第13話 2度にわたる行き倒れに見る「財務諸表」の光景
養護施設に2歳上の姉とともに幼少期に預けられた少年。
彼は、その地で小中学校を終え、公立の工業高校にも進学できた。とりあえず最初の1年は何とかやり抜き、普通に進級できました。飛び抜けて上位でもなければ赤点すれすれというほどでもない。とりあえずメデタシメデタシ、そこまでは。
ところが彼は高2になって数週間たった頃、突如高校を中退し、本人いわく散髪屋で住込みで働いて理容師を目指すようなことを言っていた。ところが、その散髪屋に確かに行ったは行ったが、数週間後にはいなくなっていた。やがて1学年下の元入所児童とともに施設の裏口から入っては園内の金品を盗んでいた。
この所業に手を焼いた当時の男性幹部職員らは、なんとか彼らを捕まえてやろうと思っていたところ、案の定、待ち構えていた職員らに見つかった。もう一人はある男性職員に殴り飛ばされ、もう二度と来るなと通告された。その彼は中1くらいからその施設に来ていた少年だった。一方、言うならその施設で生え抜きと言ってもいいほど幼少期から過ごしてきた彼は、何とか逃げおおせた。そして電話口でその児童指導員に対して相当毒づいていたようだが、それで何かが、ましてや情勢が劇的に好転するわけでもない。言うなら彼は、故郷を喪失させられた形になった。たった数か月前までは、帰って来るべき「家」だった場所から完全に締め出されたというしかない。ま、自業自得とは言えなくもないが。加えて、彼がすごんだ相手というのが生え抜きの職員ではなく、他施設から移籍してきた男性児童指導員。
何とも言えぬ、悲しい話としか言いようもない。
幸い彼には2歳上の姉がいる。そこに一時期身を寄せたりもしていたが、彼女はすでに結婚して子どももいた。いつまでも弟の面倒を見切れるわけもない。彼が家族に何かをしてくれるならいいだろうが、そんなこともないのだから。
かくして彼は姉の家の者からも義絶され、行くところがなくなった。
彼が高校中退してから約10年後。その養護施設に電話が入った。隣県の北部の警察署からで、彼が行き倒れになったというのだ。最後の2週間だけ担当した児童指導員に身元引受を頼もうとしたが、断られた。それからまた半年した頃、彼はまた行き倒れになった。今度はその養護施設のある地を管轄している警察署から。このときもまた同じ児童新道員に身元引受の依頼が来たが、結局拒絶された。
その後、かの元入所児童の行方は、誰のもとにも入っていない。
・・・・・・・ ・・・・・ ・
ここで、その養護施設元入賞児童である宮木正男(仮名)の社会性と人間性の貸借対照表を分析してみましょう。
彼は確かに、幼少期に親族より与えられるべき純資産となるものを与えられないまま成人した。それだけではない。得られたものを自らの力で負債から純資産にするプロセスとノウハウを満足に習得し切れていなかった。自らその方向に舵を切っていこうという姿勢は著しく弱かった。本人ばかり責めるのも難であるからもう一言申上げておくと、それを教えられる者もいなかった。
ただ、今その場で与えられたものを得て、ぼちぼちやっていれば生活できる。養護施設という場所は、存外そんな要素のある場所なのですよ。
確かにある意味「温室」のような場所ともいえるが、本気で生きて行こうという気持ちがよほど強くない限り、こうなってしまうのも無理はない。
彼は結局、群れから飛び出したつもりでも、その実態は排除された形で青年期を送らざるを得なくなった。繰り返すが、これは本人ばかりの問題ではない。
要は、養護施設やその与える環境から得られるもの、というより与えられるものをひたすら受けてそれを用いて日々を過ごしておればよかったわけで、それを生産手段として何かを作っていくという姿勢がまったく確立していなかったわけだ。
それこそ、彼の損益計算書はと言えばもう、負債となっている資産=人より受け身で与えられたものをただただ消費して、それでその地でその時を過ごしていただけというのが、その実態だったのです。
それでも養護施設にいる間はよかったが、飛び出してしまえばもう、そんな人間の面倒などいちいち見てくれるどころか、何らかの形で相手にしてくれる人間さえもいなくなり、親族にも見放され、それでも一人で生きていれば問題はなかろうものの、しまいには行き倒れという形で人前から消えていった。
こんな人物でも、少年期はとりあえず養護施設の職員や学校の教師の言うことでも聞いてそのとおりしていれば、要するに群れていれば何とかなった。ただその地で生きるだけでよければという条件が付くが。ところが養護施設にせよ学校にせよ与えるものと言えばまあ、その場限りのものばかり。実はそうでもないのだが、それくらいの意識がないと、実は自ら得て学べる財産は得られないのです。
将来の糧となるようなものが何一つないとは言わないが、彼にとってはただただそれらは消費してその場を生きるためだけのもの。
そりゃあ、純資産は増えない、負債はどんどん増える。
目減りした資産を補うにも年齢が上がるにつれ彼に与えられる資産は実質少なくなる=目に見えるほど目減りする。では何かをして売上を作って資産を増やしていけるのかと言えば、テキメンとても覚束ない状態になる。
最初は相手していた周囲も、しまいにはサジ投げますわな。
要するに、経済活動ならぬ社会活動をしていかないと増えない資産を増やせないわけですから、行き倒れという結末も致し方ないというより他ありませんね。
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