったらしい。一ヶ月弱前、前の席替えのときに、教科書を取り違えたのだろう、と真衣さんはいった。


 気づいたのはつい最近のことだったらしい。久々に使おうとしたときに、使用感が自分のものと異なっていたとか。


 中身を確認していったところ、俺の昨年の学生証が挟まっていたらしい。


「たしか、しおりがなくて使ったんだよな。ちょうど四月、五月くらいで、学生証の切り替えのタイミングで」


 それでつい見てしまった住所が頭の中に残り、鞄紛失事件の際に俺の家に立ち寄る原因となったのだという。


「どちらも偶然、というわけじゃないの。要するに、ひとつの偶然を起点に、必然がひとつ生まれた、というわけ」

「納得だ。いずれにしても、俺たちは薄いところを引きすぎだな」

「ほんとにね。人生ってわからなすぎるよ」


 いまの俺には、真衣さんに対する疑問がやや芽ばえている。


 本当のところ、どこまでが偶然なのか、ということ。


 必然が隠れているのではないか、真衣さんによるマッチポンプ的要素もあるんじゃないのか。


 あれよあれよとクラスでカップル認定された、ここまでのスムーズさを鑑みてのことである。


「結構さ、偶然って起こりうるんだよね。特に人間関係ね」

「というと?」

「ネットの有名人と、実は知り合いの知り合いだったり。初対面の人と共通の知人を持っていたり」

「六次の隔たり、とかいうよな」

「そう。奇跡的な関係、と思っても、これに関しては割りかしありえるの」


 六次の隔たり。


 知り合いを辿っていけば、六人以内で誰でも繋がりを得られるみたいなやつだ。


「それが、なにか関係あるのか?」

「私の母さんと、亜依夢くんの間にね」

「まさか知り合いでした、とかいわないよな?」


 こくりと頷く真衣さん。


「そのまさか」

「俺の家で寝泊まりした話は、親御さんに伝わってるのか?」

「どうやってひと晩を越したのか聞かれて。あれこれ吐かせられたよ」

「で、俺の名前を出したと」

「小瀬くんの息子さんじゃん、って大騒ぎだったんだよ?」


 どうも、俺と真衣さんの母同士が、大学時代の同級生なのだという。


 大学を卒業して以来、疎遠になってしまったらしい。ただ在学していた頃は、よく飲みにいくような仲だったそうだ。


「世間はやっぱり狭いらしいな。隔たりに六次もいらなかった、というね」

「お母さんに話したら、『似たもの同士は惹かれ合うのよね〜』って」

「親同士が仲良しなら、その子らも同様ってか? 勘弁してくれ」

「私と似てるっていわれたら、嫌?」

「悪運まで似かよりたくはないんでね」

「ひど……くはないか。事実、アンラッキーが重なりすぎてるし」


 こればかりは、いずれ上向きになることを祈りたいものだ。


「俺と真衣さんが親という接点を持つのはよーくわかった。いま追及すべきはそこにあらず、今後の動向じゃないかな」

「あっ。だいぶ話逸れてたね」

「閑話休題としようか」


 もはや、俺と真衣さんがただのクラスメイトです、なんてのは通用しない。


 賽は投げられたのだ。


 俺と真衣さんが、関係性を否定しようと必死になればなるほど、逆効果になってしまう、そんな状態。


「真衣さん。クラスメイトに対し、なあなあな態度を取り続けてはいられないだろう」

「だったら、はっきりいうの? 我らが小瀬亜依夢くんは、自宅に私を寝泊まりさせた男なのです、って」

「具体的な内容をいったら大騒ぎだろうよ。悪い方向に増長させるだけだ」

「なら、どうするの?」


 あまり口に出すのは勇気がある言葉ではあった。だが、いわなければ前には進めない。


「俺と真衣さんが、カップルだと公言する、とか」

「やっぱり、そうなるのかな」

「シナリオは勝手に描かれてるんだ。そこにフリーライドするんだ」


 恋人関係にあると認めれば、一時的には注目が集まるだろう。


 長期的な目で見れば、次第に話題は鎮火していくだろう。当たり前のこと、日常のこととして溶け込んでいく。


「俺と真衣さんが本当に付き合いましょう、というんじゃない。表向きは恋人関係のフリをしましょうという話だ」

「偽装カップルってこと?」

「あぁ」


 偽装カップル。


 それが、俺の提案だった。

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