第6話 善行の損益、悪行?の損益

 損益計算書というのは、そもそもどれだけ稼いでそのためにどれだけ金を使ったかを確認するためのものです。

 それを前提に、ちょっとした善行を「仕訳」してみましょう。


① 借方 労力少々 / 貸方 ゴミを拾って近くのゴミ箱へ


 この仕訳で、どんな事実関係を想像できますか?

 答えは、そんなに難しくないでしょう。

 街中のバス停あたりで空き缶が転がっていました。それを、近くの自販機の横かコンビニ内にあるごみ箱に捨てておいた。

 そのため、バス停周辺が少しばかりきれいになった。

 これも、ひとつの善行と言えましょう。1回の善行としてはまあそんなものかなと思われましょうが、それも積み重ねれば、大きくその人の貸借対照表の資産と資本すなわち純資産を増やし、負債を圧縮していくことでしょう。


② 借方 現金5000円 / 貸方 借入金(実質贈与?) 5000円


 このような仕訳で表される事実関係が一つ、私の知人間で発生しました。

 問題は、この仕訳をしたクライアントさんのこの前後の行動。年齢は60代半ばで某難関大学の文学部を卒業されたという方です。

 この方はもともと家業がありましたが、賭け麻雀でつぶしたとか何とか。

 家に帰る金がないので少し貸してくれと、知人に頼んではこんなことを繰り返されていました。まあその程度ならと、同世代の方々で悠々自適に近い方ならそのくらい何とかしてあげますがな、一度やそこら。

 さて、問題はそのクライアントさん。その金で、早速、煙草を買ってさらには酒も1本買って、・・・。それで、あとはバスで郊外の御自宅にお戻り。

 年金の出る日には結構あちこちに支払して、その後はまた、こんな調子。返せるところには借りたり返したり。

 これはしかし、純資産になるどころか実質負債欄が増えるだけじゃないかという気がせんでもないですね。お金だけの話ならさほどでなくとも、これが日常茶飯というか日常酒煙(しゅえん!)となったあかつきには、どうですか。

 もっともその方はその頃すでにかなり体調を崩されていて(先ほどのような生活をされている方ですからね。ちょっと眼先に金があれば、そりゃあもう行くところは酒場で云々。いかんせんそういうお方でしたから~苦笑)、結局数年前の年明けに搬送された病院で亡くなられました。晩年は選挙参謀のような仕事をあちこちでされていましたが、そんな中でもこの手の話をさらに大きくしたような話であふれていたようです。というより、そんな話ばかりでした(苦笑)。

 ちなみにこれ、実話です。


 じゃあ、その5000円を「貸した」人の仕訳、してみましょうか。


借方 貸付金(実質贈与? 交際費?) 5000 / 貸方 現金 5000


 その方と先ほどのクライアントさんをつないでいた、その方の大学の先輩(ただし法学部出身)で市議会議員をされていた方との付合いもあることですから、ある意味これ、貸付金というよりは実質贈与の交際費、ってことで損金計算せねばならぬような感じかな。

 困ったことに、この仕訳をせざるを得なくなった人は一人やそこらではなく複数いらっしゃった模様です。

 ちなみに、その市議会議員の方からは数十万規模の借金をしてそのまま、です。


 翻って、件のクライアントさんに話を戻してみましょう。

 この方の損益計算書、どうなるやら。

 亡くなられた時点で、貸方の売上欄のところが著しく「損失」を増しており、借方の経費欄が圧倒しているような、そんな感じですね。

 要は、赤字会社の損益計算書の典型みたいな形です。

 貸借対照表のほうはと言うと、少なくとも金銭面においては負債欄が莫大になっていることは言うまでもないでしょう。


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 さて、先ほどのクライアントさんですが、私個人にとっては恩人のひとりでもあります。私が小説を書き始めたのが2018年の年明け。思い立って物語を書いていくようになりました。それから約1年弱ほどの間ですが、この方は私の書いた出来のお世辞にもよいとは言えない文章を、黙って読んでくださいました。

 何と申しても難関大学、申し上げますと早稲田大学の文学部を昭和40年代に卒業された方ですから、そりゃあ、地頭はものすごくよい方でした。東京におられた頃は週刊誌か何かの記者をされていたみたいです(真偽は不明)。ですから、折に触れて一言かそこら励ますようなことを言われたこともあります。

 そしてその年の10月の年金支給日の数日後、岡山駅前の居酒屋で一緒に飲んだのが最後でした。翌年1月、搬送先の病院で亡くなられましたから。

 その数か月前まで、電気代が足りない云々の理由で3000円とか2000円を貸してくれと言われて、当時同行同士の手数料無料だった銀行の口座から送っては返しを受けて、ちょうどチャラになって1カ月後。最後は、そのお金が香典となっておしまいという、そんな感じかな。


 確かに同世代の方々の間にはかなりの不義理もあった方ではありました。

 しかしながら私にとっては、今の物書きとしての基盤を作る時期に黙って読んでくださったことや、さまざまなお話を酒場であれ選挙事務所であれしてくださった恩人でもあるのです。

 そう考えてみますと、この方の人生経営の損益計算書の純損失、貸借対照表の負債欄は確かに莫大でしたが、その反面にある貸借対照表の資産欄には、私が今こうして生きていく上で糧となっているものも、たくさんあったということです。


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