第18話 自分の力で身に着けたものだけが、純資産
複式簿記における資本欄、現在は純資産という名称に変更されていますね。
社会性と人間性における純資産の位置取り、まさにその資本欄ということですが、これはしかし資本というよりむしろ、今の純資産という表現のほうがしっくりくると思われます。
自らの力で得たものしか、真に身につくことはない。
これはプロ野球関係者の一部で言われること。人の姿を見て盗み、そして自らどうかやってみて、そこで取捨選択・換骨奪還してこそ身に着くもの。
この複式簿記の原理からは、そのことがくっきりと浮き彫りになります。
以前述べた「行き倒れ」の少年の例などがまさに、その裏返しの結果。
自らの「純資産」を作る努力もせず、否、させず、その場の空気とその場の雰囲気に乗せて過ごさせていれば何とかなるものだとばかりの指導をしていた当時のその養護施設関係者はもとより、福祉行政のお粗末さを一身に身に受けた事例というしかないですわな。
その結果、言うなら「負債」ばかりになり、やがてつぶされる。自らつぶれるというよりも、つぶれる方向に導かれたと言った方がいいかもしれない。
この社会性と人間性の複式簿記から見える怖さはまさに、そこにあるのです。
銭金の問題だけならさらさらと処理していけばいいだけのものですが、残念ながらそんないいものではありません。負債のみが増え純資産が形成できない。当然自己資本比率は下がる。こんな状態が健全なわけもないのです。銭金だけならうまいこと手を尽くしてて何とか、最悪破産という手もありましょうが、人間そのものの財務会計上は、そんなことは許されませんからね。
これはまた、社会性と人間性の相関関係においても言える話です。
次回はそのあたりに向けて論を進めて参ります。
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